3発目 鈴の決意

「とにかく、真野をこのままにしとけないだろ?

ニュースであったゾンビの大群が、

日本中、いや世界中に現れたことが、本当だとしても、

それにそれが原因で真野がこんな目にあったことも・・・

警察か病院に行って、真偽しんぎを確かめないと―――」

『レッドフォックス』のメンバーのひとりが

言ったことはもっともだった。

他のメンバーたちも同意して、

真野の死体を彼らが乗ってきた

SUV車2台の内の、1台の後部に乗せると、

廃墟マンションの敷地から走り去っていった。


その場に残されたSOAの面々は、

しばらくの間、誰も口をきこうとしなかった。

最初に口を開いたのは、城野蒼汰だった。


「みんな、それぞれに家族に連絡を取ろう。

こんなとんでもない状況なんだ。

家族の安否あんぴを確かめないと」


「そうだな。イケメンの言うとおりだ。

キミは確か実家は福岡だったな?」

安部山が得心がいったような顔で、城野蒼汰に尋ねた。


「ええ、そうです」

城野蒼汰は答えながら、

タクティカルベストのパウチから取り出した

スマホを耳に当てた。


「あ、もしもし?母さん?大変なことに

なっとるごとあんね。オレ?

オレは無事ったい。そげん心配することなかと。

母さんたちはどこにおるとね?

福岡駐屯地で保護されとると・・・。

じゃあ、心配することなかね。

自衛隊ば守ってくれるったい。

オレもすぐに帰りたいとは思うとるばってんが・・・。

は?空港もJRも止まっとると?

それじゃ、帰れんね。それに・・・」


彼はそこで言葉を区切ると、小波瀬鈴、新田原真之介、

ジェイソン下曽根、安部山朋和の顔に視線を走らせた。


「それに、こっちには友達がおるとよ。

前にゆったサバイバルゲームの仲間が・・・。

だけん、母さんたちが無事なら、

オレは仲間に協力したいと思うとる。

また連絡するけん。うん、じゃあ・・・」

彼はスマホを切ると、

SOAのメンバーたちに向かって言った。


「母と父、それに弟も自衛隊の

福岡駐屯地で保護されてるようです」


「それはひと安心だな」

安部山が、にっこりと笑顔を浮かべた。


「ただ、空港もJRも閉鎖されていて、

機能していないみたいです。

遠方に行くのは無理なんじゃないかな」

城野蒼汰は、うなだれた様子で言った。


その傍で、ジェイソン下曽根が、

スマホのスカイプ通話で連絡を取っていた。

彼の口から出るのは、英語で何と言っているのか、

よくわからなかったが、時折、「オーマイガッ!」だの

「グレート!」だの「カームダウン」という言葉が聞こえる。

数分後、通話を終えたジェイソン下曽根は

皆のほうに向き直った。


「私ノファミリーモ大丈夫ミタイデース。

ミンナ、ネリス空軍基地ニ保護サレテマス」

そう言った彼の表情は、

その答えの内容とは裏腹に、決して明るいものではなかった。

家族とは数千キロも離れているのだ。

不安を拭えないのは、当然のことだろう。


城野蒼汰とジェイソン下曽根以外の3人は、

東京出身だ。その点では家族の状況を把握するのは、

難しいことではなかった。

安部山朋和も家族に連絡をとった。

数回のコール音の後で、彼の妻である貴美絵きみえつながった。


「もしもし?貴美絵か?そっちは大丈夫なのか?

  え?自衛隊に保護されてる?

  どこよ?目黒駐屯地だって?

  そうか、じゃあ無事なんだな。安心したよ。

  朋絵を電話に出してくれないかな?声が聞きたいんだ」


 しばらくの間―――。


「え?今忙しいって何だよ。

  こっちは心配してんのに。何してんのよ、朋絵は。

  は?アプリゲームやってるって?

  それが忙しい理由って・・・。

  会社?ああ、明日連絡してみる。今日は日曜だからね。

  それより、私もそっちに行った方がいいよね。

  なんだって?そりゃないだろ、貴美絵。

  もしもし?もしもーし?」

通話の切れたスマホを片手に、安部山は茫然自失ぼうぜんじしつしていた。


「ドウシタンデスカ?課長」

ジェイソン下曽根が、心配顔でいた。


「どうやら妻と娘は、

  陸上自衛隊目黒駐屯地に保護されてるらしい。

  それはいいんだけど・・・。

  ゾンビはおもちゃの鉄砲でやっつけられるんだから、

  ついでにゾンビ退治してよって。

  あなたの趣味が生かせる時じゃない?ってさ。

  ゾンビ退治しないと、学校も塾も行けなくて、

  朋絵の受験勉強が出来ないじゃないって。

  ついでに『夫ゾンビ退治たいじ留守るすがいい』とかぬかしやがった。

  娘は娘で、友達とアプリゲームやってるから、

  忙しいと来た。一家のあるじを何だと思って・・・」


「課長、奥さんと娘さんに邪魔者扱じゃまものあつかいされてんだぁ~」

そう言った小波瀬鈴を、安部山がジロリとにらんだ。


「そう言うアリスちゃんこそ、家族に連絡とったの?」

城野蒼汰が、心配顔で小波瀬鈴に尋ねた。


鈴の顔が曇った。

その表情からは、いつもの天真爛漫てんしんらんまんな色が消えていた。

彼女の様子を見ていた安部山朋和は、ある事を思い出した。

それはいつのことだったか、

小波瀬鈴がSOAのメンバーになった頃だったか―――。

彼女を車で自宅まで送り届けいていた途中で、

鈴は何気に安部山に語ったことがある。

鈴の両親が離婚調停中りこんちょうていちゅうだということ。

そして、一人娘である彼女の親権しんけんうばい合って、

裁判中であること。

送り届けた彼女の自宅には、父親しかいなかった。

その時すでに、母親とは別居していたのだった。

当面は、父親と同居していることも

彼女の口から聞いていた。

 その時、鈴は笑いながら話していた。

『大人って面倒臭いよね』と。

安部山朋和はその笑顔を今でも覚えている。

彼女の笑顔は、安部山の目には

空虚くうきょなものにしか見えなかったことも・・・。


「連絡がとれない・・・」

新田原真之介が、不意に言った。

彼の手にはスマホが握られている。


「連絡がとれないって、どういうことだ?」

城野蒼汰が、訊き返す。


「父の携帯に電話したんだけど出ないんだ。

  母と妹の携帯にもかけた。

  でも、誰も出ない」

新田原真之介の声は、心なしか震えていた。


「たしか、レンジャーの実家は

  国分寺市こくぶんじしにあったんだよな?」

と城野蒼汰。


「モシカシタラ、逃ゲ遅レタノカモ

  シレマセン」

ジェイソン下曽根が、暗鬱な声で言った。

新田原真之介の目は、

彼の手にあるスマホから離れないでいた。


「だったら、助けに行くしかないだろう。

  その前に、鈴ちゃん、ご両親に連絡をとりなさい。

  きっと、心配してる」

安部山朋和は、俯いている鈴に言った。

『ご両親』という言葉の時に、安部山は無意識に、

その声音を弱めていた。


彼女はゆっくりと顔を上げると、

BDUのポケットからスマホを取り出して、

液晶画面を操作し始めた。


「パパ?あたし、ニュース見た?」

鈴はいつもの元気な声を、

意識して出しているように見えた。


『ああ、大変なことになってるな。

  鈴は大丈夫なのか?

  今からすぐにパパが迎えに行くよ。

  テレビでは最寄りの自衛隊駐屯地か、

  警察署に避難するように報じてる。

  私も今、身の回りの必需品を急いで

  まとめているところだ。

  三宿駐屯地へ向かうつもりだ。

  一緒に避難しよう・・・

  それから、明日鈴あかり・・・ママには

  連絡をとったのか?』

通話口の向こうから聞こえてくる鈴の父親の声は、

緊張し強張こわばっていた。

その背後からは警察の車両なのか、

救急車両なのか判別はつかないが、

間絶たなくサイレンが鳴り響いている。


「ママにはこの後すぐに連絡する。

  それと、パパ、聞いて。あたしまだ避難しない」


『どういうことだ?』

父親の声は、驚きにかすれていた。


「友達の家族が逃げ遅れているみたいなの。

  だから、あたしも協力して助けたいんだ」


鈴の決然とした声音に気づいた新田原真之介は、

彼女の横顔を見つめていた。

彼は奥歯を噛み締めて、鈴の決意した瞳を

心に刻んでいた。

その様子を見ていた安部山朋和が、

鈴の手からスマホをやさしくとった。


「もしもし、初めまして。

  私、安部山朋和といいます。

  お嬢さんと一緒にサバイバルゲームをやっている一人です。

  いきなりこんなことを申し上げては何ですが、

  お嬢さんのお気持ちをわかってやってください」


小波瀬鈴は、安部山のその言葉に驚いていた。

てっきり父親と同じように、避難するよう自分を説得するものだと

思い込んでいたのだ。鈴は安部山の真剣な眼差しを見た。

彼女には、その真摯しんしな彼の表情が、父親の顔と重なって見えていた。


『しかし・・・』

鈴の父親は戸惑とまどっているように、声を震わせていた。


「仲間の家族を救出したら、そちらに連れて行きます。

  私が責任を持って―――」

鈴の父親は、しばらく言葉を失ったかのようだった。

通話口から、ため息のような息遣いきづかいが、安部山の耳に聞こえた。


『しかたないですね。言い出したら、

  きかない子なんですよ。本当に困った娘です・・・』

父親は無理にでも笑うことに努めているようだった。

安部山も肩を落として、口元をほころばせた。


「わかります。私にも、

  鈴さんと同じくらいの歳の娘がいまして・・・

  父親の言うことをきかないんですよ」


『そうなんですか。お互い苦労が絶えませんね・・・。

  わかりました。安部山さん、それに一緒にいる

  友達の方々を信じます。娘の無事を約束してください』


「はい。約束します」

安部山は静かに、そして力強くそう言うと、

スマホを鈴に返した。


「ごめんね。パパ」


『いいか、絶対に無事で帰ってくるんだぞ。

  絶対に、絶対にだぞ』

 鈴の父親の声は、涙声になっていた。

搾り出すように言う、父親の言葉に

鈴の瞳もうるんでいた。涙を流すまいと、空を仰ぐ。


今、泣いちゃダメだぞ、あたし・・・。


鈴は通話を切った。

その直後、城野蒼太が焦った声で呼びかけた。


「急ごう、課長。レンジャーの家族が心配だ」


「そうだな。みんなそれぞれに分乗して、

  レンジャーの実家に向かうぞ」

安部山が、鼓舞こぶするように声を上げながら、

その視線を鈴に向けた。

彼の気持ちを察した鈴は、それに答えた。


「ママへは車の中から連絡するから。行きましょ!」

小波瀬鈴、安部山朋和、新田原真之介、

ジェイソン下曽根、そして城野蒼太の5人は、

廃屋マンションの敷地内に止めてある、

4台の車に乗り込むと、土煙を上げながら

走り去っていった―――。――。

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