反原子力デー


 ~ 十月二十六日(火) 反原子力デー ~

 ※蠹居棊処ときょきしょ

  どこにだって悪人がいる




 家に帰って来るなり。

 凜々花に泣きついたのは。


 ここんとこ、すっかり笑顔を失った。

 凜々花の舞浜ちゃん。


「今日、先に帰られたし、学校ですごく冷たかった……。ぐすん」

「なんでだろ」

「最近、あたしを飛ばして夏木さんとか西野さんとばっかり話してるし……」

「むむむ」


 あれだけ仲良しさんだったのに。

 おにいと舞浜ちゃんの仲が。

 日に日に悪くなっていく。


 しかも、ここんとこ。

 急に険悪になってるんだけど。


「でも、安心してくれ!」

「隊長の安心してくれが、だんだん安心できなくなってきました……」

「今日は作戦決行日だかんな!」

「その作戦という単語も不安を増幅させるのです……」

「大丈夫! 凜々花に任せとけば万事解決! みんながみんな幸せになるんよ?」

「少なくとも幽閉二十四時間目のお父様の部屋からは幸せとは真逆の呻き声が聞こえます……」


 だいじょぶだいじょぶ!

 おにいは風呂に行ったからな!


 この時を待っていたんだ。

 さあ! ミッション開始だ!



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「背徳感が湧かねえことにマジでびっくりした」

「ひとの身体まじまじと見て言い放つセリフじゃねえと思うんよ」


 すげえ久しぶりにおにいとお風呂。

 背中ごしごしできるのが楽しみだ。


「でも心配だな。来年から高校生なんて、国が認めねえんじゃねえのか?」

「ちょっと分かる。急に入学試験にバストサイズって科目が加わったらどうしようって、ハルキーに相談したことあるんよ、凜々花」

「なんて言われた?」

「何も言わずに、金ヤカンで牛乳渡された」

「うはははははははははははは!!!」


 風呂場に響く、おにいの笑い声。

 久しぶりに聞いた気がして、凜々花、嬉しくなっちまったけど。


 それよりミッションが先だ。


 ――舞浜ちゃんが好きな人も分からず。

 それどころか、おにいが舞浜ちゃんのこと嫌いって言うようになって。


 こりゃあ、おにいが舞浜ちゃんのこと好きにさせるのが先だなって。

 そう思ってたら。


 お姉さんから。

 良い作戦教わったんだ。


「あんな? 舞浜ちゃん、ダメな子って近所で言われてるんよ」


 その作戦は。


 舞浜ちゃんが。

 世間で悪口言われてるって。

 おにいに教えてやること。


「ダメな子か」

「そう。ダメな子」

「でも一番ダメな子は、体も洗わず湯船に漬かったお前だと思うんだが」

「え? でもな? 凜々花の方が先に風呂入る時はそうしろって。パパが」

「なんだそりゃ」

「この方が良く出るって」

「なにが出るんだよ」

「ブイヨン」


 おにいが風呂から顔出して。

 パパに、白装束着て正座待ってろとか叫んでるけど。


 パパ、牢屋に監禁中だから。

 そんな余裕ねえと思うな。


「あのダメな子一等賞め……!」

「まあまあ。ダメな子ほど可愛いって言うじゃねえの。可愛がってやんねえと」


 泡だらけのおにいをなだめて。

 タオルを借りて、湯船から背中ごしごししてやると。

 ようやくイライラがおさまったみてえだ。


 ……今度の作戦は、舞浜ちゃんのいないとこでやるように。

 お姉さんはそう言った。


 でも、掃除も料理も洗濯も。

 ポイント稼ぎに余念のない舞浜ちゃんは、凜々花の視界内に常にいるから。


 ここしかねえ。


「それより、舞浜ちゃんがダメな子の話だよ」

「……あいつが来てから、電気代が倍になった」

「電気の使い過ぎは良くねえって言うよな。でも舞浜ちゃんが作った機械が家中で動いてる」

「前に作った有線式自動掃除機。あれ一台でブレーカー吹っ飛ばしたし……」

「自分のケーブル、永遠に吸い続けるあれか」

「どこで何が動いてるか見当つかなくて、正直怖え」

「そんな舞浜ちゃんが、ご近所でダメな子って評判なんさ」

「なんて聞いたんだよ」


 お姉さんが言うには。

 舞浜ちゃんが世間で言われてる悪口を。

 こっそりおにいに話せば。


 おにいが舞浜ちゃんのことを好きになるってことらしい。


 しかもその時は。

 ウソをついて、悪口をでっちあげてもいいって教わった。


 だから、凜々花が準備した。

 舞浜ちゃんの悪口は……。


「考えてなかった」

「え? どういうこと?」


 いけね。

 なんて言おう。


 ウソついて良いって話だったから。

 どうとでもなるやって思ってたんだけど。


 いざそのターンになると。

 何話したらいいか分かんねえ。


「えっと……」


 もういいや。

 ウソじゃなくて、ほんとに聞いた話だけしよう。


「花屋のおばちゃんが話してたんだけどな?」

「うん」

「舞浜ちゃん、鳥の巣から落っこちた雛を持って木に登ってな? 親鳥から散々突かれてさ。ダメな子ねって言われてた」

「……ふむ」

「あと、あねごちゃんが見てたらしいんだけどな? 二人並んでチャリで走ってた女の子避けようとして、舞浜ちゃん、水溝に片足落ちたらしいんだけど」

「…………うん」

「跳ねた泥水がその女の子にかかったのを散々謝ってたらしくて、あいつはダメだって言ってたんよ」

「それはダメじゃなくて、良いヤツがやることだ」


 黙って話を聞いてたおにいが。

 シャワーで泡を流し出す。


 あちゃあ、ウソを準備してこなかったから。

 失敗しちまったかもしれん。


「えっと……、ダメな子って思わなかった?」

「そうだな」

「ちいいい! 凜々花、大失敗の巻かあ!」


 やっちまったぜ!

 お姉さんになんて言おう。


 こう何度も失敗する凜々花には。

 作戦くれなくなるかもしれねえ!


 でも、おにいは凜々花の隣にざぶんと浸かると。

 意外なこと言い出した。


「なにを悔しがってるのか知らねえが、お前の好きな舞浜っぽい、素敵な話じゃねえの?」

「…………素敵?」

「違うか?」


 いや、違わねえけど。

 それより、おにい。

 舞浜ちゃんのこと、素敵って思った?


「じゃあ、おにい、舞浜ちゃんのこと好きになった?」

「電気代の一件だけでもまだ赤字。正直面倒だ」

「そ、そうか……」

「それでもまあ、あいつは良いヤツだ。良いヤツのことを嫌いになる人間なんていねえだろ」


 ……おお。

 これは、おにいお得意のめんどくせえ言い回し!


 つまりは、おにい。


「舞浜ちゃんのこと! 好きになってくれたんか!」

「いや、だからそう両極に振れる話じゃなくてだうわっぷ」

「いやったぜブラザー! あとは舞浜ちゃんが好きな人が分かれば万事解決!」

「はしゃぐな! 顔にかかる! ……この間から何企んでるんだお前」

「じゃあ、あとで聞きに行くね!」


 よっしゃよっしゃ!

 なんかわかんねえけどうまくいった!

 

「…………天井に向けてなに叫んでるんだ」

「舞浜ちゃんに話したんだよ?」

「聞こえるわけねえだろ」

「ううん? 聞こえるよ? だってあそこに盗聴マイクあるし」

「とう……!?」


 あとは、舞浜ちゃんがおにいのこと好きって事が分かれば。

 凜々花が好きな人ふたりが付き合うとか夢のような未来が待ってる!


 お姉さんの作戦通りじゃなかったけど。

 結果が良ければ万事OKだよね!


「……凜々花」

「なに?」

「盗聴って何の話だ?」

「舞浜ちゃんがね? 評価が気になるから、家中に仕掛けてるんだって。……あれ? これ言わないようにショートケーキで口止めされてたんだっけ?」


 イチゴを二つ乗っけた夢ケーキを食った時、そう言われた気がするの。

 この話だったかな。


 思い出そうと必死になってる凜々花の前で。

 おにいは、天井に向けて。


 低い声をあげた。


「これはダメな子のやることだ」



 ……すると、二階から。

 泣き声が聞こえたような気がしたんだけど。


 でも、おっけーおっけー!

 作戦は順調だ!

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