焼うどんの日


 ~ 十月十四日(木)

    焼うどんの日 ~

 ※背信棄義はいしんきぎ

  裏切ること




「……なるほど。髪がばさばさだ」

「あ、ありがと、春姫……」

「……時にお姉様。ポイントはどれくらいたまったのか」

「そ、それは、えっと、あの」

「……分かりやすく、ポイントスタンプで表現してください」

「う、裏面突入……」

「……その実態は?」

「マイナス、です」


 ハルキーに、コンディショナーを持ってきてもらって。

 玄関先で話し込んでるのは。

 エプロン姿の舞浜ちゃん。


 今日もポイントを稼ごうと。

 苦手な料理にチャレンジ中。


「……事情が事情なので、手を貸さないのが愛情なのだと受け取って下さい」

「はい」

「……では、手出し口出ししたくなるといけないので帰ります。……ご武運を」

「はい」


 ハルキーを見送って。

 キッチンに戻ってきた舞浜ちゃん。


 舞浜ちゃんちの外国製コンディショナーを凜々花に預けると。

 再び腕まくり。


 簡単なのに評価が高い。

 そんな理由で。

 焼きビーフン作ってる。



 …………ん?

 どこからか、くすくす笑いが聞こえた気がする。


 タイトル?

 オチが見えたってどういうこと?

 まあ、気にしないどこう。



 舞浜ちゃんは、一時停止させといたキッチンタイマーをオンにして。

 ビーフン茹でてたコンロのスイッチを押す。


 ハルキーと十五分くらい話し込んでたけど。

 ちゃんと続きから茹でられるとか、タイマーって便利なんだな。


 それにしても、このボトル、いい香り。

 舞浜ちゃんと同じ香りだ。


 凜々花も、おんなじの使いてえんだけど……。


「凜々花、これ使うと髪がくるんくるん丸まっちまうんよ」

「は、半乾きで寝ると良いわよ?」

「それ、ハルキーから聞いてな? 舞浜ちゃんみてえに、スケバン風ストレートロングになりたくて……」

「ス、スケバン……」

「言われた通り半乾きで寝て、朝起きて鏡見たら、リーゼントになってた」

「あはははははははははははは!!!」


 笑い事じゃねえんよ。

 かっちりセットされてて、おにいが直してくんなきゃ大変だったんだから。


 でも、ドラマでしか見たことねえけど。

 ほんとに昔のワルってあんな髪形してたの?


 電車のドアに挟まれちまいそう。

 楽しい窓際なのに、ゴムんとこの隙間からしか景色見れねえ。


「凜々花は、おにいと一緒のヤツが一番加減いい!」

「あ、あたしも同じのが良かったんだけど……」

「ぼさぼさになっちまうね、舞浜ちゃんが使うと」

「ぐすん。……でも、ね? いいことがあったから、良しとします」

「いいこと?」

「コンディショナー、春姫に持って来てって言ってくれたの、立哉君……」


 ほえー。

 よく見てんなあ、おにい。


 おにい、舞浜ちゃんのこと好きなんかな。

 それだと、うれしいな。


「あ……。は、話し込んでて忘れてた」

「何を?」

「や、野菜炒めなきゃいけなかった……」

「そんな時にはポーズボタン!」

「そ、そうか!」


 タイマー止めて。

 野菜切り始めた舞浜ちゃん。


 手元が危なっかしくて。

 下手なホラーよか断然ドキドキする。


「ウインナーは切らんでも良くね?」

「な、なるほど……」

「うずらも、そのまんまで」

「な、なるほど……」

「玉ねぎも、皮が剥けたら十分」

「そこまで切らせたくない真意は?」

「舞浜ちゃんの指、五本しかストックねえから」


 苦笑い浮かべて。

 慎重にやるからとか言って。

 玉ねぎに挑み始めた舞浜ちゃん。


 なんとか一個切り終わるのに。

 すげえ時間がかかったけど。


「後は炒めて、麺と合体して出来上がり!」

「よ、ようやく終わりが見えて来た……!」

「えらい時間かかってるけど、なに作ってるんだ?」

「ひうっ!? ご、ごめ……!」


 ハルキー襲来に、野菜切りという想定外のトラップ。

 確かに、時計の針はもう八時回っちまってる。


 でも。


「まてまてまてえい! 舞浜ちゃん苛めんな!」

「別に苛めてねえだろ。どすこい連打で追い出すな」

「今日は舞浜ちゃんの特訓日だから!」

「ん? ああ、そうか。でも時間が時間だし、後は俺が……」

「うるさいだまれい! 情け無用!」

「手出しだろ、無用なの」

「あ、ほんまや」

「でも、情け無用ならちょうどいい。口は挟んでいいって事だな?」

「あ、あれ!? これがビーフン!?」


 ダメだよ舞浜ちゃん!

 おにいが強制介入するスキ作っちゃ!


「おい舞浜。何分茹でた?」

「表示通り……」

「ぜってえウソだ。麺、まるまるしてるじゃねえか」

「な、なぜだ……」

「これじゃお前、焼きビーフンじゃなくて……」


 凜々花のどすこいもうっちゃりもわっしょいもすり抜けて。

 おにいが、情け無用の言葉を浴びせ続ける。


 でも最後の最後。

 それだけは言わせねえ。


 凜々花は天才頭脳をフル回転。

 急いで丼にメシよそってバットに見立てたウインナー乗っけてボールに見立てたうずら乗っけてソースかけて。


「はい! 今日のメニューは、やきゅう丼!」

「うはははははははははははは!!!」

「あはははははははははははは!!!」


 機転きかせといて。

 逆にディスる。


 そんな高等テクニックを。

 意図せずぶっぱなしちまった。


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