おだしの日
~ 十月二十八日(木) おだしの日 ~
※
疑いや迷いがすべて解けて
物事の真理を知ること。
サムネイル。
『これでも動画です』。
口をぽかんと開けたまま。
瞬きもせずに。
レジに呆然と立つ店員。
「おお、すげえ。見てよコタくん、あっという間に視聴者数が一万超えた」
「ぼ、ぼ、ぼくの人気コンテンツ『忍んでみた』動画を遥かに凌駕してるよ……」
近未来忍者系Vチューバー兼忍者修行実況者として有名なコタくんも舌を巻く。
そんな面白動画を提供してくれるのは。
凜々花の舞浜ちゃん。
「こ、こ、これはうかうかしてられない……」
「壁に隠れてるコタくんが通りすがりの子に蹴られた神動画の再生数超えるの時間の問題じゃね?」
「き、き、今日はバーチャルの方でライブ配信するつもりだったんだけど、実写にしてみよう……。凜々花ちゃん、なにかいいアイデアない?」
「竹筒で池ん中に忍ぶとか?」
「そ、そ、それだ!」
そうでなくても一人役立たずがいるのに。
また一人店員が消えたワンコ・バーガー。
仕方がないから。
セルフサービスだ。
「お姉ちゃん、欲しい飲み物ある?」
「では、『寒い日限定おでの名はおでん』の出汁を」
「……飲み物とみなすんか、あれ」
関東風の黒いお出しをLサイズのカップによそって。
ストロー差して席に戻る。
そんな凜々花の向かいに座るのは。
水色とピンクのグラデーション。
アニメみたいな髪をしたお姉ちゃん。
「なあお姉ちゃん、質問色々あんだけど、その前にな?」
「はい」
「舞浜ちゃんの顔が、有名デザイナーがこさえたハニワみたいになってるのなんとかなんね?」
「確かにハニワにそっくりですけど。……有名デザイナー?」
「うん。誰でも知ってる人」
「だれ」
「ムンク」
鉄面皮って思ってたんだけど。
お姉ちゃん、意外とかわいい顔で吹き出した。
でも凜々花、別に面白い話をしたつもりねえんだ。
真剣なんだよ?
「これってどうなの? 作戦、上手くいってない?」
「いえ、順調です。あと一歩です」
「そうなんだ……。目的のためには、痛みを伴うってやつなんかな」
「その言葉を使う人はこれっぽっちも痛みを得ないというのが一般常識ですが」
「凜々花は心が痛いよ?」
「大丈夫。慣れれば神視点で俯瞰できるようになれます」
「よくわかんねえけど、凜々花、愚民の方が楽しい」
「変わっていらっしゃる」
お姉さんは大人の会話を振ってくるから。
凜々花、半分かた分かんねえ。
でも、あと一歩って言われたから。
ちょっと安心して。
お出汁をストローでちゅるちゅるすすった。
……急に冷え込んできたお店の外。
行きかう人は、もう冬の装い。
寒い冬を一度体験しないと。
凜々花の春は来ねえのか。
しょんぼりとぐったりと呆然。
そんなトリコロールの舞浜ちゃんを見つめていたら。
自動ドアが開く速さすらもどかしいのか。
手で強引にドアを開いて、店ん中に駆け込んできた人が舞浜ちゃんの肩を掴んで揺さぶった。
「大丈夫!? 秋乃ちゃん!」
「……あ。恋敵だ」
旅行とかで会ったし。
家にも何度か来たことあるサラサラショートヘア。
美形って表現がぴったりはまるこの人は。
朝からさっきまで、凜々花とずっとメッセでお話ししてた。
王子くんさんだ。
「恋敵!? なに言ってるの!」
「今日も立哉君とこそこそ二人でずっと話してて羨ましい……」
「さすがになんかおかしいと思って凜々花ちゃんに聞いたんだ! そしたら大変なことになってるのが分かって……」
「……凜々花ちゃん?」
「ああもう! なにがどうしてこんなことになってるのか教えて!?」
「お、教えるって、何を?」
今まで機能してなかったレジは。
おもしろ動画として集客効果があったけど。
さすがにこんな騒ぎになると。
時間と、店の売り上げが停止した。
「もう耐えられないよ、一か月もクラスがお通夜状態で……」
「そ、そうだった?」
「もとはと言えば、秋乃ちゃんが保坂ちゃんを振ったところから始まったことだけど」
「振って!?」
「え? 振ったじゃない。文化祭の夜」
「振ってないないないないない!!!」
今まで停止してた分。
有り余ったパワーで舞浜ちゃんが首を振る。
あまりの速さに。
首がぐるぐる回転してるように見えるけど。
え?
舞浜ちゃん、おにいのこと振った?
「だって! 保坂ちゃんがくれた指輪突っ返したじゃない!」
「指輪って……、マーキーズのこと?」
「マー? え? なにそれ」
「あたし、ちびらびのマーキーズを探してて、立哉君が買ってきてくれて……」
「そうなの?」
「ロッカーにちびらび置いてきてたから、あとであげてねって言ったと思う……」
「な…………、なるほど。いやでも、ちょっと待ってね? それって勘違いだったんじゃないのかな?」
王子くんさんは。
悩み姿もお芝居みたい。
ポーズを決めておでこを押さえて。
文化祭の夜とかいう、事件の日のことを必死に思い出す。
「うん、なるほど。今までの違和感が全部納得できる。秋乃ちゃん、気をしっかり持って聞いてね?」
「こ、怖い……」
王子くんさんは、改めて舞浜ちゃんの両肩に手を置いて。
そして低めのトーンで一言一言、区切るように話したんだ。
「あの日。保坂ちゃんは。秋乃ちゃんに。……告白したんだ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?」
「保坂ちゃんは直接好きだって言うのが恥ずかしくて、秋乃ちゃんに指輪をあげて告白の代わりにしたの!」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
なになにどういうこと!?
おにい、舞浜ちゃんに告ったの!?
話の脈略は分からんけど。
そういう事なら、凜々花は嬉しい。
天にも昇りそう。
そしてLIVE動画視聴者数は。
凜々花より先に天に昇り詰めていた。
「どどどどどどどど!? どれみふぁそ!?」
「落ち着いて!」
「ど、どうしよう! 立哉君に言って来る!」
「待って秋乃ちゃん!」
舞浜ちゃんは、レジ台を踏み越えて。
制服のまま、お向かいに向けて飛び出して行っちまった。
なんだかよくわかんねえけど。
おにいが舞浜ちゃんのこと好きなのは確定なのかな?
だったら、後はやっぱり。
「お姉ちゃん! 作戦教えて? 舞浜ちゃんがおにいのこと好きになるには、凜々花、あとどうすればいい?」
「…………やれやれ」
コップからストロー外して。
お姉ちゃんが飲もうとしてたあつあつお出汁。
そんなカップを。
王子くんさんが勢いよく取り上げた。
「お姉ちゃん!」
「……珍しいところで会ったな、妹」
「やっていいことと悪いことがあるからね!?」
「はて、出汁を飲むのがそんなに悪いことだったとは」
「直接やってるならここまでは怒らないさ。でも、凜々花ちゃんを騙すような真似したのが許せない!!!」
王子くんさんの声は張りがあって。
なんだか胸の奥までズドンと突き刺さる。
お芝居見てるような気分で。
ぼーっとしてたから聞き逃しそうになったけど。
「へ? 凜々花、騙されてたの?」
王子くんさんの悲しそうな眼が物語る。
だから凜々花は。
凜々花に目を向けずに王子くんを見上げるお姉さんのことを。
呆然としながら見つめた。
「…………恋を成すには他人を踏みにじる覚悟が無ければだめだ。万人が幸せな恋などどこにも存在しない」
「どっちかを取れって言われたら、ボクは迷わず秋乃ちゃんとの友情を取るさ!」
「お前には、恋などできない。甘すぎる」
「甘くて結構!」
「そうだな、甘い。これほど憎んでいるのに、あたしを傷つける事すらできないとはね」
「……それならできるさ!」
王子くんさんは、手にしたカップを振りかざす。
そしてお姉ちゃんの顔に。
お出汁を思い切りぶちまけた。
あまりにも衝撃的な映像。
凜々花は、ショックの余り。
思わず声をあげちまったんだ。
「よしかずうううううううう!!!」
お姉さんの白いカットソーからヒョウ柄スケスケ!
凜々花をどうする気だよ王子くんさん!
「凜々花ちゃん! ひとまず秋乃ちゃんを止めに行こう!」
「かけるのか? かけて透けさせて止めるのか!?」
「ほら! ついて来て!」
「舞浜ちゃんのスケスケなんか見たら、凜々花、正気を保てる自信がねえ!」
何かに目覚めてしまいそうな恐怖と期待が胸ん中で入り混じる。
そんな凜々花の腕を引いて。
王子くんさんは、凜々花の家に飛び込んだ。
「よしかず、すまん! 凜々花、一足先に階段上るから!」
そして怒涛の一夜が。
凜々花んちで巻き起こることになったんだ。
「白レースうううううううううううううう!!!」
「な、なんであたしにお出汁かけたの、凜々花ちゃん……」
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