引っ越しの日


 ~ 十月十三日(水)

    引っ越しの日 ~

 ※恩威並行おんいへいこう

  人の上に立つ人は、飴と

  鞭をはっきり使う必要がある




「よし、完成」

「よし! 完成!」

「知らなかったわ。これがママの完成形?」

「保坂・フルバーニアン!」


 凜々花の定位置。

 久しぶりに帰って来たママの背中。


 超ご機嫌凜々花を見て。

 ぬいぐるみにネックレス巻いてあげてた舞浜ちゃんも嬉しそう。


「い、いつもべったりですね……」

「そうなのよ。嬉しい反面、帰るたんびに肩凝って……、よいしょ」


 ありゃりゃ。

 ママによる強制パージ。


 凜々花は一本背負いの要領で。

 ソファーに叩きつけられてツーバウンド。


「年々あんたが重くなってんのか、あたしの筋力が衰えてんのか……」

「負けるもんか! 今度は前から合体!」

「いたっ! ……これも完成形?」

「フルアーマー保坂デラックス!」

「やれやれ。……さて」


 急に帰って来たママが。

 舞浜ちゃんをはす向かいに座らせたリビングのソファー。


 真面目オーラを食らった舞浜ちゃんが。

 わたわたしたあと頭を下げる。


「ご、ご迷惑とは存じていますが……」

「別に迷惑じゃないし、舞浜家の短期集中勘当システムの話はお母さんから聞いてるから引っ越してきた件も問題なし」

「はい」

「でも……」

「あんな? 舞浜ちゃん、うちにお嫁に来たんだよ?」

「そう。それ!」


 ママは凜々花をぶら下げたまま立ち上がると。

 舞浜ちゃんに詰め寄った。


「パパから聞いてびっくりしたわよ! あんたたち、いつから付き合ってたの!?」

「み、皆さん同じ質問……。お付き合い、してないです……」

「ほんとにほんと!?」

「ほ、ほんとにほんと……」


 ……このポジ。

 間に挟まって居心地わりい。


 ひとまずママの首から降りて。

 舞浜ちゃんの向こうに退避。


 それにしてもママ。

 疑り深いなあ。


 凜々花と舞浜ちゃんがお付き合いしてねえのはほんとよ?

 だってお嫁さんだかんね。


「まあ、仲がいいのは分かってるけど、それってどうなのよ」

「はあ……」

「そもそも立哉は何を考えて秋乃ちゃんを泊めてあげ……、ん?」


 ママが急に眉寄せ顔になると。

 舞浜ちゃんに、さらに急接近。


 いや、舞浜ちゃんじゃなくて。

 舞浜ちゃんが抱いてる呪いのウサギ。

 その首から下がった指輪をじろじろ見てる。


「こ、これ……。これどうしたの!?」

「え? た、立哉君がくれた……」

「こんなものを!? あの子が!?」

「は、はい」

「じゃあガチじゃない! それで? 秋乃ちゃんは受け取ってくれたの!?」

「いえ、あたしじゃなくて、このぬいぐるみにくれた物……」

「はああああああ!?」

「ずっと探してたのに、赤い宝石見つけてあげられなくて……。でも、立哉君が見つけてくれた……」

「あの子、頭のネジ大丈夫かしら……。ちょっと立哉!」


 ママ、全速力で二階に上がって行ったけど。

 凜々花も気になってたんよ。

 その指輪。


「なあなあ、舞浜ちゃん」

「なあに?」

「どこで拾って来たん? ウサギのネックレスに下がってるそれ」

「た、立哉君が自分で探せって言ってたから、昨日の夜、ほっかむりして立哉君の部屋に……」

「ずるい! 一人でスニーキングミッションしてたん? そういうのは誘ってくれなきゃ凜々花困る!」

「ご、ゴメン……。それで、机の上に置いてあったから貰って、ついでに寝顔の立哉君と写真撮った……」

「どれどれ。……舞浜ちゃん、ちょうご機嫌じゃん」

「ド、ドキドキだった……」

 

 やってやったぜ感満載の自撮り写真。

 ほっかむりで持ち上がったブタ鼻も超クール。


「次は絶対! 凜々花も誘って!」

「も、もう侵入しないよ?」

「そんな意地悪しないで? ぬいぐるみには優しいのに!」

「そ、そんなこと無いよ? この子も凜々花ちゃんも大切な家族だから……」

「え? …………まさか舞浜ちゃん、おにいとおままごと中!?」

「ちがうよ!?」


 舞浜ちゃんが、慌ててわたわたし始めた。

 いけね、今のは凜々花が悪い。


 おにいも舞浜ちゃんも、凜々花は大好きだ。


 多少アレな趣味をお持ちでも理解してあげなきゃなんねえ。


「あ、安心していいよ! 凜々花も、おままごとにはちっとはうるせえ方だから!」

「だ、だから違う……」

「これでも凜々花、昔はおままごと界じゃちっとは有名だったんだよ? 千歳烏山の名お嫁さん役、凜々花と言えば知らねえお友達はいなかったんよ!」

「規模感が分からない……」

「今でも覚えてんのがな? 凜々花が作ったドロ団子、しゅうとめさんが食ったふりして捨てたから、ちゃんと食えって叱ったんよ」

「鬼嫁っ!?」

「そこからが名演技! 食いもんがどんだけ大切か、自分がどれほどの想いを込めて作ったんか、熱心に説いてな? 泣きながら食うしゅうとめさんも、周りにいたみんなも感動して涙を流したんよ!」

「その所業に、全千歳烏山が泣いた……」


 舞浜ちゃんまで涙ぐんで感動する凜々花の若き日の伝説。

 名女優の名を欲しいまま。


 ……そういや、あの後来たおにいも涙ぐんでたような覚えがあるな。

 なんでか、しゅうとめさんとしゅうとめさんのママに頭下げて。

 そんでたしか……。


「ああっ!? なんでその後、凜々花がげんこつ貰って泣いてんだ!?」

「た、立哉君に?」

「そう! そんで怒った凜々花をなだめようとしてな? 指輪貰ったんよ!」

「え? ……ああ、おもちゃの?」

「本物だよ?」

「ええっ!?」

「本物のアメ!」

「あはははははははははははは!!!」


 何が刺さったのか分かんねえけど。

 舞浜ちゃんが大笑いしたあと。

 ぬいぐるみの指輪をじっと見つめる。


「指輪のアメ、憧れだよね、女の子の」

「憧れってか、大好きなおにいから貰ったかんな? 凜々花、食えなくてさ!」

「どうしたの?」

「ママの宝石箱に入れたんさ!」

「ほっこりするけどものすごく迷惑……」


 舞浜ちゃんが苦笑いしてる間に。

 凜々花はテレビの台に移動して。


「それ、どうなったの?」

「アメ、とけて宝石箱ん中でろんでろん」

「怒られた?」

「そりゃもう! 全世田谷が震撼するほどの勢いで!」


 アルバムの隣。

 あったあった。


「でもな? ママ、おにいから怒らないでくれって言われてな?」

「……うん」

「一生懸命、どうしてそうなったか説明してくれて……」

「うん」

「そんでどういう訳か、とってあるんよ」


 凜々花が開いた宝石箱。

 飴のせいで変色しちまったあたりと別のくぼみに。

 懐かしいプラスチックの指輪が一つ。


 宝石が無くなって、台座だけになったそいつを見て。


 舞浜ちゃんは。

 なんだか幸せそうに。

 呪いのウサギを、ぎゅっと抱きしめたんだ。

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