第9話 晴翔の目的

 「……璃羽が姫、か。厄介なことになっちまったな」


 いつなが目を覚ますと、そこは大人一人が入れるほどのカプセルの中で、外にいる警備班班長の昌治郎がハッチを開けてくれた。


 「いつなっ」

 「いつな様、大丈夫でございますか?」


 上半身を起こすいつなを手伝うように、昌治郎と一緒にいた爺やも体を支える。

 どうやら無事に戻ってこられたようで、見知った人物たちと研究室の景色に、いつなは内心安堵した。

 彼が入っていたカプセルは、璃羽と共にあちら側にいる小動物型メカと繋がっているものだ。

 これが完成していなければ、璃羽と交信することは二度となかっただろう。


 「成功だ、問題ない」

 「それはようございました」

 「璃羽はっ⁉︎ 璃羽はどうなんだ⁉︎」


 冷静に言葉を返してくれる爺やとは違い、飛び出さんばかりの勢いで訊ねてくる昌治郎に、いつなは驚きながらも眉を歪める。


 「無事だ。……面倒なことにはなったが」

 「面倒なこと?」

 「向こうには妖魔が存在していて、璃羽はそれを倒して国を守る姫として、祭り上げられちまった」

 「何だと……⁉︎」


 いつなの言葉に、昌治郎は驚愕の声を上げた。

 ただでさえ一人娘である璃羽が異世界へとばされて悲痛な思いであるのに、妖魔退治までさせられることになっているなんて、昌治郎は今にも気が動転してしまいそうだった。

 そんな彼を察してか、いつなが口を開く。


 「親父さん、今は出来ることをやろう。何もしなかったら、それこそあいつを救い出せない」

 「お前が言えた義理か、いつなっ! お前が、あんなものさえ造らなければっ!」


 昌治郎がいつなの襟元を掴み上げる。

 爺やが慌てて彼を抑えようと間に入り込もうとするが、簡単に押し返され、昌治郎は仇を見るような目でいつなを睨む。


 「またお前なのか……いつだって璃羽は、お前に関わったせいで……っ」

 「……っ!」

 「昌治郎様、だからと言っていつな様を責めるのは違いましょうっ! 手をお離し下さいっ!」

 「……っくそ!」


 昌治郎は悔しそうに手を離すと、当たり散らすように壁を蹴った。

 いつなが辛そうに、悲しそうに唇を噛み締めて俯くと、爺やは心苦しい思いを抑えながらも落ち着いて言葉を続ける。


 「今は、晴翔様からお話を聞くのが先でありましょう? いつな様ご案内致しますので、宜しいですか?」

 「……あぁ、頼む」


 いつなは小さく呟くと、重く感じる体でゆっくりと立ち上がった。

 

 爺やと昌治郎が案内する中、一角の個室に近づいて行くと、扉の前で数人の警備員が立っていた。

 どうやら晴翔はその部屋の中で拘束されているようだ。

 班長である昌治郎の姿を確認するや否や、警備員たちは状況を報告し、扉を開けた。


 「今のところ、落ち着いておられます。特に変わりはありません」

 「そうか。……いつな、晴翔のことはまだ上には報告していない。璃羽のことも……秘密裏にしてある」

 「親父さん……」

 「どうするか、お前が決めろ。きちんとあいつと話し合うんだ、いいな?」

 「……あぁ」


 つらい気持ちを抑えながらも告げられた昌治郎の言葉に、いつなはきつく拳を握りしめる。


 ――必ず璃羽を助け出す。その為に


 いつなは部屋の中へと入ると、椅子に縛られるようにして座っている晴翔の前へ立った。

 扉が閉められる。


 「晴翔……璃羽との接触に成功した。メカとのシンクロも問題ない。……満足か?」

 「彼女を巻き込むつもりじゃなかったんだ。本当なら僕があの世界へいく筈だった」

 「分かってるさ、お前が何故あんなことをしたのかなんて。――瑠衣るいのことだろ?」


 いつながその名前を口に出すと、晴翔の目が大きく見開いた。


 「晴翔の大事な人なんて彼女くらいだろ? あの世界に落ちた人がいるとは聞いていたが、やっぱり瑠衣なんだな?」

 「……あぁ」


 元々いつなへの依頼は、あの世界に落ちた者の捜索だった。

 それが誰なのかは、聞いたところで知らない人物だろうと思って詳しくは問い質さなかったが、晴翔がこんなに切羽詰まるくらいの人物だというなら、思い当たるのはたった一人だった。

 晴翔の父の会社で共に研究開発に携わっていて、ずっと晴翔が片想いしている女性――高坂 瑠衣。

 いつなも挨拶程度には面識はあるが、晴翔が入れ込んでいなければ覚えもしなかっただろう。

 その彼女が落ちたのだ、晴翔の心情も穏やかではないのは当然だった。


 「瑠衣を助けたい。それだけなんだ」

 「だからって、お前をあの世界に行かす訳にはいかない。それは分かるだろ?」

 「じゃあ、どうしろっていうんだ?」


 晴翔のやるせない苛立ちがその目にキッと映し出される。

 彼女を助け出したくて、とにかく何かしたくて堪らないのだろう。

 今なら、いつなにもその気持ちがよく分かった。

 瞼の奥に、いつも傍で笑ってくれた璃羽の笑顔が思い出される。


 「メカをもう一体造る。完成すれば、お前がシンクロすればいい」


 いつなのしっかりとした言葉には、晴翔はハッとした。


 「今のメカは、咄嗟に俺のデータを入れてしまったから、俺としかシンクロできない。データを書き換えれば可能だが、俺としてはもう一体増やして、お前にもシンクロして貰った方が効率が良いと思っている」

 「いつな……」

 「俺だって、璃羽を助けたい。その為に、使えるものは何でも使ってやる。晴翔――お前はどうする?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る