海外旅行の日


 ~ 十月十九日(火) 海外旅行の日 ~

 ※悪衣悪食あくいあくしょく

  粗末な着物。粗末な食い物。




「だめだよ、こっち入って来ちゃ。ここは人外専用」


 花屋のおばちゃんに教えられてやって来たデパートの屋上。


 売店の裏に、いい加減な作りの控室があって。

 そこに、目当てのカエルがいたことにはいたんだけど。


「令和の世にそのだっさいデザイン。ホラーマンガでしか見たことねえ」

「ほっとくし」


 きっと江戸時代からデパートの屋上で風船を配り続けて来たカエルの着ぐるみが。

 これまた鎌倉時代あたりから使い続けて来たパイプ椅子に腰かけて。


 凜々花のことを。

 口からベロ出したまま見つめてる。


「人外って言われても。お姉ちゃんも人間でしょ?」

「あたしは、カエルになり始めてる人間だからギリ権限持ってるし。とっとと

出てくし」

「これ、使いたくなかったんだけどしゃーなしだな……」

「豚まん五個ーーーーー!!!」


 凜々花からぶんどったエコバックを。

 着ぐるみの手で器用に開いたカエルのお姉ちゃん。


 頭の被り物も取らずに首んとこからむりくり肉まんを押し込むと。


 がふがふ一心不乱に食い出した。


「おばちゃんに教わって持って来たんだけどさ。なんで中身も見ないで当てたん? お姉ちゃん、エスパー?」

「がふごふげふぐふ! がふごふげふぐふ!」

「……ぎふだけ無いのな」

「がふごふげふぐふ! がふごふげふぐふ!」

「カエルもそこまで巨大になるとブタ食うんだ」

「ぷはあああああ! 四日ぶりの火の通った御飯、うまかったーーー!!!」


 四日ぶり!?

 どゆこと?


「え? お姉さん、生食専門? ほんまもんのカエル?」

「ごちそうさまーーー! ちゃんと御礼したいけど、ごめんね? 小学生の前じゃ、これ外せない決まりだし!」

「凜々花、来春には晴れて高校生」

「まじ? ……ならいいし」


 そう言うなり。

 カエルのお姉さんは頭の被り物外したんだけど。


 いやはやおどれえたおどれえた。


「すっげえ美人さん出て来た!」

「ほんと? ありがとー! 上も脱ぐか! ……あれ? なんだか今日は脱ぎにくい」

「凜々花、手伝うよ?」

「まじ? いやあ、助かるわー! 背中のファスナー開けにくくなっててさ! そろそろ限界かな?」

「なに言ってんさ。江戸の粋を今に伝える緑色の伝統芸。これからも守って行かねえと!」

「おじょうちゃんこそなに言ってるし?」

「ふんす! 開いた!」

「さんきゅー!」

「よしかずうううううううう!!!」

「ど、どした!?」


 思わず膝から崩れ落ちた凜々花の顔を。

 セクシー美女、かっこ下半身はカエルかっこ閉じが心配そうにのぞき込む。


「よしかずがな? 濡れシャツで女子の下着が透けてるとドキドキするとか言ったから、凜々花、バカじゃねえのって言っちまったんだ」

「音読しちゃダメだしそんなフェチ。あたしも思うよ、すげえバカだって」

「そんでバッチバチに口げんかしてさ? クラスも巻き込んで、男子と女子とですげえ険悪な感じになっちまったんよ」

「男子チーム全員肯定派? 心配なクラスね」

「でも、凜々花は間違ってた! お姉さんのピンク色が間違いなく凜々花の中のダンディズムに火をつけて燃え上がらせたんだ!」

「…………バカじゃねえの?」


 そう、凜々花はバカだった!

 透けTシャツ越しのピンク下着とか、マジでドキドキする!


「ああ、凜々花はなんてことしちまったんだ……」

「ちょ……、落ち着くし! まず、この水でも飲んで」

「ありがと」

「あ、待つし。先にお姉さんに飲ませてね? んごきゅ、んごきゅ、んごきゅ……、すぽんっ! ぷっはあ! ……いけね。いる?」

「人類はまだペットボトルから水分摘出できるほど進化してねえと思うんよ、凜々花」


 変なカエルのお姉ちゃん。

 ほんとにこの人、凜々花の舞浜ちゃんが好きな人のことについて知ってるの?


 凜々花のことをパイプ椅子に座らせて。

 自分は地べたに座って、下半身を脱ごうと必死になってるけど。


「……合体しちまった?」

「ほんとにカエルになり始めてんのかな? ふんす! ……ふんぬうううう!」

「なあ、お姉ちゃん。舞浜ちゃんのこと知ってる?」

「舞浜? だれぞ?」

「すんげえ綺麗な巨乳の女子高生」

「わかんね」

「写真は……、ほい」

「ああ、知ってる! チャーシュー春巻き食べさせてくれた子!」

「……しまった。凜々花、豚まんって覚えられちまうんだ」

「チャーシュー春巻きちゃんがどうしたって?」

「チャーシュー春巻きちゃんの好きな人の事、お姉ちゃんなら知ってるって聞いてさ」

「チャーシュー春巻きちゃんのことに詳しそうな人なら知ってるよ?」

「ほんと!?」

「マスター!」


 おお!

 すげえいい感じのゲーム展開!


 次に、マスターさんのとこで試練でも与えられて。

 ようやく答えが聞けるとかそんな王道が待ってるにちげえねえ。


 凜々花、ワクワクを隠しきれないままに変なお姉ちゃんから次の目的地を聞いたんだけど。

 さすがにそろそろ帰らねえと舞浜ちゃんが心配しそう。


 お楽しみは明日だ。

 凜々花はそう思いながら、鎌倉時代から連綿と受け継がれてきたパイプ椅子から立ち上がったんだけど。


「……お姉ちゃん、なんでそんなに貧乏してんの?」

「それがね? 安給料なくせに、唯一の趣味が、よりによって海外旅行でさ……」

「え?」

「ベッドも布団も無い部屋なのに、地球儀だけあってね? 行った国は赤く塗りつぶしてるのよ」

「す……、すげえ……!!」


 やばあ!

 この美人スケスケお姉ちゃん、超リスペクト!


 凜々花もそんな人生送ってみてえ!


「憧れる……!」

「そう? でもほんと貧乏旅行だからさ、未だ未発展の物価が安い国で野宿とかすんのよ?」

「そういうのがいいんじゃねえの! 師匠って呼んでいい?」

「いやいや考え直した方がいいって! 前に行った国なんてさ、密林の中にある木と葉っぱで出来た家に泊めさせてもらって……」

「やばやばやば! 実にいいね!」

「そんで、食べさせてもらった御飯、コオロギよ?」

「…………コオロギ?」


 そこまで聞いた瞬間。

 凜々花は、未だに下半身が脱げなくなってるお姉ちゃんを見て愕然とした。


 ……ほんとにこの人。

 カエルになりかかってる?


「やだなあ、これから寒くなると。ふとん無いから毎晩寒くてまるで眠れないし」

「…………土の中に入らないでね?」

「おお! それ、いいアイデア!」

「ぜってえ入らないでね!?」

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