END 様々な愛。様々な兄妹。

 家に到着した。

 妹はまだ帰ってきていないのか、電気は付いておらず、異様に静かだった。


「何でこうもアイツは……ッッ」


 僕は自分で挑んだ勝負に負けた。

 加藤裕二は怯まなかった。

 何で僕ばっかり。僕はただ、妹に好かれたかっただけなのに。もっともっと、僕を見てほしかったのに。


 きっとこれからの人生は面白くない。

 妹も、今回のことは知らされているだろ

う。僕の愚行ぐこうを。

 アイツらは仲良しこよしでハッピーエンドだ。僕の妹さえも巻き込んで。


 気がつけば、床に倒れていた。

 力が抜けたように動けない。動きたくもない。

 だって、もう僕は……。


「姫木……」


 ポツリと漏らした。

 愛する妹の名前を。

 天使の名前を。


『なーに、お兄ちゃん』


 声が返ってきた。

 幻聴か? そうに違いない。部屋の電気は消えていた。まだ妹は帰ってきてないのだ。


『もう、返事してよね。お兄ちゃん』


 とろけるような声が脳に響いた。

 まるですぐ近くにいるみたいだった。

 ……これが自分で作り出した幻の声だったとしても、こらえきれず。僕は口を開いた。


「嫌いに……なったよな」


 胸の奥にある何かドス黒いものを吐き出すみたいに。


「姫木と……もっと仲良くしていたかった」


 でも、もう遅い。

 あの高校で紙切れをばらまいた時点で、結末は決まってしまっていたのだ。


 でも、そこで。


「なら、もっと仲良くすればいいと思うの」


 鮮明に、聞こえた。


「――ひ……め、き?」


 そこには、天使が立っていた。

 妹だった。


「仲良くしたいなら、何で仲良くしないの?」


「な――、なんでお前がここに……まだ帰ってきてなかったんじゃ」


 すると姫木は妖艶ようえんに笑った。

 子供っぽさの残る格好と語尾。そこからは想像もできないような、兄の僕でさえ見た事のない顔だった。


「……待ってたんだ、おにぃちゃんのこと」


 涙がこぼれるかと思った。

 全ての過程をすっとばして抱きしめたくもなった。その顔は――その顔は……ッッ。

 反則だ……。


「でも……僕のした事は知ってるんだろ!! 裕二に教えてもらったんじゃないのか? ……だったら何で――」


「知ってるよ」


 僕の言葉をさえぎって、それは放たれた。

 真っ直ぐに突き刺すような、芯を持ったたくましい声。でもね、と姫木は付け足した。


「お兄ちゃんが私の事、どれだけ好きなのかも教えてもらった。嫌いになったりなんか、しないの」


「裕二に……教えてもらった……?」


「そうなの。熱心に一時間ぐらいずっと語るから、もう疲れちゃった」


 ――――あの裕二が?


 僕は取り返しのつかない事をした。

 裕二も、友達との誤解を解いたとはいえ、きっと学校では噂されるだろう。シスコン、と。

 最低最悪だ。

 にも関わらず……僕のために動いてくれた。


「姫木…………」


「私もお兄ちゃんのこと好きなの。だから……その、これからも、よろしくね?」


 妹からお願いされてどうする。

 こういうのは、僕から言うものでは無いのか。

 だから、これだけはゆずれない。


「姫木……愛してる。これからもこんな僕だけど、一緒にいて欲しい」


 深く頭を下げて、力強く言った。

 ここで曲げてしまったら、もうどうしようもない。



「ふふふ。愛してる、か……。もう一回言って♡」


「いや恥ずかしいって!」


「私もお兄ちゃんのこと愛してるぞ〜」


「からかわないでくれ!!」


 絶望から救いあげられた気がした。

 裕二には感謝してもしきれない。

 僕が犯した罪は、許されるべき事ではない。だが、ここから新たなスタートを切るのだ。


 同じ過ちを犯さないように。

 楽しい毎日を送れるように。


 ――――夢が、叶ったみたいだ。



 アイツはふざけてた。

 妹が……姫木が好きなのは死ぬほど伝わってくるが、選ぶ行動全てが空回りだ。

 今回の件だって、深く掘り下げていけば姫木が関わってくる。


「不器用……ってやつなのかねぇ」


 俺は紗恵から説教を受けたあと、姫木の所へ行き、裕二の事を話した。

 もちろん包み隠さず全てを、だ。

 『全て』というのは、なにも光輝が俺にした事だけではない。


 どれだけ妹のことが好きか。

 熱すぎる思いが、今回の件を引き起こしたと。

 そちらの話の方がメインだった。

 気がつけば一時間も長々と話してしまったが、あれだけ言えば姫木も分かるだろう。


 ここは帰り道。

 俺は紅に染まるグラデーションの綺麗な空を見ながら呟いた。


「ふ……光輝のやつ、シスコンかよ」


「それは兄貴もだがな?」


 横からツッコミが飛んできた。

 ヤンキーな俺の妹・紗恵だ。

 そう、ついさっき俺をしかった奴だ。いや感謝はしているが。


「それを言うならお前もブラコンだろうが」


 ギクッ、と。紗恵の肩が不自然に震えた。

 分かりやすすぎるだろおい。


「し、叱られたくせに反抗するなよ……」


「いつものヤンキーの勢いはどうしたあ?」


「う、うるせぇな!! また怒鳴るぞ兄貴!!」


 もう怒鳴ってますが。

 かなりボリュームの大きい声ですが。


 と、そこで。

 ギャーギャーうるさいヤンキーが、何か思い出したように口を開いた。


「そういえば、光輝のこと、あれで良かったのか? 結構ヒドイことしたと思うけど」


 ああ。その事か。


「アイツは妹が死ぬほど好きで、アイツなりに妹のために行動してた。そういう意味で言えば、俺と同じみたいなもんだ」


 横を歩く紗恵の頬が赤くなるのが見えた。

 夕焼けの色のせいか、はたまた内側から出る熱のせいか。

 お構い無しに俺は続ける。


「だから……アイツの事は分かるんだ。俺とアイツは違うようで似てる。陰と陽なんて極端な属性かもしんねえけど、胸に掲げてるものは同じなんだよ」


 光輝の思いは痛いほど分かる。

 妹に好かれたい、そう思うのは当然だ。


 俺も、あの紙切れが宙を舞ったときに思った。まだ嫌われたくない。友達や紗恵にもっと好かれたい。仲良くなりたいと。


 過程は違うかもしれないけど、行き着いた先は光輝と同じだ。

 だから俺はアイツにきばく必要は無い。報復なんてくだらない事に手を伸ばす必要なんか無い。


「アイツはもう、友達だからな」


 隣を見ると、先程よりもはるかに赤みをびた紗恵がいた。耳も真っ赤なのが可愛い。本当に分かりやすい。


 思わずその顔を見つめていると、かすかに口が動いた。びた機械が動くような、ぎこちない動作で、


「そういう……が……だよ」


「え、なんて?」


「そういう所が好きって言ったの!! 私、もう行くから!!」


 目をつぶってやけくそ気味に言い放ち、走り去っていった。その姿はヤンキーではなく、甘い甘い妹だった。何があっても守りたい。そう思わせてくれるようなとおとい天使。

 だから。

 俺はその背中に投げかけるように叫んだ。


「俺も好きだぁぁぁぁぁぁぁあッッッッ!!!!!!!!」



 夢中で走っていた。

 気がつくと家に着いていた。後ろを見てもお兄ちゃんはいない。全速力だったのでかなり距離を離してしまったのだ。


 兄がいないことを確認すると、悶絶した。


「ばかばかばかばかお兄ちゃんのばか!! 何で大声でそんなこと言うかな……」


 熱を帯びている。

 ストーブに顔を近づけたみたいに、頬も耳も熱い。そして手が震えている。嬉しさか恥ずかしさか。もうそんなの分からない。

 色々な感情が渦巻いて、心はせわしく動き、何が何だか分からない状態だった。


「す、すすす好きって……そりゃ、私もお兄ちゃんにそう言ったけど……まままだ、心の準備が」


 お兄ちゃん。

 こういう所は嫌いだ。

 いきなりそんなことを言う。

 私をショック死させたいのか。


 いや、そういうのも含めて好きなのかもしれない。


「もう……わけわかんない!!」


 まもなく兄が帰ってくる。

 私はいつも通りに振る舞わなければ。



 これからもなんてことの無い日常が続いていくのだ。


 兄妹。

 甘えん坊なヤンキー妹は、今日もお兄ちゃんと共に大切な時間を過ごす――――。



























 








「お兄ちゃーん!! 遊んでなの〜」


「仕方ないなあ。宿題があるからちょっとだけだぞ……」


「やったあ!! ありがとうね、お兄ちゃん!!」


「本当に可愛いなあ……妹は」

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甘えん坊なヤンキー妹 Yuu @HinaZamurar

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