23 形勢逆転、真実。

「で? 言いたいのはそれだけかな」


「いや、本題はこれからだ」


 勘違いなら謝るし、それが俺の望む結果だ。だがもし俺の予想が的中していると言うのなら、何が何でも問い詰める。


 俺はゆっくりと、怯えながらも明確な意志を持って口を開く。


「お前が、やったのか?」


「なにが」


「お前が姫木の教科書を破ったのか?」


 何かが割れる音がした。実際に鳴っている訳ではない。ただ、もう元には戻れない気がした。


「半分かな……半分正解だよ」


 意外にも。

 あごを前に突き出して俺を見下しながらも、否定しなかった。つまりはそういうことなのか? ただ、『半分』という言葉が妙に引っかかる。


「半分ってどういう意味だ」


「僕がやったのは、


 俺の疑いを認めた上で、更に何かがあるというのか。妹の教科書を破るという人間として最低な事をしておいて、まだ何かが。

 俺は食い入るように光輝の目を見つめながら、「他に何をした?」と問いただす。


 元凶は口を開いた。


「由香の本もだ」



 ひとまず、衝撃を受けた。

 軽々と打ち明けられたその事実を上手く呑み込めなかった。


「お前が仕掛けたのか!?」


「極悪道だっけ? あんな本が置いてあるからビックリしたよ。その時、同時に計画も思いついた」


「お前自分が何をしたのか分かってんのか!!!!」


「分かってないと計画なんて練らないだろ」


 今。

 俺は悟った。

 コイツとは絶対に友達にはなれない。

 奥深くまで広がり続ける溝は止まることを知らず、塞ぐことも、元に戻すこともできない。


「何でこんなことをした!!」


 問い詰めると、光輝はニヤリと口角を上げて、


「妹が好きだからだよ」


 口を挟む余裕も無かった。

 光輝はおもむろに語り始めた。


「僕は妹が好きだ。自慢の可愛い妹だし、ずっと一緒にいたいと思ってる。だが、向こうはどうだ? 僕のことを良く思ってくれているのは分かっている。だけど僕が姫木を思う気持ちと同じくらい、僕のことを好きでいてくれているのか。それが分からなかった。

 だから僕のことをもっと好きになって欲しい。

 僕は計画を考えた。姫木と、その友達との間で問題を起こして、それを颯爽さっそうと解決することで更に僕を好きになってもらうという計画だ。

 そのために姫木と由香の『本』を破った。

 『兄貴自慢大会』で沙恵との間でも問題を起こして、自分で解決しようとも思っていた。

 だが『兄貴自慢大会』に由香が来ることは誤算だった。計画は狂い、お前に邪魔されて失敗に終わった」


 吐き出すように早口で全てを語り終えた光輝は、妙に明るい顔で、


「これでいいかな? 分かったらもう、俺達兄妹には関わらないでくれ」


 そう言って俺に背を向ける。

 一方的に話すだけ話して、去ろうとする。

 この前もそうだった。

 自分が良ければ、それでいいのか。


「ちょっと待てよ」


 だから俺は呼び止める声を送る。

 妹への愛が良からぬ方向へ作用してしまった、『良い兄貴』になるはずだった人物へ。



 光輝は背中を向けたまま立ち止まる。

 こちらを振り向いたりはしない。

 あくまでもそのままで言葉を待っている。


「そんなことをして、本当に好かれると思ってんのかよ」


「君がいなけりゃ、計画は成功して姫木には好かれてたよ」


「そういう事じゃねぇよ。お前が姫木に好かれるためにした、その『行為』を打ち明けても、それでもまだ好かれると思ってんのか?」


 こんなことは許さない。

 もっと方法があったはずだ。

 この兄貴は妹のことが好きだったのだから。


「僕を糾弾したいのか? でも、どうせ君は偉そうに説教するだけで問題を解決したりはしない。今回だって、『妹に打ち明けろ』なんて言うんだろ? 僕のやったことは間違いだから打ち明けろって。そして僕は姫木に嫌われる。君は……僕にとって悪だよ」


「打ち明けられないようなことをしたっていう自覚はあるんだな」


「当然あるよ。だけど間違っているとは思わない。隠し通せば嫌われない」


 笑みのない『笑顔』を浮かべる光輝は、こう続けた。


「今、君は僕の弱みを握った訳だけど、僕は何の考えも無しに弱みをさらけ出すことはしない。言ってること、分かるかな」


 いきなり、そう言われた。

 確かに俺に真実を言うメリットは無いなと感じてはいたが、何を企んでいるのか。


 何だ? と先を促すと、光輝の顔に浮かぶ笑みが増大した。……いつしか彼の手にはUSBメモリが握られていて――――。







 思考が、停止した。




 俺は口をポカンと開けて突っ立ったまま、動けなくなった。なぜそれを知っている。あれは朝の早い時間だったはずだ。それをなぜ。

 !?


 固まる俺のすぐ前で、元凶は笑顔を浮かべながら、


「さっき言ったろ? 兄貴自慢大会でって。いや〜驚いたよ。下調べをするために遠くから窓を覗いていたら、まさか沙恵が兄と同じ布団に入っていたんだからね」


 俺は今、脅されている。

 互いに弱みを握った状況。

 だから勝手なことはするな、と。


 更に光輝は付け足すように言い加えた。


「これで口封じをして『はい終了』でも良かったんだけど……君さぁ、友情がどうのこうのとかムカつくことしか言わないから、を仕掛けよう思うんだ。妹の信頼をかけた勝負を」


 いきなり何を言い出すんだ。

 コイツはここまでしても飽き足らず、俺に勝負を挑もうと?

 コイツの提案する勝負だ。

 きっと俺が不利なルールを組むに違いない。だけど、断れなかった。ここまで来てしまったら。


 ここで退いてしまうと、自分の負けを認めている気がして。妹を裏切っている気がして。


 受けて立つしかない。


 学校では唯一の友達が一人だけ。

 ボッチ高校生の俺、加藤裕二は。


 加藤沙恵のイカした兄貴として。

 ために、受けて立つ。


「――――いいだろう。やってやるよ」


「じゃあ、明日の放課後。君の高校の門で待ってるよ」


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