23 形勢逆転、真実。
「で? 言いたいのはそれだけかな」
「いや、本題はこれからだ」
勘違いなら謝るし、それが俺の望む結果だ。だがもし俺の予想が的中していると言うのなら、何が何でも問い詰める。
俺はゆっくりと、怯えながらも明確な意志を持って口を開く。
「お前が、やったのか?」
「なにが」
「お前が姫木の教科書を破ったのか?」
何かが割れる音がした。実際に鳴っている訳ではない。ただ、もう元には戻れない気がした。
「半分かな……半分正解だよ」
意外にも。
「半分ってどういう意味だ」
「僕がやったのは、それだけじゃない」
俺の疑いを認めた上で、更に何かがあるというのか。妹の教科書を破るという人間として最低な事をしておいて、まだ何かが。
俺は食い入るように光輝の目を見つめながら、「他に何をした?」と問いただす。
元凶は口を開いた。
「由香の本もだ」
*
ひとまず、衝撃を受けた。
軽々と打ち明けられたその事実を上手く呑み込めなかった。
「お前が仕掛けたのか!?」
「極悪道だっけ? あんな本が置いてあるからビックリしたよ。その時、同時に計画も思いついた」
「お前自分が何をしたのか分かってんのか!!!!」
「分かってないと計画なんて練らないだろ」
今。
俺は悟った。
コイツとは絶対に友達にはなれない。
奥深くまで広がり続ける溝は止まることを知らず、塞ぐことも、元に戻すこともできない。
「何でこんなことをした!!」
問い詰めると、光輝はニヤリと口角を上げて、
「妹が好きだからだよ」
口を挟む余裕も無かった。
光輝はおもむろに語り始めた。
「僕は妹が好きだ。自慢の可愛い妹だし、ずっと一緒にいたいと思ってる。だが、向こうはどうだ? 僕のことを良く思ってくれているのは分かっている。だけど僕が姫木を思う気持ちと同じくらい、僕のことを好きでいてくれているのか。それが分からなかった。
だから僕のことをもっと好きになって欲しい。
僕は計画を考えた。姫木と、その友達との間で問題を起こして、それを
そのために姫木と由香の『本』を破った。
『兄貴自慢大会』で沙恵との間でも問題を起こして、自分で解決しようとも思っていた。
だが『兄貴自慢大会』に由香が来ることは誤算だった。計画は狂い、お前に邪魔されて失敗に終わった」
吐き出すように早口で全てを語り終えた光輝は、妙に明るい顔で、
「これでいいかな? 分かったらもう、俺達兄妹には関わらないでくれ」
そう言って俺に背を向ける。
一方的に話すだけ話して、去ろうとする。
この前もそうだった。
自分が良ければ、それでいいのか。
「ちょっと待てよ」
だから俺は呼び止める声を送る。
妹への愛が良からぬ方向へ作用してしまった、『良い兄貴』になるはずだった人物へ。
「きっと呼び止めると思ったよ」
光輝は背中を向けたまま立ち止まる。
こちらを振り向いたりはしない。
あくまでもそのままで言葉を待っている。
「そんなことをして、本当に好かれると思ってんのかよ」
「君がいなけりゃ、計画は成功して姫木には好かれてたよ」
「そういう事じゃねぇよ。お前が姫木に好かれるためにした、その『行為』を打ち明けても、それでもまだ好かれると思ってんのか?」
こんなことは許さない。
もっと方法があったはずだ。
この兄貴は妹のことが好きだったのだから。
「僕を糾弾したいのか? でも、どうせ君は偉そうに説教するだけで問題を解決したりはしない。今回だって、『妹に打ち明けろ』なんて言うんだろ? 僕のやったことは間違いだから打ち明けろって。そして僕は姫木に嫌われる。君は……僕にとって悪だよ」
「打ち明けられないようなことをしたっていう自覚はあるんだな」
「当然あるよ。だけど間違っているとは思わない。隠し通せば嫌われない」
笑みのない『笑顔』を浮かべる光輝は、こう続けた。
「今、君は僕の弱みを握った訳だけど、僕は何の考えも無しに弱みをさらけ出すことはしない。言ってること、分かるかな」
いきなり、そう言われた。
確かに俺に真実を言うメリットは無いなと感じてはいたが、何を企んでいるのか。
何だ? と先を促すと、光輝の顔に浮かぶ笑みが増大した。……いつしか彼の手にはUSBメモリが握られていて――――。
「愛する妹との同衾は愉しかったかい?」
思考が、停止した。
俺は口をポカンと開けて突っ立ったまま、動けなくなった。なぜそれを知っている。あれは朝の早い時間だったはずだ。それをなぜ。
光輝と出会う前の事実を、なぜ彼は知っている!?
固まる俺のすぐ前で、元凶は笑顔を浮かべながら、
「さっき言ったろ? 兄貴自慢大会で沙恵との間でも問題を起こそうとしていたって。いや〜驚いたよ。下調べをするために遠くから窓を覗いていたら、まさか沙恵が兄と同じ布団に入っていたんだからね」
俺は今、脅されている。
互いに弱みを握った状況。
だから勝手なことはするな、と。
更に光輝は付け足すように言い加えた。
「これで口封じをして『はい終了』でも良かったんだけど……君さぁ、友情がどうのこうのとかムカつくことしか言わないから、勝負を仕掛けよう思うんだ。妹の信頼をかけた勝負を」
いきなり何を言い出すんだ。
コイツはここまでしても飽き足らず、俺に勝負を挑もうと?
コイツの提案する勝負だ。
きっと俺が不利なルールを組むに違いない。だけど、断れなかった。ここまで来てしまったら。
ここで退いてしまうと、自分の負けを認めている気がして。妹を裏切っている気がして。
受けて立つしかない。
学校では唯一の友達が一人だけ。
ボッチ高校生の俺、加藤裕二は。
加藤沙恵のイカした兄貴として。
カマしてやるために、受けて立つ。
「――――いいだろう。やってやるよ」
「じゃあ、明日の放課後。君の高校の門で待ってるよ」
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