読書の日


 ~ 十月二十七日(水) 読書の日 ~

 ※驪竜之珠りりょうのたま

  命をかけなきゃ手に入らない

  貴重なもの




「こ、これ、まだ続けないといけない?」

「うん! ぜってえ舞浜ちゃんにもいいことあるから! 台本通りに!」


 お姉さんの作戦、第三弾。

 いよいよ大詰めだ!


 おにいは、舞浜ちゃんのこと好きになったから。

 あとは、舞浜ちゃんがおにいのことを好きになればいい。


 リビングでテレビ見てるおにいに。

 キッチンの陰からこそこそ照準を合わせるのは。


 凜々花と、凜々花の舞浜ちゃん。


 しかし、お姉さんはほんとすげえや。

 凜々花、舞浜ちゃんの好きな人を聞き出すことに執着してたけど。


 それは意味ねえって。

 今はどうでも良くて、単に舞浜ちゃんがおにいの事好きになればいいんじゃねえかって。


 目からうろこなこと教えてくれた後。

 そんな作戦を教えてくれたんだ。


「あたしに、ほんとに得になること?」

「いいから読んでよ、台本! ちゃんと覚えて!」

「ま、毎回同じ言葉だから読む必要ない……」


 五回も繰り返して。

 舞浜ちゃんが渋り始めたんだけど。


 それじゃ困るんよ。


「ほんとにほんとにあたしの得になる?」

「そうね。結果、どうなるかは言えないけど、まず目に見える効果は……」

「効果は?」


 やべえ、適当な事言おうと思ったけど。

 下手なこと言えねえぞ?


 ここはひとつ。

 既に確定してる事実を言ってごまかそう。


「えっと、舞浜ちゃんが喜ぶかどうかわかんねえけど……」

「うん」

「おにいが舞浜ちゃん好きになる」

「が、がんばる……!」


 あれ?

 どうしたんだろ、急にやる気出した。


 でも、凜々花の事好きな舞浜ちゃんだ。

 そのおにいに好かれることは嬉しいんだろうな。


 しめしめ、おにいが舞浜ちゃん好きなのはもう事実だし。


 これはうまいことやる気出させたぜ。


「では舞浜ちゃん! バッターボックスへ!」

「りょ、了解……!」


 キッチンからこそこそ抜け出して。

 忍び足でリビングに近付いた舞浜ちゃん。


 でも、おにいの手前で立ち止まると。

 ちらっちらこっち見て一向にスイングしやしねえ。


 凜々花監督としては、打者の舞浜ちゃんに。

 ホームランのサイン出し続けるばかり。


「あ、あのね?」

「またかよ」

「た、立哉くん、ここの所、西野さんとばっかり話してるなあって」

「……またかよ」

「お、同じ返事ばっかり……」

「同じ質問ばっかりだから同じ返事になると思うんだが?」


 うーん、確かに。

 おにいの意見にも一理あるな。


 ここは手を変え品を変え。

 舞浜ちゃんアレンジで攻めてくれ!


 でも、それをどんなサインで伝えよう?


 手を変え。

 品を変え。


「……はっ! 凜々花、天才か!?」


 困った顔してこっちをうかがう舞浜ちゃんに。

 凜々花は、手品のサインを送った。


 右手の上から左手かぶせて。

 人差し指、ちょーん。


 そんなサインを見て、一発で理解してくれた舞浜ちゃんは。

 大きく頷いた後、凜々花のとこまで戻ってきて。


「ん?」


 横を通り過ぎてキッチンに入ると。

 包丁持ち出しておにいのとこに戻っていく。


「うわあ!? ま、舞浜!? そんなにまでして聞きたいのか!?」

「は、話してくれる?」

「話すからしまえそれ!」


 ……うん。

 予定とは違うけど。

 まあ、けっかオーレイ!


「意味分からんが……、どうして王子くんと話してるか聞きたいのか?」

「うん」

「王子くん、優しいし」

「うん。すっごい優しい」

「可愛いし」

「うん。すっごい可愛い」

「人気あるし」

「うん。すっごく人気ある」

「静かな文学少女だし」

「だ、台本は音読するからうるさい……」


 なんかポンポン出て来るな。


 王子くんさん、何度か会ってるけど。

 まあ、確かに優しいし可愛いし。


 でも、すげえ賑やかな人だと思うんよ、凜々花。


「分かるか? そんな子と話したいのは普通の感情」

「うん。よく分かる」

「以上。Q.E.D.」

「大変よく分かりました」


 話が終わって。

 舞浜ちゃんが戻って来る。


 さあ、舞浜ちゃん!

 おにいの事、好きになったよね!


「舞浜ちゃん! これで凜々花の夢が叶うよ!」

「ウ、ウソつき……」

「へ?」

「た、立哉君、あたしじゃなくて、西野さんのことをどんどん好きになってく……」

「ちょ!? 包丁持って迫らないで!?」


 こわいこわいこわい!

 舞浜ちゃん、目が座ってるって!


 でも、そんなはずねえって!

 お姉さんの作戦は完璧だし。

 それにおにいは舞浜ちゃんのことが好き!


 凜々花監督、たまらずベンチを飛び出して。

 審判に胸で激突して猛抗議だ。


「いてえな! なにすんだよ」

「おにい! ミスジャッジミスジャッジ!」

「なにがよ」

「舞浜ちゃんと王子くんさん、どっちが好き!?」

「……今は王子くん」

「があああんがあああんがあああああああああああん!!!」

「があああんがあああんがあああああああああああん!!!」



 凜々花監督は、呆然とするスラッガーを置いて。

 自ら退場することしかできなかった。



 ……あれ?

 どこかで手順間違えたのかな。


 明日、お姉さんに。

 ちゃんと聞いてみよう。

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