第9話 インタビューウィズハッカー Interview With The Hacker


「ジェイクハワード。君は実に興味深い経歴の持ち主だね。ITスペシャリストにして、若干21歳で航空工学の博士号も取得。父親は軍の高官、母親は資産家で慈善活動家、兄は投資企業顧問、姉は弁護士。裕福なエリート一家の出だが、過去二年、君は家に引きこもっていた。ところが、昨年、突然家を飛び出してハッカー集団に参加。三か月前、国家機密兵器のハッキングに成功」


 面接官は相手が重罪犯でも、丁寧な言葉使いを崩さなかった。尋問ではなく精神鑑定の一環としての面談となれば、カウンセラーと同じように聞き上手に徹する必要があるのだ。


 オレンジ色の囚人服を着たハッカーは、まじろぎもせずにマーカス・メトカーフを見つめた。


 国家機密が絡んだ未曽有のテロ計画は幸い未遂に終わり、政府は例によってすべてを闇に葬り去った。被告が起訴されて刑事裁判が行われることもない。当然、メディアに嗅ぎつけられることもない。五人のハッカーは、合衆国の海外統治区で軍事司法の手で裁かれるのである。

 

「軍諜報部士官にして臨床心理士の大佐の方こそ、よっぽど興味深い存在じゃないんですか?」

 

 精神鑑定はひと通り受けたのに、また同じ質問に答えさせられるのか?うんざりしてシニカルな揶揄が思い浮かんだが、もちろん口には出さなかった。 

 反逆罪になるかならないかの瀬戸際で、精神鑑定担当官の心証を害するような真似はしない。頭の良さを見せつけようと反抗的に振舞う知能犯は多いが、この若者は凡庸な知能犯でなかった。


 ところが、お決まりの退屈極まりない面談と思いきや、メトカーフは意外にもこう切り出したのである。


「今日の面談だが、実は君の罪状とは直接関係がない。戦闘航空機力学の識者の見解を聞かせてほしいのだが、どうだろう?」


 ハッカーは意表を突かれたが、持ち前の好奇心をそそられずにはいられなかった。この手の話に目がないのだ。収監された身も忘れて、思わずわずかに身を乗り出して言った。


「別にかまいませんが・・・」


「ありがとう・・・あの戦闘機、正確には偵察機は、君たちが推測した通り、新型の画像分析装置でロックオンしてミサイルを迎撃した。直後に制動をかけて後方宙返りを打ち、妨害電磁波装置を起動、エンジンを止めて滑空で無人機に接近した・・・ところで仮定の話だが、ロックオンを使わなかった場合、偵察機はミサイルを迎撃できただろうか?」


 突拍子もない仮説を持ち出す人だ。ジェイクは呆れたが、同時にひどく興味を掻きたてられ、夢中になって頭を捻ってとつおいつ解説を試みた。連日、根掘り葉掘り取り尋問を受けたから、事件の記憶は鮮明に残っている。


「それは、つまり、手動迎撃という意味ですか?・・・画像分析装置で映像を拡大して、照準を合わせられなくはないですが・・・超音速飛行の空気抵抗は強烈で、機体もミサイルも絶えずランダムに揺れ動きます。機体位置を微調整しながら、ミサイルの弾頭を照準に捉えるには・・・離着陸用ホバーを併用するしかないか・・・いや、ムリでしょう!手動ではどう考えたって不可能ですよ、人間技じゃない。手動でなくAIに任せようにもマッハ5では・・・」


「・・・AIの安全装置が働いて、そもそも離着用ホバーは使えない。そうだね?」


「そうです!ホバー出力のわずかなミスでも、機体は風に舞って空中分解しますよ!」


 若者は拘留生活で鬱屈した気分も忘れ、熱をこめて語った。超音速で機体のバランスを崩したら錐もみ状態では済まない。トタン板のように風に舞い機体はバラバラになる。


「なるほど、もっともだ。もうひとつ、聞かせてくれないか。ミサイル迎撃に通信妨害は必要だったと思うかい?」


「えッ!?・・・通信妨害装置はミサイル迎撃後に起動したのでは?」


「無論そうだが、仮に迎撃前に起動した場合、偵察機に何かメリットがあるだろうか?」


「それは・・・もちろんありますよ!通信妨害波で映像ロックオンを解除できますから、ミサイルを回避できる・・・ですが、150mまで引きつけるとなると、着弾まで0.1秒しかない・・・最新鋭機の操縦系統は0.001秒で反応するので、AIの自動迎撃なら可能か?・・・いや、待ってください!そもそもミサイルを回避すれば、無人機は接近しませんでした!警戒して偵察機を放置してロボット兵の支援に回っていた・・・状況から見て、ミサイル迎撃前に起動するメリットなんかないでしょう?」


 苦い記憶にジェイクは無意識に唇を噛みしめた。偵察機がミサイルを回避してくれれば、計画は成功していたのに・・・ミサイルをギリギリまで引きつけて迎撃するなんて思いもよらなかった。偵察機を見失ったのに、てっきり撃墜したと思いこまされた・・・


 巧みな挑発と言い、あの偵察機のパイロットは恐ろしく頭が切れた・・・こちらの増上慢まで見透かしていたに違いない。心理作戦にまんまとしてやられたと、口惜しさと称賛が入り混じった複雑な感情がこみ上げた。

  

「通信妨害装置を起動するなら、ミサイルを回避しなければ辻褄が合わない・・・確かに、君の言う通りだ」


 若者の心中を知ってか知らずか、メトカーフは深くうなずいて続けた。


「もう一つ尋ねたいのだが、偵察機が空中分解するかどうかはさておき、仮に通信妨害装置を起動した後、その0.1秒の間にホバーを操作しながら照準を合わせて、迎撃用ミサイルを発射できるものだろうか?」


「それは・・・動作として可能かという意味なら、手動ではあり得ませんよ!とうていムリです」


「つまり、有人機のパイロットでは不可能と言うんだね?」


「ええ、絶対に!人間の運動神経の反射速度は0.25秒程度です。それに、あらかじめ決めた動作でも、脳から出た信号が筋肉に伝わるだけで0.05秒かかります。機体の位置調整は前もって動作を決められない・・・つまり、機体の位置を調整する一動作だけで0.25秒かかります・・・しかも、ミサイルのトリガーを押す動作も加わりますから、いくらHOTASだってまったく間に合いません!」


「ともかく、超音速飛行時にホバーを吹かすのは、自殺行為以外の何物でも・・・」


 訝しげに眉を寄せたジェイクは、不意に言葉を切った。   


「・・・そうだ、ジェイク。航空工学の専門家ならいくらでもいるのに、なぜわざわざ君に尋ねたのか、不思議に思っただろうね?」


 若者は目を張り裂けんばかりに見開いて口をポカンと開けた。心の内を見透かされていると気づいたのである。思わず生唾をゴクリとのみこんだ。こうして身体が勝手に反応するのは止めようがない。


 この取調官はプロファイラーだ、それも凄腕の!


「専門家でなく、君に尋ねる理由も察しがつくはずだ」


 メトカーフは淡々と言って、目に優し気な光を湛えてわずかに微笑んだ。


「貴重な意見に感謝するよ。面談はここまでだ。君は実に用意周到だ。思惑通り反逆罪に問われることはないだろう。共謀正犯なら終身刑は免れる・・・実に見事だったよ、ファットマン。また会える日を楽しみにしているよ」


 ジェイク・ハワード通称「ファットマン」は、淡々と聴取室を立ち去るメトカーフの後ろ姿を唖然と見つめた。開いた口が塞がらないとはこのことだ。少しばかり窮屈な囚人服を着た小太りのハッカーは、肝をつぶして胸でつぶやいた。


「あの謎めいた質問は何だったんだ?それに、どうやら陰の首謀者が僕だと気づいたらしい・・・」


 そう言えば、逮捕される直前、国防総省のデータであの試験基地を調べたが、Mメトカーフが副司令官だった!司令官不在中の臨時職で写真は載ってなかったが・・・まさか同一人物か!?彼があの迎撃作戦の指揮を執ったのか?


 面接官としてのメトカーフの肩書は、国防情報局分析部に所属する諜報士官で、統合参謀情報部の幕僚でもある。プロファイリングの専門家でも何ら不思議はない。だが、あの同時テロを阻止した作戦を主導したなんてことがあり得るのか?


 この若き天才は、謎解きとなると夢中になって我を忘れる。海軍憲兵隊の手で面談室から連れ出される間も、囚われの身の苦悩も頭から吹っ飛んだファットマンは、しきりに首を傾げていた。


「僕に尋ねたのは、政府の息がかかった専門家には知られたくなかったからに違いない・・・偵察機の挙動にどんな謎が隠されているんだろう?」

 

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