マナーインストラクターの日


 ~ 十月七日(木)

 マナーインストラクターの日 ~

 ※邯鄲之歩かんたんのほ

  考え無しに他人の真似をすると、

  元の自分も真似した姿もどっちも

  成り立たなくなる。



 何かのポイントを稼ぎたい。

 そう言いながら、当番を手伝ってくれんのは。


 凜々花の舞浜ちゃん。


 お嫁さんの、飴色のサラサラストレート髪は。

 触るたんびに指が幸せになる。


 前はどういう訳か。

 触る都度でおにいが血の涙流しそうな目を向けて来たもんだけど。


 大人になったんかな。

 今はこうすっと。

 ハニワみてえな顔して部屋に上がっていくんだ。


「あれ、どういう感情なん?」

「な、なんのお話かな……?」

「まあいいや。そんで? まだ料理作んねえの?」

「も、もうちょっと待って……」


 今日は、凜々花の好きな広島風お好み焼き定食にしようと思ってたんだけど。

 舞浜ちゃんに止められた。


 なんでも、バランスを考えなきゃいけねえらしい。


「バランスってどうすんの? 緑黄色的なもんが足んねえって事?」

「うん、多分、そういう事だと思う……」

「じゃあ問題ねえよ。はい、付け合わせの緑黄色野菜」

「これは黄色くて緑な炭水化物」


 え? 却下されるとは思わんかった。

 袋あけちったから、このメロンパンは食っちまうとして。


「じゃあどうすんのん?」

「お、美味しそう……」

「耳んとこあげんね?」

「い、いただきます」

「そんで? バランスは?」

「あ、あたしは、完璧なお料理を作ってポイントを稼ごうと思います」

「ふむふむ」

「そこで本日は学校をさぼって、実家で猛特訓して」

「ほうほう」

「携帯とノートパソコンを駆使して動画で必死に勉強した結果……」

「結果?」


 ぴんぽーん


「…………すげえ。舞浜ちゃんは天才だ」

「……奇遇だな。私も感想を異にしない」


 使えるもんは、何を使ってでも勝つ。

 舞浜ちゃんの本気を見て心が震えたぜ。


 結局、六人分の食事をあっという間にこさえたハルキーのおかげで。


 凜々花ん中での舞浜ちゃんポイントは爆上がりになった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 ハルキーママも一緒に。

 六人でとんかつ大会。


 誰が一番キャベツ食えるか競争だ。


「…………凜々花。ボウルは皿じゃない」

「へ? いつも、凜々花これで食ってるじゃん」

「TPOを考えろ。お客さんの前でそれはやめろ」

「でも、みんな家族だよ? お嫁さんと義妹と義ママ」

「義ママって。……お前にはどうやってマナー教えたらいいのかまるで分からん」

「マナー講座ってさ、必ず最後に『いろいろ言いましたけど美味しく食べる事が一番』って言葉で終わるでしょ?」

「そこだけ覚えりゃいいって意味じゃねえからな?」


 たまにはじまるおにいのマナー講座。

 食うペースが乱れて、何食ってるか分かんなくなるんだよね。


 ひとまずキャベツのボウルを中央に戻して取り皿にとってソースかけて。

 一口で食って取り皿にとってソースかけて一口で食って。

 取り皿にとってソースかけて一口で食ってソースをボウルにかけて取り皿にとって。

 一口で食って取り皿に取って一口で食って取り皿に取って箸を伸ばして一口で食って箸を伸ばして一口で食ってボウル取って。


「……立哉さん。人間の動作は反復によって最適化されるのが道理だ」

「くそう。結局私物化されちまった」

「……それより、どうして今日は料理をしなかったのだ? 立哉さんから教わりたかったのだが」

「今日は当番じゃなかっただけだよ」

「……ふむ」


 ハルキーの青い目が少し泳いで。

 ため息と一緒に長いまつげの下に消える。


 これはがっかりしてる時の合図。

 そんなにおにいと料理したかったんだ。


 でもさ。


「ねえハルキー。おにいから教わると、美味しくなくなるよ?」

「……ばかな。なぜそんなことを言う?」

「凜々花、食い辛くなってさ。箸はおいてから皿を持てとか、味噌汁は冷めたうわずみ吸引すんなとか」

「……お前の頭の中は、マナーの話のマスで一回休みだったんだな」


 ハルキーがもっかいため息ついてる間に。

 凜々花、胸に抱いて食ってたボウルが空んなったから。


 いよいよメインのとんかつに挑むべく。

 ワンバンさせるための丼を左手に装着した。


「いい教え方ねえか? こいつ、どうあっても覚えてくれねえ」

「……なるほど。食事中に教えるから聞かないのではないのか?」

「どういうことだ?」

「……誰しも、優先順の高いものに脳のリソースが取られるという事だ」

「なるほどな。……おい、凜々花」

「うんめ! やっぱロースで唇がてろてろになる瞬間がいっちゃん幸せ! アイドルとかも唇てろてろだから、本番前にロースひいてんだよねきっと!」

「メシ食い終わったら、舞浜に教われ。こいつのマナーは完璧だから」

「おお! 凜々花、舞浜ちゃんと秘密のレッスン!?」

「ぶほっ!?」

「…………パパ。噴くなら固形はいただけねえと思うんよ、凜々花」

「す、すいません! すぐに掃除しますんで!」


 ぎりぎり横向いたから良かったけどさ。

 正面だったらどえらいマーキングだよ?


 凜々花、パパたちの寝室に行って。

 脱衣所で拭くもの探してるパパにパンツ渡してから席に戻ると。


 いきなし叱られた。


「食事中に席を立つときは一言断るの」

「なんと。良かれと思ってやったのに、マナー閻魔にはお気に召さないだと?」

「だれが閻魔だ。ちゃんと食後に、舞浜から教わっておくように」

「んだったら、さっそくお嫁さんの真似してみる!」


 舞浜ちゃんのやる通りにすればにゃーにゃー言われねえよね。

 凜々花、天才だから完璧にこなすぜ?


「舞浜ちゃん、マナー完璧なん?」

「た、立哉君が言うには、ね?」

「よっし! まず最初は、箸を置いて、両手をわたわた……」

「こ、これは真似しないで良くて……、コホン」


 えっと、お箸持ってお椀持って。

 具だけ食ってお椀置いてお箸置いて。

 お茶椀持ってお箸持ってご飯をパクリ……?


 なんで箸置いた?

 持ってりゃいいじゃん。

 おおいけね、そんなこと考えてる場合じゃねえ。


 お茶椀置いてお箸置いて。

 くそう! すげえ忙しいわりに全然食えねえ!

 ソース取ってカツにかけて。

 凜々花もソース取ってカツにかけて。


「あはははははははははははは!!!」

「ほえ!? これも真似すんのん?」


 これもマナーなのかな。

 でも、舞浜ちゃんのマナーは完璧だって。

 おにいが言うんだから間違いねえ。


 凜々花も真似して大爆笑すると。

 やっと笑い終えた舞浜ちゃんは。


 凜々花のかけた分と合わせてソースでびったびたになったカツを。

 美味しそうに可愛い口へ放り込んだ。


「…………てろてろになんねえ、だと!?」


 いまどう食ったんだ?

 さすが凜々花の舞浜ちゃん。

 謎多き女だぜ…………。


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