木の日


 ~ 十月八日(金) 木の日 ~

 ※三人成虎さんにんせいこ

  どんなウソでも、多くの人の

  話題になれば、真実のように

  なってしまう。




「おみず! おみず! じょろじょろじょろー!」

「木にも、お水あげるのね?」

「晴れ続きだったかんね!」


 毎日のお楽しみタイム。

 庭の水撒き。


 お花も木も元気に育つんだよ?


「今日は、木の日……」

「なんで? 凜々花がお水をあげたから?」

「十月八日だから……」

「じゅう、よう? あ、分かった! 木が重要だからか!」

「ちが……」

「凜々花、地球を維持するために重要なことですよって、今日学校で教わった!」

「うん。それはそうなんだけど……」

「サスペンスブル!」

「急に木が歩き出して人を襲い出した……」

「そして人の養分を吸い取った木が大きくなってから切られて、人の社会を豊かにするんだよ?」

「あはははははははは! 持続可能!」


 物知りな凜々花のお話しを聞いてなんでも楽しんでくれるのは。

 凜々花の舞浜ちゃん。


 そんな最高のお嫁さんと。

 今日は一緒に、庭の水やりだ。


「舞浜ちゃん、お手伝いは嬉しいけど、頑張りすぎると大変よ?」

「でも、これ、家のお仕事なんだよ……、ね? 立哉君、いつも庭木の自慢するからあたしもやりたいなって……」

「これはお仕事じゃなくて、凜々花の趣味なんよ!」

「あ、なるほど。だから自慢してたのね……」

「なにがなるほど?」

「自慢するばっかりで、花の名前も知らないから……、ね?」


 舞浜ちゃん。

 なんだか嬉しそうに笑ってっけど。


 んーと。

 ちっとわかんねえ。


 でも、別に気になる話でもねえから。

 スルーしとこう。


「ほれ、桜ちゃん! ごはんだよー! じょろじょろじょろー!」

「この木、桜だったんだ……」

「うんにゃ? ビワだよ?」

「トラップ……」

「こっちのコニファーがダークネスちゃん!」

「ダークネスちゃん、クリスマスにはピカピカだった……」

「で! この梅の木がウナギ!」

「食べ合わせが!?」


 あはははは。

 舞浜ちゃん、水やりしながら楽しそうに笑ってくれる。


 凜々花の趣味を一緒に楽しんでくれるとか。


「ポ、ポイント稼げたかな……」


 もちろん!

 百億兆ポイントだよ!



 でも、いつも楽しそうにしてくれる舞浜ちゃんが。

 たまに見せる寂しそうな顔。


 今も、ぼけっと。

 二階の明かりもついて無い部屋見上げて。

 ため息ついてる。


「ねえ舞浜ちゃん!」

「ひうっ!? ……な、なあに?」

「おにいが変な理由、分かった?」

「ううん? クラスの誰に聞いても、苦笑いするばっかりで教えてくれない……」

「でも、なんかあると思うんよ! やつれて来たし!」

「名字で呼ぶようになったし、前みたいに話してくれなくなったし……」


 二人の名探偵でも解けない謎だ。

 ここはヒントが欲しいな。


「ヒントくれえええええ!」

「ええっ!? ヒントって?」

「なんだよバカ妹。ご近所迷惑だろうが」

「カンナさん!?」


 困った時には頼りになる。

 お向かいのあねごちゃん。


 凜々花が大声出すと。

 いつもこうして助けに来てくれる。


「店、それなり忙しい時間なんだけどな」

「あんな? おにい、ここ一週間変なんよ」

「いつも変だろあいつは」

「そういう正論を話してるわけじゃなくてな? ごはんの時間は普通に見えるけど、すぐ部屋に引きこもるし。風呂も、あねごのお店で更衣室のシャワー使ってるんでしょ?」

「だから、変で合ってるじゃねえか」

「…………あれ? ほんとだ」

「だろ?」

「舞浜ちゃん! 解決したよ! おにいは、変な人!」

「か、解決してないし、今の大きな声、駅の方まで届いたんじゃないかな……」


 舞浜ちゃんがわたわたしてる。

 あれ? なんかまずかった?


「まあ、多少変なのは愛嬌だけどさ。シャワーは心底迷惑なんだが」

「あ、それは……。気を使ってくれてるみたいで……」

「何の話だ?」

「あ、あたしが、お風呂使うからだと思うのですけど……」

「なんで!? 風呂が壊れたのか?」

「あ、あたし……。今ここに住んでいるんです」

「はあああああああ!?」


 あねごちゃん、大きな口がこれでもかって広がって。

 凜々花のグーなら入りそうなほど驚いてる。


 そこまで驚くもん?

 凜々花と舞浜ちゃん、こんなにお似合いなのに。


「い、いつから付き合ってんだ保坂と!」

「つ、付き合ってないですけど……」

「付き合ってなくて一緒に住むとかねえだろうが! なんて告白されたんだ?」

「告白もされてない……」

「はあ!? 意味分かんねえ。どういうことだ?」

「え。えっと、それは……」


 ちょいちょい。

 そりゃ当たり前だって。


 もしもおにいが舞浜ちゃんとも付き合ってたりしたら。

 二股になっちゃう。


 まあそれはいいとして。


「あんな、あねごちゃん。おにいがおかしいの、舞浜ちゃんが一緒に住むようになってっからなんよ。なんか関係ある?」

「おお、なるほど。一緒に暮らすと、アラが見えるようになるからな。バカ浜、お前、嫌われたんじゃねえのか?」

「えええええええ!? が、頑張ってポイント稼いでたのに?」

「そういう、無理して取り繕おうとすんの嫌いだろ、あのバカ兄貴は。……まあ、あいつの数すくねえ美点ではあるけど」


 あねごちゃんと舞浜ちゃんが。

 なんか頷き合ってっけど。


 それよりおにいの問題だよ。


「じゃ、じゃあ、やっぱり嫌われた?」

「うんにゃ? おにいも舞浜ちゃんのこと好きだからそりゃねえと思うんよ」

「そ、そそ、そうなんだ……」


 なんか嬉しそうに、じょうろを持ってもじもじしてっけど。

 スカートびっちょになっとるよ?


「でも、それなら……」

「そうなんよ。変になった理由がわかんねえ」

「そ、そうね」

「あと、なんかあるとしたら…………っ! ああ! あれだ!」

「ど、どれ?」


 分かった!

 どうして今まで気が付かなかったんだろ!?


「おにい、なんでか分かんねえけどぬいぐるみ買って来てた!」

「ぬいぐるみだあ!? やっぱあいつ変わってんな……」

「そんで、ヒューマンとの接触を嫌って、今頃真っ暗な部屋の中でぬいぐるみとおしゃべりしてるんだ……」

「ぎゃははははははは!!! そうだバカ妹! きっとそうにちげえねえ!」

「そだよね! ああ、おにいが踏み越えちゃいけない一線越えちまった……」


 がっくり膝を突いた凜々花に。

 舞浜ちゃんが、わたわたしながら手を添える。


 大丈夫。

 そんなおにいでも。



 凜々花は見捨てたりしねえから! 



「たとえ人形しか愛せなくなっても! おにいは凜々花のおにいだから!」



 今までと変んねえ!

 凜々花は、おにいが大好きだ!


 力強く宣言した凜々花の肩に優しく手を添えたお嫁さんが。

 大笑いしてるカンナさんを見つめながら、ぽつりとつぶやいた。


「い、今の大声は、確実に街中に響き渡った……」


 そうか。

 噂はすぐに拡散する世の中だ。


 凜々花の愛は。

 きっと全国までいきわたったことだろう。

 

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