10 友達を信じる。
由香の元へ、話を聞きにいく。
俺一人で行こうかと思ったが、あくまで俺は二人の仲直りを助ける役目だ。
紗恵がいなくては始まらない。
*
放課後。徐々に空が赤みがかっていく頃合に、俺は紗恵の部屋のドアを優しく叩いた。
「話がある……大事な話だ。出てきてくれ」
ドアの向こうから、冷たい声があった。
「何しに来たの」
「大事な話があるって。お願いだから、聞いてくれ」
金属の軋む音がした。おそらくベッドから身を下ろしたのだろう。
しばらくして、重いドアが少しだけ開く。
そこから、顔だけを覗かせながら怪訝な顔をして問いかけてくる。
「どうしたの、大事な話って……」
俺は、少しばかり開かれたドアの隙間から部屋の中を覗いた。
何も見えない、真っ暗。
その暗闇に侵されたのか、紗恵の顔も浮かない。
きっと、俺が何のことを話そうとしているのか、あらかた検討がついているのだろう。
だが、話さなければ始まらない。
紗恵の顔に浮かぶ暗闇も取り払うことは出来ない。
「……由香の話だ」
短く、告げた。
紗恵はその一言を耳にして、逃げたりなどしなかった。
ただ、無言で俯いている。
「由香が……紗恵をあんな風に言ったのは、何か理由があると思うんだ」
「理由……」
ぽつりと、その言葉を咀嚼するように小さく呟く。
「私が嫌われたのは……私が不良じゃなかったから」
事実を確認するように、機械的に口を動かしている。ただ、平坦に。
「それは違う」
きっぱりと、紗恵の中に渦巻く黒の感情を否定した。
確かに、紗恵の言っていることが合っているのかもしれない。
俺が考えていることは……それを裏付ける根拠なんてない。
だけど、確たる証拠がなくても、友達を信じてもいいはずだ。
「由香が怒った理由ってのは、紗恵が不良じゃなかったからではないと思うんだ」
紗恵は俯いた顔を上げた。
俺を見上げるようにして。
そして、掠れた声で問うた。
「……なんで?」
「それを、確かめに行くぞ」
*
由香の家までの道のりは紗恵に案内してもらうことになった。さすがの俺でも妹の
外に出る。
もう空は完全に紅に染まっている。
横に並んで歩く俺と紗恵の影は、道の奥まで伸びている。
「不安か?」
穏やかな街並みを一瞥しながら、静かに問うた。
「……少しだけね」
少しじゃないことぐらい、分かっている。
由香の家までの道のりは、計り知れなく重い。
「ああ……なら、お兄ちゃんが手でも繋いでやろうか?」
――お兄ちゃんのバカ――
そう返されると思っていた。
いつものやり取りをして、少しでも元気づけてあげようと思ったから。
その予想は、外れることになる。
「……繋ぎたい」
身長差を利用して、上目遣いで甘く囁いてきた。『小悪魔』という言葉が似合う……。
お前!絶対わざとだろ!!
……そう思いながらも、静かに手を近づけていく。
……前にも言った気がするが、こういう時に抗えないのが男という生き物なのである。
華麗で、白く細い手の指先に触れる。
その瞬間、隣から甘い声が聞こえてきたのは気のせいだろうか。……気のせいということにしておこう。
そして自らの手を、小さな手のひらへと向かわせていき……。
その時、身体中に電流が走るような感覚に襲われた。
反射的に手に力が入る。
脆い手を強く握ってしまう。
慌てて力を緩めた。
この、か弱く小さな手は繊細で、少し乱暴にしてしまうとすぐに壊れてしまう。
そのような印象がある。
だからこそ、こんなにも惹かれるのかもしれない。
そして……。
痛くはなかったか、確認するために隣を見ようとした時。
手に圧が加えられた。
とっさに自分の手へと視線を落とす。
紗恵が、握り返してきている。
小さな手で、力強く。
この時、身体中に二度目の電流が走った。
言葉はいらない。
二人で、お互いを強く握り合う。
その可憐な手から与えられた温度は、とても暖かかった。紅に染まっている空の色に相応しい、優しい温度だ。
「……つ、着いたよ」
ポツリと言われた。
手に意識を集中させていたため、どれだけ経ったのかは分からない。
正面には、どこにでもありそうな一軒家が建っていた。住宅街に溶け込むようにして。
俺は早速、インターホンに手をかざす。
その手には、まだうっすらと温もりが残っている。
それを感じて、改めて後ろを振り返り、問う。
「準備はいいな」
紗恵は正面に聳える家をじっと見つめながら、力強く頷いた。
直後、聞き慣れた電子音がとある家に響き渡ることになる。
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