PRの日


 ~ 十月十二日(火) PRの日 ~

 ※哀毀骨立あいきこつりつ

  悲しみのあまりやせ細ること。




「ピンチだ」

「ピンチかも」


 まさかの心変わり。

 凜々花のとこにお嫁に来たことも忘れるなんて。


 そんな呪いにかかっちまったのは。

 凜々花の舞浜ちゃん。


「今日は、距離を感じる……」

「今日は、あたしを学校に置いて先に帰っちゃった……」


 ダイニングのテーブルを挟んで。

 夕飯前に、思い悩みタイム。


 どうやったら舞浜ちゃんを振り返らすことできるだろ。


「なんとかPRしないと!」

「ど、同意!」

「やっぱ女子が誰かを振り向かせたい場合は……」

「ダイエット?」


 舞浜ちゃんの言葉で二人同時に停止。

 そしておんなじ動きで。

 一旦咥えたおせんべを器に戻す。


「舞浜ちゃん、どうぞ?」

「凜々花ちゃんがどうぞ?」

「こいつの、いい感じに割れそうで割れねえ頑固な硬さと醤油の風味は最高よ?」

「あたしは柔らかくてオレンジ風味のおせんべが好きだから凜々花ちゃんにあげる」

「い、いらねえよ? 凜々花、腹筋で忙しいから!」

「う、裏切り者……」


 床で腹筋始めようと席を立つと。

 舞浜ちゃんも負けじと立とうとする。


 ちょいちょい!

 凜々花より細くなられたら困っちゃうよ!


「舞浜ちゃん! 椅子に座って!」

「へ? こ、こう?」

「そしてタコのように舞い……」

「タコ踊り、上手……」

「相手が油断したところを、くるりと回って一角獣のように刺す!」

「あいたっ!?」

「封! 印!」

「た、立てない!?」


 椅子に座った相手のおでこを。

 正面から指で押さえつけると。


 椅子から立てなくなる不思議殺法。


「え……!? な、なんで?」

「ふっふっふ! 舞浜ちゃんを封印した!」

「あ、でも、これ無理に立とうと頑張ると……」

「頑張ると?」

「腹筋が鍛えられる……」

「裏切り者っ!」


 なんてこった!

 それじゃ逆効果!


「ほんじゃ、両足を封印!」

「あ、足の甲に乗るとは……」

「はっ!? 凜々花、閃いた!」

「足が痛いよ……」

「この間に舞浜ちゃんの部屋に潜入して、あの呪いのウサギを亡き者に……!」

「そ、その間は誰があたしを封印してるの?」

「そんなの凜々花に決まって……? おやあ?」

「凜々花ちゃん破れたり」


 なんてこった!

 まさかこの封印術式に、そんな弱点があったとは!


「ま、まさか己の身を犠牲にしないと完成しない技だったとは……!}

「うん。それと、ちびらびを捨てたらダメ……」

「舞浜ちゃん取っちゃう悪女なのに?」

「ち、ちびらびは可哀そうで可愛い子、だよ?」

「うんにゃ! あれは呪いのたぶらかし人形!」

「ひ、ひどい……」


 ありゃりゃ。

 舞浜ちゃん、しょんぼりしちゃった。


 凜々花、ちょっと必死になりすぎて嫌な子になっちゃった。

 これじゃPRどころか最低だ。


 そういえば。

 あねごちゃんが言ってたっけ。


 幼稚園とか小学生のころ体験した。

 友達とケンカして仲直りするまでの無駄な数日間。


 中学生になって高校生になって。

 そんな体験はもうしなくなったっと思った後。


 大人になって好きな人が出来て。

 一緒に暮らすようになると。


 また体験するようになるんだよって。


 でも、散々学んで来たはずなのに。

 大人になると。


 仲直りの仕方を。

 忘れちゃうんだよって。


 ……簡単なのに。

 仲直りの方法なんて。


「……ごめんね?」

「ううん?」

「凜々花、イライラしてた」

「あ、あたしも」

「きっとお腹が減ってるからだよ! おせんべ食べよっか!」

「えっと……。甘いものとか、買って来る?」

「台所に何かあるかな? 凜々花、甘いもん探して来る!」

「あ、無理に探さなくても……」

「あった! 牛肩ブロック!」

「甘いの?」

「ワキに近いから」

「ワキのあまい牛って……」

「ダメ? ほんじゃ他には……、ん?」


 冷蔵庫開けてみたら。

 中から現れた、これ見よがしな箱。


「ケ、ケーキ?」

「そだよね」


 凜々花がテーブルに乗せると。

 テープで張り付いてた紙を舞浜ちゃんがぺりっと剥がした。


 そんで、お皿とフォーク持ってテーブルに戻って。

 崩さないように取り分けると。


 にっこり笑顔の舞浜ちゃんが。

 メモ紙を凜々花に渡してきた。




 凜々花、舞浜。

 なんか二人とも、昨日ぬいぐるみのことでケンカしてたみたいだから。

 これでも食べて仲直りしてくれ。




「ほ、ほっこりした……、ね?」

「………………そだね」

「じゃあ、真面目なPR考えよう……」

「うん」


 きっと、舞浜ちゃんは意地悪な凜々花は嫌いだ。


 おにいみてえに。

 優しくしねえとな。


「舞浜ちゃんは、どんな子が好き?」

「え? ……えっと、あたしをほっこりさせてくれる人、かな?」

「…………ほんじゃ、凜々花の分食べていいよ?」

「ふっくらとほっこりは違う……」

「そんくらい分かるよ凜々花にも」

「そ、そうだよね……」

「晩飯前にケーキを二つも食べたらな? お腹が……」

「あはははははははははは! ぽっこりも違う……!」


 おお、久々に舞浜ちゃんが笑ってくれた気がする。

 凜々花にとっちゃ、ほっこりよりぽっこりより。

 にっこりな舞浜ちゃんが一番うれしい。


 だから凜々花も楽しくなって。

 一緒に笑ったら。


 今までのやもや。

 全部わすれちった。


「……た、立哉君は、どんなのが好きか知ってる?」

「へ? なんでおにい?」


 そんな時。

 舞浜ちゃんが、変なこと聞いてきたんだけど。


 おにいの好み聞いてどうすんだ?


「う、えっと、サ、サンプル?」

「おにいが好きなのがどんなのかってこと?」

「うん……」


 なんかもじもじしてっけど。

 えっと、ケーキの箱に四つ入ってるから。

 どれ食ったらいいかって話か?


 おにいが食いてえのは、この丸いのも三角のでも無くて……。


「細いのだと思う」


 そう返事したら。

 折角の笑顔が舞浜ちゃんから消え失せて。


 寂しそうに。

 ショートケーキの皿を凜々花に差し出した。


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