24 ありふれた、ある日。

 当たり前の『日常』が、そこにはあった。

 高校生活において唯一の友達。



「この俺、端谷はしやは時々考えるんや。う〇こ味のカレーかカレー味のう〇こか、どっちがええか」


「お前はう〇こが食べられればそれで良いんだろ?」


「俺を勝手に特殊性癖持ちの変態に仕立てあげんなや!! 裕二じゃあるまいし」


「俺はう〇こ食いたくねぇよ!!」


 バカみたいなことで笑いあって、楽しい時間を共に過ごして。


 でもそれは、永遠ではない。


 別に卒業式で別れるとか、引越しで決別するとか、そういう話をしているのではない。


 すぐそこに、だ。


 もう別れはすぐ目の前に来ているのかもしれない。


 実の妹とその友達を裏切り、許されざる道へと歩みを進めた少年。

 彼が手にしていたUSBメモリ。


 それが俺の『日常』を破壊しうるかもしれない、一つの鍵だった。



 放課後を告げるチャイムが、まだ陽の光で明るい校舎の中に響き渡った。


「俺、今日は生徒会の仕事があるんや。またな、裕二。風強いから気をつけるんやで」


 俺は唯一の友達の端谷京介はしやきょうすけと別れ、校門を目指し一人で歩く。


 クールにポーカーフェイスを維持しながらも、内心気が気でなかった。

 昨日の事を思い出しただけで、冷や汗が背中を滴る。

 の話からすれば、放課後に門で待っているということだ。

 『勝負』とやらが一体どんなものなのかは検討がつかないが、覚悟は決めていた。


 暖かい日常から出る覚悟を、だ。

 もちろん勝負に負けるつもりは無いが。


 靴を履き替え、校舎から外へ出る。

 すると暖かい陽の光に包まれる。

 まだ外は明るい。夏だから当然か。

 そして強い風に全身を貫かれる。

 今日は一段と風が強い。

 陽の光の暖かい温度を散らせるかのように、強く後ろから吹き押される。


 俺は雑踏の中に聞こえる同級生達の賑やかな会話を追い越して、門へと向かう。


 不思議と足は軽かった。


 負けたくないのだ。

 怯えていることすらもバレたくないのだ。


 そして、顔を上げて門を見る――と。


 誰もいない。


 自分の高校の制服を来た人達が各々、帰路についている。光輝らしき人影は全く見えない。


 ブワッ、と。

 ただでさえ先程まで流していた冷や汗のせいで服がベタついているというのに、追い打ちをかけるように背中が冷たくなった。


 五分、一〇分、いつまで経っても現れない。


 レールから、脱線した。


 向こうは俺の弱みを握っている。

 絶対にバラされたくない。

 今ある日常を守りたい。

 なのに、なのに、なのに。


 何をすればいいのかが分からない。


 迷子になった子供が母親を探すかのごとく、周囲を見回していると、ふと異変に気がついた。


 校舎を後にして門を出ようとする多くの生徒達の視線が、屋上に集まりつつあるのだ。


「あの人なに!?」

「飛び降り自殺だったりして」

「ウチの制服じゃないよね」

「一体誰なんだろう」


 雑踏に方向性が生じる。


 俺も視線の先が気になり、つい校舎の屋上に目をやった。


 そこで、『迷子』だった俺は『親』を見つける。

 知られたくない秘密を握られている唯一の。白翔光輝を。


「アイツッッ!! あんな所で何やってんだ!!」


 周囲を歩く生徒達など気にも留めず、俺は気づけばそう叫んでいた。

 

 その事実だけで最悪の予測が頭をよぎる。助けにいこうも、光輝は屋上にいる。どうやったって間に合わない。


 だが走る。

 間に合わせる。

 そう強く思い、俺は一度出た校舎に戻るため、体をひるがえして足を踏み出す。



 直後だった。




























 




























 ありふれた、ある日。

 今日は風の強い日だった。

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