20 語られる真実、あるいは虚構。
「なんであなたがいるの」
一気に部屋の温度が下がった。
今は夏の真っ只中。
外に出れば
「あ、あんたこそ何で来たの!」
その冷気に屈せず、姫木は言い返した。
「私は沙恵ちゃんに呼ばれたから来た」
「あたしだってそうなの!! ね、沙恵ちゃん」
そこで、我が妹はと言うと……。
「あ……はわわ、えと、あの……ね、」
……なんかモジモジしていた。
奇妙に体をくねらせながら、姫木と由香を交互に見ている。
お前主催者だろ……、と横から密かに呟いてやりたかったが、愛する妹と口を聞けなくなるのは嫌なのでやめておく。
「由香ちゃんは姫木と友達なの? もしかして喧嘩? 何があったか教えてくれるかな」
姫木の兄である白翔光輝は、歯がキラリと輝きそうなほど明るい笑顔で氷の
そこで由香は、ゆっくりと口を開く。
恐ろしく冷えきった部屋の中で、それは語られ始めた――――。
Ep 20.5 対立のその先に。
〜Beyond the Conflict.〜
私には、沙恵以外にも友達と呼べる人物が一人いた。自分を
その友達の名前は――白翔姫木。
彼女はクラスで孤立気味だった私に元気よく話しかけてくれた。初対面とは思えないほど明るく、フレンドリーに。
「ねぇねぇ! 私は姫木なの。あなたは……由香ちゃん、だよね」
「そう…………です」
「敬語なんてやめてよ! 私達はもう友達なの」
(とも………だち、)
沙恵とはクラスが別だったので、必然的に姫木と過ごすことが多くなった。休み時間は毎日一緒に話すし、体育でも一緒にペアを組む。
その頃だったか。
学校が心の底から楽しいと思うようになったのは。
ある日の昼休み。いつもと同じように席に座り、姫木と話していると彼女はこう切り出した。
「由香ちゃんってさ、不良なの?」
「え……、まぁ学校ではそういうことしないけどね。夜にコンビニとかで仲間と話す……ぐらい?」
「カッコイイ!! 私も仲間と夜のコンビニとか公園とかで話したりしたいの」
「え、いきなりどうしたの?」
「不良、なってみたいなって思ったの」
それを聞いた時は、素直に嬉しかった。
不良というのが褒められた事ではないのは重々承知している。だけど、自分の趣味に興味を持ってくれているというだけで、飛び跳ねたくなる。もちろん飛び跳ねてはいない。
私は『
姫木はそれを嬉しそうに受け取っていたのを覚えている。……忘れる訳がない。
*
「ご……ごめん、由香ちゃん。本当にごめん」
「全然いいよ。こういうこともあるよ」
私が貸した『極悪道』が返された時、それは破かれていた。
表紙と初めの
大切にしていた本だったから、その有様を見た時、少しショックを受けた。
だが仕方がない。わざとでないのなら怒るべきではない。人間は誰しも失敗するものだ。それが偶然、今回起きただけである。
私だって、不覚にも本を傷つけてしまったことがある。人にどうこう言える立場ではない。
*
「ねぇ、どういうことなの? 何でこんなことするのよ!! 昨日は許してくれたじゃない!!」
次の日、私は姫木に詰め寄られていた。
「え……、なんのはなし?」
「とぼけないでよ」
そう言って姫木は一冊の本を出した。
それは数学の教科書であった。
白翔姫木。そう名前の書かれた教科書が、『極悪道』の本と同じように、表紙と最初の
「わたし……、こんなのやってない」
「嘘なの!! 本当は怒ってたんでしょ。私が破いちゃったからやり返したんでしょ!!」
「あ……、え、なん…………」
私じゃない。私はやっていない。
「由香ちゃん!! 何か言ってよ!!」
違う。絶対に違う。そんなことしてない。
「何も言わないんだ……。私、もう行くの。じゃあね」
やめて、行かないで。私は何もしてない。
「………………」
結局、何も言えなかった。
言いたいことは明確にあって、あとはそれを口に出すだけなのに。
喉に粘ついた何かがあって、それが栓をして塞いでいる。
やっとの思いで出した声すらも、呻き声に変換されてしまう。
一一一一一一一一一一一一一一一一一
――由香の話を静かに聞いていた。
誰も口を挟まない。
由香の発する声で空気が震える。
その度に静寂が崩れる。
「――そういう事が、あった」
話し終えても、誰一人として口を開かなかった。
いや、開けなかった。
ここで発言する事の意味が大きすぎる。
そして再び静寂が流れる。
時計の秒針。
時を刻む音だけが定期的に聞こえてくる。
一秒。
静かすぎる、異質な空間で。
二秒。
体感時間が異様に引き伸ばされる。
三秒。
繰り返す周期の中で息遣いが聞こえる。
四秒。
秒針が刻まれる、その刹那。
「……私は、由香ちゃんがやりか――」
「二人にそんな事があったんだね。でも仲直りしないとね。本を破いた姫木も悪いし、やり返した由香ちゃんも悪い」
明らかに。
姫木が何かを言おうとして、それを光輝が遮った。
あの静寂を破ってまで言いたかったことを、光輝は中断させた。
姫木は俯いてしまう。
由香は動かない。
俺は話を遮った光輝に猛烈な苛立ちを覚えた。これは二人の問題だ。
……あの場で発言しようとした姫木の覚悟は計り知れなかったはずなのに。
それを平気な顔で途切らせやがって。
「おい光輝。これは二人の問題だろ。お前は口を出すな」
「そんなに怒らないでよ。僕は姫木の兄として、あくまでも仲裁をしているだけだから」
「妹の声を遮ってまでやるのが仲裁か?」
「今の二人だけでは仲直りなんて無理。これ以上発言すると状況は悪くなるばかりだと思うよ?」
「お前は少しぐらい自分の妹を信用してやらねぇのか」
いつまでもヘラヘラと受け答えをする光輝に、俺は本当にキレてしまいそうだった。
「君は関係ないんだから黙っててくれるかな」
「――ッッ!!」
「姫木ちゃんは何を言おうとしたのッッ!!」
俯いていた顔がパッと上がる。
今まで動かなかった由香がビクッと震える。
それだけで、部屋中に巡らされた何かの糸が切れた。
ようやく、姫木は口を開く。
「由香ちゃんは、本当に何もやってないの?」
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