8 とうとう来たその日

 金曜日の夜。俺は紗恵と話し合い、友達には本当のことを打ち明けると決めた。


 俺の言葉で紗恵の背を押して。

 それを紗恵は笑顔で受け取った。

 とても嬉しそうだった。


 だが、隠している一面を相手にさらけ出すのには、勇気がいる。

 紗恵だって、嬉しいだけじゃないはずだ。

 

 大丈夫だろうか。ただ、不安が渦巻く。

 どうなるのかはその日になってみないと分からない。

 気にしすぎだ、と言い聞かせて布団に入った。



「約束の日って今日だろ?」


 分かっていても、そう聞いてしまう。

「そうだよ......でも、大丈夫だよ! きっと理解してくれるから!」


 言葉ではそう取り繕っても、隠せていない。

 紗恵は緊張しているのだろう、落ち着きがない。立ったり座ったりをしきりに繰り返している。


「......」


 会話が続かない......。


 無理に話しかけても迷惑だろう、と自分に言い聞かせて、気分転換にお茶でも飲みに行こうかと腰を上げた直後。



 静かな部屋に一つの電子音が鳴り響いた。

 ビクッと、体が震えた。


 その一定で無機質な音は俺の心臓を鋭く貫く。妹のことなのに、なぜこんなにも緊張するのだろう......。


 紗恵はゆっくりと玄関のドアへと歩を進める。気配を悟られないようにするかの如く、足音が立たないように慎重に歩いている。


 その姿を見て、思わず吹き出してしまった。

「お前、本当に打ち明ける気あんのか?」


「あるに決まってるでしょ! あと、お兄ちゃんはどっか行ってて! 友達に見られたら叩くから!」


 なんか怒られた。まぁ、吹き出してしまったのは申し訳ないと思っている。


 だが、それで俺も紗恵も、緊張はほぐれたようだった。


 紗恵はいたって自然な動作でドアノブに手をかける。俺は急いで和室へと駆け込む。


 玄関のドアが開く音がしてから、声が聞こえた。


「どうも、紗恵先輩」

「由香ちゃん! どうも! さぁ上がって!」


 俺は和室のドアを介して、二人の会話を聞いていた。


 どうやら友達の名は、由香というらしい。

 由香ちゃんッッッッッッ!! いい響きだ!!

 記憶によれば、この子も可愛かったはずだ。あぁ、いいなぁ。


 心配するな。変態の自覚はある。


「では、お邪魔します」

 由香ちゃんは感情の読み取れない、平坦な声で言った。


 こうして、二人は紗恵の部屋へと向かっていく。


 紗恵の部屋は今もファンシーなグッズで溢れている。それを見せるということは、すぐに話をするというのか。


 ......信じるんだ。


 バタン、とドアの閉まる音が聞こえる。

 二人は紗恵の部屋へと入っていった。

 俺も足音を殺して、部屋の前までたどり着く。


 ドアに耳を当て、会話を聞く。


「あれ? 先輩の部屋ってこんな可愛いんですね」


「あはは......そうなんだよね。こういうの割と好きで......」


「想像と違いました」


「......え?」


「もっと、女の子っぽくない......というか、かっこいい部屋だとばかり思ってました」


「あの......その事なんだけどね」


 関係のない雑談は一切せず、紗恵は本題へと切り込んだ。



「私が不良なのは、学校だけなの」



「......」


 少しの間、沈黙が続いた。

 由香ちゃんは、何を考えているのだろう。


 友達からの思いがけない告白を受けて、どう返事をするのだろう。

 固唾を飲み、見守る。



 十秒ほどの空白が生じ、やがて由香は口を開いた。

 ドア越しでも分かる。冷たく、棘のある声色で、冷酷に告げた。



「そんな人だとは思いませんでした」



 その瞬間、部屋のドアが思い切り開かれる。勢いがありすぎて、耳を澄ましていた俺の顔にドアがぶつかり、俺は悶絶した。


 そんな俺には目もくれず、由香ちゃんは全速力で廊下を駆ける。玄関までたどり着くと、素早く一礼だけして出ていった。


 いきなりの出来事に困惑していると、紗恵は嗚咽を漏らし、その場に跪いた。


 涙で床が濡れている。静かな家に、妹の微かな泣き声が響く。


 俺は、声をかけてやろうとするが何も思い浮かばない。


 こういった時、気の利いた言葉の一つも思いつけない自分に苛立ちを覚える。


 代わりに、紗恵の肩に手を置いた。


「触らないで!!」


 その手はすぐに払いのけられ、紗恵は部屋から出ていってしまった。


 俺は呆然と突っ立ったまま、思考が止まった。



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