19 借金まみれの闇金ゲーム

「何でこんなに借金しなくちゃいけないの〜!!」


「こっちのセリフだよぉぉぉぉ!!」


「借金なの〜〜!!」


「僕も借金まみれです…………」


 姫木の提案により、俺と沙恵、そして白翔はくしょう兄妹で人生ゲームをしていた。


 ……俺はこうしてワイワイしながら遊んだ事がないのでとても楽しみにしていた。『兄貴自慢大会』などと言って妙な会を開いたな、と思っていたが、主催者の沙恵には本当に感謝している。


 だが、そんな俺だから。友達と家で遊んだ事のない俺だから言うが。


 ――――人生ゲームで全員が多額の借金を負うって、これが普通なの!?



 パチンコにハマってしまった。十万手放す。

 何かに目覚めて整形をする。四十万手放す。

 ひったくりに会う。三十万手放す。

 家が火事になる。六十万手放す。

 友達に訴えられる。一千万手放す。



 ――いくら何でも不幸すぎやしませんか!? こんなにも『人生』ってハードモードなの!?


 ……ていうか何でひったくりで三十万も手放さないといけないのだ。財布に金入れすぎだ銀行を使え。金の亡者か? 某有名動画投稿者か何かか? あと何で訴えられた……。

 数少ない友達に何をしたと言うんだ!!

 答えてみろよ人生ゲーム(ハードモード)!!


 どのマスに止まっても高確率で金を失う羽目になるので全員が借金を負って人生を歩んでいくことになる。もはや多額の負債ふさいを抱えすぎて『約束手形』の紙が尽きそうになっている。これはもう、金の量とゴールまでの早さを競うゲームではない。どれだけ借金を抑えて生活していくかの、泥沼人生ゲームだ。


 姫木は天使のような顔で約束手形の紙を、小指を立てて取りながら、「誰が最後の約束手形を取るかな♪」なんて呟いている。そこだけ見ると人生ゲームを楽しんでいるただの女子中学生だが……彼女の抱える借金は九千万。


 四人の中で断トツの額である。


 人生ゲームのマスには、明確に記載されていないが、きっと彼女の家には毎晩、闇金の取り立て屋がドアを叩いているだろう。

 指が数本足りていない拳でドアを壊れんばかりに殴りつけて「おいそろそろ返せやゴラァ」なんて怒鳴っているのが想像できる。


 これではゲームとして破綻しているので、他の遊びをするかという流れになっていたその時。インターホンが鳴った。


「あ! 由香ちゃんだ!」


 沙恵がパッと顔を明るくして叫ぶと、姫木が顔を歪ませて、


「ゲッ……由香ちゃんってあの由香? ぐぬぬ……」


 と、嫌そうに呟いていた。


 それを見た姫木の兄、光輝は、すかさず妹の頭にチョップを入れる。冗談めかしく笑みを浮かべながら振り下ろされた手は、かなり強かった。痛々しい音がこちらまで聞こえてくる。


「なんなの!! お兄ちゃんってば痛い!!」


「うるさい。少しは考えて発言しろ」


「お兄ちゃんこそ考えて行動してなの」


「こっちのセリフだバカ妹!!」


「お兄ちゃんこそ馬鹿!!」


 バカバカ言い合っているバカ兄妹をジト目で見守っていた沙恵は、ゆっくりと俺の方に顔を向けてアイコンタクトしてきた。


「(これって由香ちゃん呼んでもいいの?)」


「(大丈夫じゃね? あいつらもただの痴話喧嘩みたいなもんだろ)」


「(本当に良いんだね!?)」


「(いや知らんけど)」


 大阪人の必殺技「知らんけど」を炸裂させた俺は、そこで沙恵から目を離した。

 早く呼んでこい、という意味を込めてだ。


 そして俺は白翔兄妹の微笑ほほえましい言い合いを横目に、邪魔をしないよう気配を消しながら、不幸満載の人生ゲームを片付け始めた。

 気配を消すことは大得意なので白翔達は気付かない。


 悲惨さを物語るように散らばった約束手形を手際よく集めていく。人生ゲームの片付けというより、約束手形の片付けと言った方が良いかもしれない。


 あらかた片付け終わったところで、部屋のドアが静かに開かれた。


「お……お邪魔します」


 感情の起伏があまり感じられない表情で、礼儀正しく挨拶をして部屋へと入ってくる。


 これが外では不良という訳なのだから驚愕きょうがくだ。最近の女子中学生は凄い。……もう凄い。


「君が由香ちゃん? よろしくね!」


 光輝が姫木へチョップする手を止めて、輝かしい笑みで由香を迎える。


 陽キャ、リア充、イケメン。彼を表す言葉など無限に湧いて出てくる。そんな存在だ。

 俺とは大違い。陰と陽。対極の存在と言える。


 そんな格の差を見せつけられ、意気消沈いきしょうちんした様子で沙恵の方を見つめると、


「(お兄ちゃんもカッコイイんだよ♡)」


「(ッッッ……!?)」


 こちらも輝かしい表情で俺にアイコンタクトをしてくる。胸を射抜かれた。かわいすぎる。心の中の俺は立っていられなくなりひざまずいてしまった。

 ありがとう、妹よ。こんな不甲斐ない兄を慰めてくれて……。


「えっと……用事があってお兄ちゃん来られないんだけど、大丈夫……かな?」


 由香が窺うような視線で沙恵に言った。


「大丈夫だよ! みんなで楽しく遊ぶだけだから!!」


 いやお前が言うのか。『兄貴自慢大会』を主催した張本人がそれを言ってしまうのか。

 これはもはや兄貴を自慢する大会でも何でもないのではないか。


「ガチの由香だ……本当に……きた」


 一方で、姫木は後ろに仰け反りながら何やら呟いていた。もちろん、チョップ覚悟で口に出したのだろう。兄からの制裁が食らわされていた。


 だがそこで、応じるように由香も口を開いた。


 のように、まるで氷の女王みたく凍った視線で、刺々しく


「何であなたがいるの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る