夢をかなえる日


 ~ 十月六日(水) 夢をかなえる日 ~

 ※無知蒙昧むちもうまい

  学がない




「夢のよう……」

「はいハズレ」


 パジャマ姿のお嫁さん。

 勉強机に並んで座ってんのは。


 凜々花の舞浜ちゃん。


 長年の夢がかなって。

 とうとうお嫁さんに来てくれたんだけど。


「じゃあ、次の問題の答えは?」

「夢のよう……」

「またハズレ」


 凜々花、おんなじ言葉しか吐けない村人キャラになっちまったせいで。

 さっきから全問不正解。



 でも舞浜ちゃん、いつもと違うんだよね。

 間違い探しの初級レベル。


 カチカチ山のタヌキが背負ってる薪が。

 ダイナマイトになってるくらい分かりやすい。


「…………おにいとケンカ中?」

「わ、分かんないんだけど、ずっとよそよそしいんだよね……」

「うん。そんな感じに見えた」

「凜々花ちゃん、何か知ってる?」

「いや秒も」

「そっか……」


 おにいの心配する舞浜ちゃん。

 優しくて可愛いけど。


 べつに、あれは心配しねえでいいよ?

 どうやったらゾンビが相手してくれるか考えてるだけなんだから。


「でもさ、どうして勉強教えてくれるん? 凜々花天才だから必要ねえよ?」

「ま、毎日お勉強しないとダメ……」

「舞浜ちゃん、ウソつく時鼻の穴が広がる」

「ひうっ!?」

「って言ったら、手で鼻を隠すからすぐわかるんよね」

「ずるい……」


 ちょろいなあ、お嫁さん。

 浮気されても瞬で分かるからね?


「ほんとんとこは?」

「ポイント稼ぎ、です」

「なんのポイントカード? クリーニング屋のスタンプだったら、凜々花が赤ペンで偽装するよ? おばはん、何回行ってもタダにしてくれるんさ」

「それは立哉君が後でお金払いに行ってる……」


 まじか。

 騙してるつもりが騙されていただと?


 すげえなおばはん。

 クリーニング屋する前は、どこかで組織のエージェントやってたにちがいねえ。


「…………MI6か?」

「え? なに?」

「スタンプ押してくれる組織」

「ク、クリーニング屋さんの全国チェーン店?」

「イギリスのお店じゃなかったかな?」


 物知りだねって褒められた。

 すげえいい気分。


 舞浜ちゃんに頭撫でられると。

 凜々花、すげえ幸せになってとろけちゃう。


「でも、ポイントって、そうじゃなくてね?」

「焼き鳥屋? あそこ、五本で一本オマケとか、商売する気あんのかな?」

「あそこのつくね、美味しい……」

「凜々花はスナギモ!」

「な、斜め上のものが出て来た……」

「あのとろっとくにゅっとした感じがたまんね! パパは痛風があるから食えねえんだけど」

「それはスナギモ違う……」


 あれ? そうだっけ。


「そういや、おにいがちゃんと覚えろとか言ってたね」

「あ、あたしも名前忘れた……。焼き鳥の名前、難しくて……」

「スロットとか、取っ手みたいな名前だったかな。答えおせーて?」

「だ、だから、あたしも忘れた……」

「……フォアグラ? だったっけ?」

「言われてみれば……?」

「おお! それだ!」

「そうかな?」

「凜々花、大人になったら店の前でカップ酒ってやつくいっといきながらフォアグラ食うんだ! タレで!」

「お店の前のベンチでおじさんたちがやってるやつ?」

「かーっ! 今日もすったから安ざけに安フォアグラだ! ってやつ」

「や、やってみたいんだ……」

「あれいいよね! なんかすっげえ幸せそう!」

「…………分かる」

「そだよね!」


 舞浜ちゃんって、凜々花とやってみたい観が一緒で話が合うんだよね。

 凜々花たち、上手くやっていけそう!


「これからもよろしくね! 舞浜ちゃん!」

「え? ……あ、はい。よろしくお願いします」

「えへへへへへへへへー!!」

「じゃ、じゃあ、勉強の続きしよ?」

「そだよねだよね! 凜々花、舞浜ちゃんと同じガッコ行くんだ!」

「そうなんだ……。じゃあ、頑張ろう?」

「ほいきた!」


 凜々花、天才だっておにいがいつも褒めてくれるからよゆーだと思うけど。

 心配性のハルキーは、相当頑張んなきゃ無理だとか脅して来るんだよね。


 まあ、カッパも木から落ちる事あるわけだし。

 舞浜ちゃんが教えてくれるし。

 ちょっとは勉強してやろうかな!


「そ、それじゃ、発音を覚えようか……」

「ネイティブ並みだから任しといて!」

「これは?」

「トマト!」

「……えっと、発音、だよ?」

「トマト!」

「…………トメイトウ」

「なにそれ!?」


 え?

 舞浜ちゃん、なに言ってんの?


 困った顔しとるけど。

 凜々花のしたい顔、先に取んないでくれる?


「舞浜ちゃん。八百政さんでそんなこと言ったら大変だよ?」

「ア、アメリカの八百政さんだとこう言わないと通じない……」

「ああ! なるほど引っ掛け問題か! さすが凜々花の舞浜ちゃん! やるなあ!」

「ひ、引っ掛け?」

「アメリカだから逆になるんだよね!」

「なにが?」

「イトウ・トメ」

「あはははははははははははは!!!」




 …………廊下を挟んで向かいの部屋から聞こえる三分コント。

 気になってまったく勉強に集中できん。


 仕方が無いから。

 小声で話に混ざってやった。


「…………もの知らず同士の会話は怖えな」



 そして、滅多に聞かない秋乃の笑い声を耳にしながら。

 俺は凜々花に心底嫉妬した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る