26 少年の持つ一筋の光。

 俺の前後で声が響いた。


「裕二!? どういうことや!?」

「お兄ちゃん!!!!」



 それは宣告そのものだった。

 沙恵が来ることによって写真の事実は動かぬものとなり、証拠という基盤を得た疑いは真実へと変貌する。


「あ……あ、やめ……」


 もはや止められなかった。

 立ち尽くすことしか出来なかった。

 前後から聞こえる駆け足の音をただ聞くだけだった。

 だが、でも、しかし。


 親友の声があった。


「裕二!! 何があったんや!!」


「来るなよ!!!!!!」


「え……」


 思わず叫んでしまった。

 唯一の友達に向けて矛を向けてしまった。

 自分で口に出してから、初めてその意味を理解する。でもこれで合っているのだ。


 俺に駆け寄ろうとしていた『親友』は静止していた。まるで石化したみたいに。


「被害を受けるのはお前らもだろ!! だから近づいて来んなよ!!!!」


「お前に何があったんかは知らんけど、とりあえず落ち着こうや。な?」


「落ち着ける訳ねぇだろうが!!」


 この期に及んで『親友』は優しさの手を差し伸べようとしてきた。でも、内心は思っているはずだ。こんな俺に失望したはずだ。

 差し伸べる手さえも、もはや社交辞令のようなものに過ぎないのかもしれない。


「裕二…………」


 端谷はしやは駆ける足を止めていた。

 俺は親友の顔さえまともに見られなかった。

 だから俺はこの空気から逃げるように言う。


「いいから……もう帰れよ。生徒会の仕事終わったんだろ」


 端谷の顔が曇る。こんな彼は見たことがなかった。。俺なんて、そりゃ周りから見ればただのクズだ。


 俺も全てを諦めて帰ろう。

 と、その時だった。


ッッ!!!!!!」


 後方からもう一つの声があった。

 女性の声が、俺の下の名前を呼んでいた。

 その声に引っ張られるようにして振り向く……間もなかった。




 刹那。

 俺の頬に強い衝撃が走った。



 鈍い痛みが頬を這う。瞬間。何が起きたのか分からなかった。ヒリヒリとした感覚が消えないまま、俺は顔を上げる。


 そこには不良がいた。


!! !! !!!!!!」


 激昂げっこうがあった。

 胸ぐらを掴まれて、息がかかる程の至近距離に顔を近づけて。今まで見たことのない、凄みの含んだ表情だった。


!! !! !! ッッッ!!!!」


 中学生に掴まれて、怒鳴られて。それでも声は出なかった。目から溢れんばかりのしずくを抑えるのに必死だった。決壊寸前のダムのように押し寄せている。


 トドメを刺したのは『親友』だった。


「裕二。俺達ってそんな信用のない仲やったんか? こんな紙きれ一枚で切れるほどの縁でもないやろ」


 それは何気ない顔だった。

 いや、半ば呆れたような顔だった。

 中学生に足し算を教えて、こんな事も出来ないのかとため息をつくような。そんなレベルの顔だった。



 つまり。

 俺は一周遅れだったのか。

 当たり前の事実がそこにあって、でも目が眩んで見えていなかったのか。


 『大切なもの』


 基本の中の基本。

 忘れてはならないことがあった。


 だがもう、ここで理解した。


 俺の『日常』は崩れやしない、と。


 ならば言うべきはたった一つ。

 俺は『親友』から差し伸べられた手を取った。

 この手は二度と離さない。

 自分だけの盲目の世界に閉じ込められたりはしない。


 すなわち。


「ありがとう」


 やっと分かったか、という顔だった。

 親友と妹は、クシャクシャの笑みを浮かべて、


「「いいんだよ」」


 それ以外は必要なかった。



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