第8話 護衛の男

 その男は姿を見せるや否や、静かに璃羽の前で片膝をつけ、頭を下げた。


 「この者が璃羽の護衛につく。宜しくしてやってくれ」


 翠がそう言うと、下がっていた男の顔が上を向き、璃羽をまっすぐ見つめる。


 「嶺鷹と申す。お見知りおきを」

 「うっうん……宜しく」


 畏まって接してこられることに慣れていないのか、璃羽の声がぎこちなく呟かれた。

 今まで男性に跪かれたことなどある訳もなく、動揺が隠しきれていないが、一方でいつなが嶺鷹を警戒し目を細める。


 一つに束ねられた一際目を引く銀色の長髪を、忘れはしない。

 昨夜璃羽を助けた男だ。

 細身のようにも見えるが、あの時、璃羽を片腕で支えながらも、手にしていた刀を一振りしただけで辺りの火煙を払い飛ばした剣豪。

 彼がいたから、死人を出さずに済んだとも言えるし、何より周囲の人々がこぞって彼を称賛し、まるで崇拝でもしているかのように“嶺鷹様”と呼んでいたのだ。

 長である翠の臣下だからかもしれないが、敬われている一番の理由は、おそらく彼が普段から妖魔と対峙し、人々を守っているからだろう。

 それならば昨夜、手際よく対処していたのにも合点がいく。

 そんな彼が龍姫の護衛。


 「……たぶん目付け役、ってところか」


 落ち着いた雰囲気を醸し出す嶺鷹を一瞥しながら、いつなはそっと呟いた。


 *


 「あー、疲れた……」


 部屋に戻ると、璃羽がぐったりとした様子で寝台に転がった。

 いつなも軽く跳び乗ると、側で腰を下ろす。


 「大変な役を引き受けちまったな。お前が姫とか、全然似合わねぇし」

 「言われなくても分かってるよ。でも、ここでやれることが出来たんだ、ちょっとはホッとしてる」

 「妖魔と対峙するのにか? 俺なら気が気じゃねぇけどな」


 いつながそう言うと、璃羽は苦笑いを浮かべた。

 確かに妖魔と戦わなければならないのは恐ろしいが、それでもいつながいれば大丈夫のような気がする。

 そんなだから楽観的だと思われるのだろうが。


 「安心しろ、姫は私が護る」


 するとその時、冷静な口調で返ってきたその声に璃羽が顔を上げると、少し離れた場所で嶺鷹を見つける。


 「……その姫って呼ぶのはやめてくれないか。どうも、こう……むず痒いというか」

 「いや、あなたは龍姫という重大な御役目を担う方だ。私のことも嶺鷹と呼べばいい」

 「……」


 堅物な性分なのか、どうやら彼には融通が利かないようだ。

 更に疲れが出たのか、璃羽の顔が重く枕に突っ伏した。


 「姫には、明日の妖魔討伐に同行して頂く。それまではゆっくり休めるだろう」

 「明日?」

 「妖魔が現れたと報告のあった場所がいくつかある。姫は可能な限り討伐隊に加わることになるだろうからな」

 「うぐっ……」

 「それでは私はこれで。隣の部屋にいるので、何かあれば声をかけてくれ」


 嶺鷹はそう言うと、さっさと部屋を出て行った。

 何だか言いたいことだけを言って去られたような感じだ。

 これからあんな護衛と付き合っていかなければならないのかと思うと、少し気が重いかもしれない。


 「まぁ、お気楽なお前にはちょうど良いんじゃないか」


 いつながボソッと呟くと、璃羽が恨めしそうに睨んだ。

 だが、昨夜たった一度だけしか働きを目にしていなくても、嶺鷹がとても有能な者であることは分かる。

 璃羽の護衛を任されたといっても、きっと彼女一人にばかり構ってはいられないだろう。

 そんなことを思いながら、いつなは体を丸めてそっと目を閉じた。


 「いつな、寝るのか?」

 「あぁ、いったん戻る。こっちとは違って、向こうは夜中過ぎだからな。それに――あいつの話も聞かなきゃ、だろ?」

 「晴翔……」

 「戻ったら、お前にも話す」

 「分かった。私も今のうちに休んでおくよ」


 璃羽がそう応えると、いつなは少し名残惜しく感じながらも、そのまま動かなくなった。

 その様子を眺め、璃羽ははぁと長いため息を吐く。


 「そういえば、いつなとこんなに話したのって、いつぶりだっただろうなぁ」


 不思議なものだった。

 体は別世界にいるのに、とばされる前よりもたくさん話せている、妙な気分だ。

 そう思うと何だか急に心細くなって、璃羽はメカの頭をふと撫でた。


 「……大丈夫かな、あいつ。晴翔のこと、殴ってなきゃいいけど」

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