4発目 SOA、最初の任務

新田原真之介の運転する

スカイブルー色のスズキ・ジムニーシエラを先頭に、

それに続く安部山朋和の白いランドクルーザープラドの助手席には、

小波瀬鈴が同乗している。

その後ろにはジェイソン下曽根のピックアップトラック、

濃紺のGMCサイクロン。

しんがりは城野蒼太が駆る真紅の大型バイク、

GSX1300ハヤブサが追尾している。


3台の車と1台のバイクは一路、国分寺市へ向かっていた。

そこへと続くそれぞれの国道はどれもみな、渋滞していた。

おそらく自衛隊駐屯地か警察署へと、進路をとっているのだろう。


新田原真之介の家族が住んでいるマンションは、

国分寺市の東側にある。

少し遠回りになるが、いったん南の裏道を取って

迂回することにした。


その間、小波瀬鈴は母親へ連絡をとっていた。

だが、何度コールしても、明日鈴は電話に出ない。

すでに避難中で電話に出られないのか、

それとも何かトラブルに巻き込まれているのか、

鈴の胸中に言い知れぬ不安が、頭をもたげる。

そんな彼女の様子に気づいたのか、

ハンドルを握る安部山朋和が、鈴に声をかけた。


「お母さんと連絡がとれないのか?」


「うん」

鈴はそれだけ言うと、スマホをポケットにしまった。

今は、新田原真之介の家族を救うことが先決だ。

彼女は母親への想いを吹っ切るように、意識を切り替えた。


間もなくして、新田原真之介が家族と住む

12階建ての白いマンションが見えてきた。

マンションの玄関上にレリーフされたマンション名が、

『ヴァンベール恋ヶ窪』と読める。

だが、その現状を見たSOAのメンバーの誰もが、

緊張の面持ちで目を見張った。

そのマンションの玄関周りを取り囲むように、

夥しい数のゾンビが取り囲んでいたのだ。

その数は数百体にも及んでいた。

これでは安易に近づくのは危険だ。

SOAの面々が搭乗している車両は、

ゾンビの群れから200メートル手前で停止した。


「ねえ、課長、変だと思わない?」

不意に助手席の鈴が、

正面から目を離さずに安部山に問いかけた。


「何がだ?」

安部山朋和は、彼女の問いに頸を傾げた。


「だって、ゾンビたちを見てよ。

  日本人はほとんどいないじゃない。

  外国人がほとんどのように見えるんだけど」


小波瀬鈴にそう言われて、安部山もやっと気づいた。

確かに見るからに欧米人が多いように見える。

東京都心なら珍しくも無いが、

ここ西関東にしては、多すぎる数とも言えた。

だが、その理由を説明できるだけの根拠を、思いつかないでいた。


『どうする課長。これじゃ迂闊に近づけないぜ』

無線でそう言ってきたのは城野蒼太だった。

彼のヘルメットにはヘッドセットが埋め込まれており、

ハンドフリーで話すことができた。

城野蒼太のその言葉は、他のメンバーにも伝わった。

安部山はつかの間、思案顔をしていたが、

やがて思いついたように口を開いた。


「レンジャー、キミの家族は何階にいるんだ?」

彼の問いに、新田原真之介は答えた。

彼の声は少し震えているように感じられたが、

努めて冷静さを保っているようにも聞こえた。


「8階です。そこに行くには

  エレベータを使うしかないかもしれません」

安部山はカーナビに映し出されているマップを凝視していた。

そして一人納得したように軽くうなづく。


「見たところ、このマンションには

  裏口に非常用扉があるようだ。

  そこから入って階段を上って8階へ向かおう。

  それから屋上に行き、ラベリングでマンションの裏から

  降りるしかないだろう。

  レンジャーの家族を救えても、

  正面玄関から出るわけにはいくまい。

  マップを見ると、このマンションの裏は駐車場になっている。

  みんな裏に回るぞ」


ラベリングとは、クライミングロープにセットされた下降器を用い、

ロープと懸垂下降器の摩擦を緩めながら

後ろ歩きの要領で下降する方法である。

危険を伴う方法ではあるが、SOAのメンバーは、

例の廃屋マンションで何度となく、その訓練を積んで、

その技術に習熟していた。

その指導には元自衛官、新田原真之介があたった。


安部山の提案に、ジェイソン下曽根が疑問を投げかけた。

『ラベリング?エィレベィツアー(エレベータと言っている)ヲ

 使ウホウガ、イイノデハナイデスカ?』


「いや、この状況では、いつ電力が止まるかもしれない。

  閉じ込められる可能性もある。

  ここは確実な方法をとった方がいいだろう」

安部山朋和の作戦に、全員が同意した。

各自車首を転換させて、通りを引き返す。

その道すがら、小波瀬鈴は率直な質問を安部山に投げかけた。


「でも、課長、非常扉って

  鍵がかかってるんじゃないの?」

安部山は正面を向いたまま、口元を緩ませて言った。


「それなら、イケメンが何とかしてくれるはずだ」

新田原真之介のジムニーシエラの後に続いて、プラドも左折する。

ジェイソ下曽根のGMCサイクロン、

GSX1300ハヤブサの爆音がそれに続いた。


『ヴァンベール恋ヶ窪』の裏手にある駐車場は、

乗用車20台は停められるスペースがあったが、

そこには数台の車の姿しか見えなかった。

SOAのメンバーは、それぞれに車とバイクを停めると、

静かに外へ出た。

ゾンビたちの注意を惹かないように、慎重に、

そして素早く『ヴァンベール恋ヶ窪』の壁に背をつけた。

5人は非常口である鉄扉にたどり着いた。

先頭にいた安部山朋和は、

背後にいるメンバーらに振り返り、肩越しに口を開いた。


「イケメンが扉を開いたら、

  レンジャー、先生は非常階段を使って8階まで行って、

  レンジャーの家族を救ってくれ。

  私と鈴ちゃんは降下地点の確保に努める・・・」

安部山はそこで苦笑いを浮かべて、言葉を続けた。


「3人には悪いが、私も歳でね。

  正直、ラベリングの自信が無いんだ。

  ここは若い3人に託したい」


「ご老体は、ゆっくり休んでいてください」

城野蒼太はそう言いながら、

安部山朋和の肩を叩くと、彼の前に進み出た。


「言ってろ」

安部山が、再び苦笑する。


城野蒼太は鉄扉の前まで行くと、

タクティカルベストのパウチから、

幅5センチ、長さ20センチほどの丈夫そうな

キャンバス製のケースを取り出した。

巻物を解くように、それを開けると

中にはさまざまな形の工具らしきものが収納されていた。

ほとんどが十数センチのの長さの細い鉄の棒で、

先端が尖っている物、鈎つめのようになっている物、

やすりのような物まで、多様な種類が収められていた。

小波瀬鈴はそれを見て、すぐにピンときた。


これってピッキングツールだ―――。


「よし、古いタイプの構造だ。

  これならそう時間はかからない」

城野蒼太は、鍵穴を覗きながら、

独り言のようにつぶやいた。


「ねえ、犬系だと思ってたのに、そんなことできるんだぁ」


鍵穴にピッキングツールを差込みながら、

鉄扉に右耳を張り付かせている城野蒼太を覗き込みながら、

鈴が囁くように言った。


「誰が犬系だ?これでも読モやってんだぞ。

  これはだな、前に南京錠をピッッキングで開けてた動画を見て、

  試しにやったら出来たんだ。

  それから面白くなって、いろんな鍵に挑戦したら、

  開けられるようになってさ。

  まあ、オレの隠れた才能ってわけだ」

城野蒼太の口調には、自慢げな色が浮かんでいた。


二人の会話を聞いていて、安部山朋和は頸を傾げた。

犬系?なんだそれは?城野君が、そう呼ばれることを

嫌がっているところからすると、いい意味ではないらしい。

しかしだ。犬系が犬に似ていることを

意味しているとすれば、決して悪いことじゃない。

ヨークシャテリアやダックスフンドなど、

とても愛らしくて、可愛いじゃないか。

安部山朋和は、そこである記憶が蘇るのを覚えた。

いつだったか、娘の朋絵が私に対して、

「シッ、シッ」と手をひらひらさせて

犬を追っ払うような素振りを見せたことがあったが、

もしかしたら、あれは私への愛情表現だったのかもしれない。

あの時は、何気に自尊心を傷つけられた気がしたが、

私の勘違いだったのかもしれない。

いや、きっとそうだ。朋絵は私のことを父親として・・・


 「ほとんど犯罪者じゃん」

鈴は城野蒼太の返す言葉を、突き放したように言い返した。


「誰が犯罪者だ?

  言っとくが、オレはこのテクを悪い事に使ったことはねえぞ」


「これからコードネームはイケメンじゃなくて、

  カギメンにしよっと」


「誰がカギメンだ?そんなダサい名で呼ぶなよ」


「ちょっと、鈴ちゃん、イケメンの邪魔しないでよ。

  今、彼は集中してるんだからさ~」

安部山朋和が苦虫を噛み潰したような表情を、鈴に向けた。


「課長は、カギメンが、

  ほとんど犯罪者のような特技持ってるって知ってたの?」

鈴は今度は安部山の方に向き直った。


「オレは犯罪者じゃねーし、カギメンでもねーし」

彼女の背後で、鍵開けの作業を続けている城野蒼太が、

ブツブツと文句を言っている。


「ああ、いつだったか、

  サバイバルゲームの帰りに気づいたんだけど、

  車のキーを車内に入れたままロックしちゃったことがあってね。

  その時、城野君にドアを開けてもらったんだよ。

  彼にこんな才能があるなんて、私も正直驚いたよ」

安部山朋和は、本気で感心しているような口調で答えた。


「ワタシモオドロイテマス。

 ミスタ・イケメンガ『ロックスミス』ダッタナンテ」

ジェイソン下曽根も目を丸くしている。

その傍で、新田原真之介が苛立ちを滲ませた声音で、

城野蒼太の背に向かって囁いた。


「イケメン、まだ開かな・・・」

彼の言葉を遮るように、城野蒼太が小さくつぶやいた。


「開いた」

彼の声とほとんど同時に、

カチリというロックが解除される音が聞こえた。

城野蒼太は鉄扉のノブに手をかけて、そっと手前に開く。

そして中を覗き込む。

マンションの一階ロビーにゾンビの姿は無かった。

幸いなことに、鉄扉のすぐ右手に非常階段への入り口があった。

その位置は、マンションの正面玄関からは死角になっており、

ガラスドアの向こうでたむろしている

ゾンビたちからは見られないことも幸運だった。


「行けそうです。

  それじゃあオレと先生とレンジャーで、8階へ向かいます」

城野蒼太は押し殺した声で、背後にいる4人に言った。


「レンジャー、キミの家族は何号室なんだ?」

安部山朋和は、新田原真之介に問いかけた。


「802号室です。階のちょうど真ん中あたりになります」

そう答えた新田原真之介を見て、安部山は軽くうなづいた。

そしてSOAの面々の顔を見ながら、再度確認するように言った。


「さっきも言ったとおり、私と鈴ちゃんは、

  駐車場のその位置で待機して、ゾンビが近づかないように注意する。

  他の3人は救出に向かってくれ。

  ハーネスやロープの準備はいいかね?」

安部山朋和の言葉に、

新田原真之介が担いだ黒いダッフルバッグを

無言で指し示しながら、うなづいた。


「では、これよりレンジャーの家族救出作戦を実行する。

  各員、行動開始だ」

安部山朋和は静かに、だが力強く言った。

彼の言葉と同時に、城野蒼太、ジェイソン下曽根、

そして新田原真之介が非常階段に向かっていく。

一方、安部山朋和と小波瀬鈴の二人は、

裏手の駐車場へと移動した。


その誰もが、ゾンビたちに気づかれないように、音を立てず、

細心の注意を払いながら行動を開始した―――。

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