えびす講


 ~ 十月二十日(水) えびす講 ~

 ※えびすこう

  十月二十日、あるいは十一月二十日に

  催される祭礼、民間行事。




 駅向こうの、花壇が可愛らしい喫茶店。

 そんな外観に安心しながら。

 扉を開いてびっくり仰天。


「しもた……。凜々花にはまだはええ感じの店だったか……」


 カウンターに並んだお酒の瓶。

 いかつい装飾と暗い照明。 


 そして店内を満たすロケンロールと。

 出迎えてくれたメイド服。


「いらっしゃいませ。一人?」

「うん。でもお客じゃなくて、お話聞きに来たんだけど……」

「あら、あたしに?」

「マスターちゃんに」


 ウフフと笑う可愛いメイドさんに案内されて。

 テーブル席に座らされると。


「おばあちゃん! お話聞きたいんだって!」


 そんな声と共に。

 カウンターからもぐらたたき。


 アメリカンバンダナのおばばが。

 ひょこっと顔を出した。


「おわびっくり。隠れてたん?」

「えっと、何を聞きたいの?」

「あんな? デパートのカエルに聞いて、ここのマスターちゃんなら凜々花の舞浜ちゃんのこと良く知ってんじゃねえかって」

「りりかのまいはまちゃん? どんな子?」


 首をひねるメイドとおばばに。

 凜々花は、こと細かく説明したった。


「おっぱい美人女子高生」

「えっと、そのヒントだけじゃ……」


 メイドちゃんが、お水出してくれた姿勢で完全停止。

 そんな向こうで。


 おばばが色紙をカウンターに乗せると。

 筆ペンで何やら書いて。

 メイドちゃんに手渡した。


 そいつを凜々花に見せてくれたんだけど。


「うそ……、だろ!?」


 墨で描かれた写実画は。

 どっからどう見ても舞浜ちゃん。


 わたわたしてる手の角度とか。


 完璧だ!


「すげえ! なにもんなんだよおばば! これ、世界取れるレベルだぜ!?」


 あんまり驚いて。

 凜々花、思わず椅子から立ち上がっちまったけど。


 おばばはアメリカンやれやれだぜポーズから。

 その辺に置いてあった、ストロー刺した瓶を手に取って。


「こ……、今度は何だ!?」


 その瓶を、まるでお手玉みたいにくるんくるん三本程回したかと思うと。

 背中越しに銀の容器に中身をとぷとぷ入れて。


 ふたを閉めて、シャカシャカ振って。

 三角のグラスに綺麗な飲み物を注ぎ出した。


「バーテンダーでもあるのか!? なんてこった、天が二物を与えたおばば……」


 やべえ、なんだこのカルチャーショック。

 凜々花、すべての夢が吹っ飛んだ!

 将来はぜってえ喫茶店のバーテンダーマスターになる!


「はい。ヴァージンブリーズよ?」


 そんな綺麗なのみもんを。

 メイド服のお姉ちゃんが凜々花の前に置く。


 いやいや。

 ちっと待ってくれ。


「こ、これ飲んでいいの?」

「褒めてくれたから。おごりだってさ」

「いやそうじゃなくてな? 凜々花、来年の春におにいと同じ高校にいく予定の未成年にすぎねえんだけど」

「うふふっ。じゃあ、大人の仲間入りね?」


 ちょ。

 メイドちゃん!?

 うふふっじゃねえと思うんよ、凜々花。


 こ、これは法に引っかかっちまうんじゃねえの?

 でも、そんな背徳感に。



 逆に痺れる憧れる。



「…………指紋さえ残さなきゃ言い逃れできっかな?」


 同意を求める言い訳を一個置いてから。

 大人の階段の表面を。

 ちびっと舐めてみたら……。


「うんめえ! まるでフルーツミックスジュース!」


 やばあ!

 お酒って、こんなにうめえの!?


 でも、ちっとしか入ってねえから。

 ぐびぐび飲まずに。

 このままぺろぺろ飲もう。


「あははっ! 気に入った?」

「こ、こええ……。大人んなったらこんなの飲み放題なんか……」

「やだ。初めてお酒飲んだら不味いって言っちゃうかもしれないわね」

「あ、そうだ! おばば! この舞浜ちゃんが好きな人を探してんだけど!」


 やべえ、目的吹っ飛んでたよ。

 さすがお酒。

 前後不覚になっちまう。


 でも、さっきから一言も口をきかないおばば。

 しばらく眉根を寄せた後。


 また色紙出して。

 筆ペンでさらさらさら。


 そんな二枚目に書かれていたのは……。


「やべえよこのおばば……。そっっっくり」

「ああ、雛ちゃん。お嬢ちゃんも知り合いなのね。ここの常連さんなのよ?」

「うえっ!? ミ、ミステリアスヤンキーなお姉ちゃんだとは思ってたけど、まさか酒飲みだったとは……」

「ちがうちがう。お婆ちゃんからコーヒーの淹れ方教わってるのよ」


 雛ちゃんさん先輩に聞けってことは伝わったんだけど。

 それにしたって、このスキルヤバすぎだろ!?


「どうしてこんなマネが出来る!? おばば、なにもん?」


 そんな凜々花の質問に。

 おばばは、白髪頭をトントン叩いて。

 カウンターの中に消えちまった。


「……今の、なに?」

「年の功、だってさ」

「としのこう? どゆこと?」

「そう言えば、ちゃんとした意味は知らないわね。齢を重ねることで得た技とか、そんな意味かな?」


 それ、あれか?

 おばばは化け猫ってことか?


 百年生きると妖術がつかえるようになるとかなんとか。

 でも、それって……。


「カエルになりそうな人間の次は、人間になった猫だと?」

「え? 猫?」


 この町はヤバい。

 そしてこの店は本気でヤバい。


 凜々花、急に居心地が悪くなった。


 この飲み物も、まやかしの可能性がある。

 絶対危険だ。

 

 でももうちっと……。


 抗う事の出来ない、まるでフルーツミックスジュースみてえな味のお酒をぺろぺろ舐めてると。


 おばばが、棚になにやら飾って手を合わせ始めたから。

 思わず飛び退いた。


「ちょ! あれ、なんの儀式!? 凜々花、生贄にされる? 召される?」

「なんでよ。たしか、えびす講だったかな……。そうよね、おばあちゃん」

「なにそれ?」

「えびす様は、十月になっても出雲にいかない留守居の神様だからね? こうしてお供えするのよ」


 えびす様にお供え?

 ああ、そんなら凜々花のばあちゃんも毎日やってるから安心だ。


 でも、ばあちゃんがお供えすんの、スルメとか柿ピーとかだぜ?

 木箱の上には、エビが山積みになってっけど。


「なんでエビ?」

「おばあちゃん、あれでタイ釣って返せっていっつも言ってるの」

「凜々花、タイよりエビの方が好きだけど。エビマヨとか」

「あはは。タイの方が高級なのよ?」

「そっか。エビを重ねることで得た技ってわけか」

「…………え? どういう意味?」


 なんだよメイドちゃん。

 さっき自分で言ったじゃねえの。


「年の功は齢を重ねることで得た技って意味なんだろ?」

「うん」

「えびの功はエビを重ねることで得る、タイを貰う技」

「えびのこうじゃなくて。えびす講よ?」

「だから。エビ、アポエス、功、だろ?」

「あはははははははははは!!! それじゃエビ『ズ』講じゃない!」


 なんだよ、合ってるじゃねえか。

 英語の先生が教えてくれたんだから。

 アポエスは、『の』って訳せばいいって。


「あはは……、お腹いた……。え? なあに? おばあちゃん」


 しかしこの店、やっぱヤバい。

 もう情報はゲットしたし。


 メイドちゃんが離れた今がチャンスだろ。


 あとは、このうめえお酒を一気に飲み干して……。


「楽しいお嬢ちゃんにどうぞだってさ。これもサービス」

「う……。うまそ……」


 一旦上げた腰をも一度ぽふん。

 おばばのおごりで、クッキーみたいな菓子まで出てきた。


「まさか、これも大人のお菓子? このうめえお酒に続いて、凜々花を悪の道に引きずり込もうとしてる?」

「お酒じゃないし、これも普通のお菓子よ。沖縄の伝統的な」

「……じゃあ、ちっとだけ」


 あんまり食うとヤバい。

 凜々花、一個だけ摘まんで口ん中に放り込んだんだけど。


「うめええええ! なにこれ!?」


 どうしよう!

 もう止まんねえ!


 気付けば皿があっという間にからっぽだ。


 ああ、凜々花、やっちまったぜ。

 これが呪いの食いもんだって分かってたのに。


「そんなに気に入った?」

「……もう、好きにしてくれ。一体、どんな技かけたらこんなうまいもん出来るんだ?」

「あはは! 普通のお菓子よ? ちんすこうって言うの」

「なるほど! ちんを重ねることで得た技を使ったのか!」

「なにそれ。意味が分からない」

「分かんねえわけねえでしょ!? だから! ちんkピーーーーーーーーー



 ……番組の途中ですが。

 美穂さんのご要望により、本日の放送はここで終了となります。

 以降は山の映像と静かな音楽でお楽しみください。


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