第8話 少女がえりしたおばあさん


 

 地主の息子から突き転ばされたおばあさんは、なかなか起き上がれずにいました。

 もともと曲っている腰を、したたかに蹴とばされたのですから無理もありません。


 擦りむいた手を突いても、食いしばった歯の奥からうめき声が洩れてしまいます。

 とうとう諦めたおばあさんは、冷たい地面に、物体のように横たわっていました。


      *

 

 どのくらいのときが過ぎ去ったでしょうか。

 太陽が真上に昇るころになって、おばあさんの身体が少しずつ動き出しました。


 慎重に、地面を這うようにして、ようやく店にたどり着いたおばあさんは、店番のとき座っている丸椅子に用心深く腰かけると、はじめて、ほっと吐息をつきました。

 

 ――のう、あんた。わたしはどうすればいいんじゃろうか。

   ここを追い出されたら行くところがないんじゃが……。

 

 いつも陽気なおばあさんには珍しく、暗い目をしてつぶやきました。

 ぽっかり開いたおばあさんの目は、なにも見ていないみたいで……。


 湖から例の白鳥家族がみんなで心配そうに様子をうかがっているのにも気づかず、丸い肩を力なく落としたおばあさんは、自分の考えのなかに沈んでいるようです。

 

 ――とうちゃん、かあちゃん……。

   あたい、もう疲れちゃったよ。

 

 ふいに、おばあさんの口から少女のような声がこぼれ出ました。

 

 ――トウイチ、どこにいるんだい? 

   ひと目でいいから会いたいよう。

 

 のどに絡むかすれ声でつぶやいたおばあさんは、両手で顔を覆ってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る