10 友達を信じる。

 由香の元へ、話を聞きにいく。


 俺一人で行こうかと思ったが、あくまで俺は二人の仲直りを助ける役目だ。


 紗恵がいなくては始まらない。





 放課後。徐々に空が赤みがかっていく頃合に、俺は紗恵の部屋のドアを優しく叩いた。


「話がある……大事な話だ。出てきてくれ」


 ドアの向こうから、冷たい声があった。


「何しに来たの」


「大事な話があるって。お願いだから、聞いてくれ」


 金属の軋む音がした。おそらくベッドから身を下ろしたのだろう。


 しばらくして、重いドアが少しだけ開く。


 そこから、顔だけを覗かせながら怪訝な顔をして問いかけてくる。


「どうしたの、大事な話って……」


 俺は、少しばかり開かれたドアの隙間から部屋の中を覗いた。

 何も見えない、真っ暗。


 その暗闇に侵されたのか、紗恵の顔も浮かない。

 きっと、俺が何のことを話そうとしているのか、あらかた検討がついているのだろう。


 だが、話さなければ始まらない。

 紗恵の顔に浮かぶ暗闇も取り払うことは出来ない。



「……由香の話だ」


 短く、告げた。






 紗恵はその一言を耳にして、逃げたりなどしなかった。

 ただ、無言で俯いている。


「由香が……紗恵をあんな風に言ったのは、何か理由があると思うんだ」


「理由……」


 ぽつりと、その言葉を咀嚼するように小さく呟く。


「私が嫌われたのは……私が不良じゃなかったから」


 事実を確認するように、機械的に口を動かしている。ただ、平坦に。


「それは違う」


 きっぱりと、紗恵の中に渦巻く黒の感情を否定した。


 確かに、紗恵の言っていることが合っているのかもしれない。

 俺が考えていることは……それを裏付ける根拠なんてない。


 だけど、確たる証拠がなくても、友達を信じてもいいはずだ。



「由香が怒った理由ってのは、紗恵が不良じゃなかったからではないと思うんだ」


 紗恵は俯いた顔を上げた。

 俺を見上げるようにして。

 そして、掠れた声で問うた。


「……なんで?」



「それを、確かめに行くぞ」





 由香の家までの道のりは紗恵に案内してもらうことになった。さすがの俺でも妹の友達JCの家を把握している訳ではない。そう、俺は断じて変態ではないのだ。



 外に出る。

 もう空は完全に紅に染まっている。

 横に並んで歩く俺と紗恵の影は、道の奥まで伸びている。



「不安か?」


 穏やかな街並みを一瞥しながら、静かに問うた。


「……少しだけね」


 少しじゃないことぐらい、分かっている。

 由香の家までの道のりは、計り知れなく重い。


「ああ……なら、お兄ちゃんが手でも繋いでやろうか?」


――お兄ちゃんのバカ――


 そう返されると思っていた。

 いつものやり取りをして、少しでも元気づけてあげようと思ったから。


 その予想は、外れることになる。


「……繋ぎたい」


 身長差を利用して、上目遣いで甘く囁いてきた。『小悪魔』という言葉が似合う……。


 お前!絶対わざとだろ!!

 ……そう思いながらも、静かに手を近づけていく。


 ……前にも言った気がするが、こういう時に抗えないのが男という生き物なのである。


 華麗で、白く細い手の指先に触れる。


 その瞬間、隣から甘い声が聞こえてきたのは気のせいだろうか。……気のせいということにしておこう。



 そして自らの手を、小さな手のひらへと向かわせていき……。


 その時、身体中に電流が走るような感覚に襲われた。


 反射的に手に力が入る。

 脆い手を強く握ってしまう。


 慌てて力を緩めた。


 この、か弱く小さな手は繊細で、少し乱暴にしてしまうとすぐに壊れてしまう。

 そのような印象がある。

 だからこそ、こんなにも惹かれるのかもしれない。



 そして……。

 痛くはなかったか、確認するために隣を見ようとした時。


 手に圧が加えられた。


 とっさに自分の手へと視線を落とす。


 紗恵が、握り返してきている。

 小さな手で、力強く。


 この時、身体中に二度目の電流が走った。


 言葉はいらない。

 二人で、お互いを強く握り合う。


 その可憐な手から与えられた温度は、とても暖かかった。紅に染まっている空の色に相応しい、優しい温度だ。



「……つ、着いたよ」


 ポツリと言われた。

 手に意識を集中させていたため、どれだけ経ったのかは分からない。


 正面には、どこにでもありそうな一軒家が建っていた。住宅街に溶け込むようにして。


 俺は早速、インターホンに手をかざす。

 その手には、まだうっすらと温もりが残っている。


 それを感じて、改めて後ろを振り返り、問う。


「準備はいいな」


 紗恵は正面に聳える家をじっと見つめながら、力強く頷いた。


 直後、聞き慣れた電子音がとある家に響き渡ることになる。


 


 

 

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