8 とうとう来たその日
金曜日の夜。俺は紗恵と話し合い、友達には本当のことを打ち明けると決めた。
俺の言葉で紗恵の背を押して。
それを紗恵は笑顔で受け取った。
とても嬉しそうだった。
だが、隠している一面を相手にさらけ出すのには、勇気がいる。
紗恵だって、嬉しいだけじゃないはずだ。
大丈夫だろうか。ただ、不安が渦巻く。
どうなるのかはその日になってみないと分からない。
気にしすぎだ、と言い聞かせて布団に入った。
*
「約束の日って今日だろ?」
分かっていても、そう聞いてしまう。
「そうだよ......でも、大丈夫だよ! きっと理解してくれるから!」
言葉ではそう取り繕っても、隠せていない。
紗恵は緊張しているのだろう、落ち着きがない。立ったり座ったりをしきりに繰り返している。
「......」
会話が続かない......。
無理に話しかけても迷惑だろう、と自分に言い聞かせて、気分転換にお茶でも飲みに行こうかと腰を上げた直後。
静かな部屋に一つの電子音が鳴り響いた。
ビクッと、体が震えた。
その一定で無機質な音は俺の心臓を鋭く貫く。妹のことなのに、なぜこんなにも緊張するのだろう......。
紗恵はゆっくりと玄関のドアへと歩を進める。気配を悟られないようにするかの如く、足音が立たないように慎重に歩いている。
その姿を見て、思わず吹き出してしまった。
「お前、本当に打ち明ける気あんのか?」
「あるに決まってるでしょ! あと、お兄ちゃんはどっか行ってて! 友達に見られたら叩くから!」
なんか怒られた。まぁ、吹き出してしまったのは申し訳ないと思っている。
だが、それで俺も紗恵も、緊張はほぐれたようだった。
紗恵はいたって自然な動作でドアノブに手をかける。俺は急いで和室へと駆け込む。
玄関のドアが開く音がしてから、声が聞こえた。
「どうも、紗恵先輩」
「由香ちゃん! どうも! さぁ上がって!」
俺は和室のドアを介して、二人の会話を聞いていた。
どうやら友達の名は、由香というらしい。
由香ちゃんッッッッッッ!! いい響きだ!!
記憶によれば、この子も可愛かったはずだ。あぁ、いいなぁ。
心配するな。変態の自覚はある。
「では、お邪魔します」
由香ちゃんは感情の読み取れない、平坦な声で言った。
こうして、二人は紗恵の部屋へと向かっていく。
紗恵の部屋は今もファンシーなグッズで溢れている。それを見せるということは、すぐにあの話をするというのか。
......信じるんだ。
バタン、とドアの閉まる音が聞こえる。
二人は紗恵の部屋へと入っていった。
俺も足音を殺して、部屋の前までたどり着く。
ドアに耳を当て、会話を聞く。
「あれ? 先輩の部屋ってこんな可愛いんですね」
「あはは......そうなんだよね。こういうの割と好きで......」
「想像と違いました」
「......え?」
「もっと、女の子っぽくない......というか、かっこいい部屋だとばかり思ってました」
「あの......その事なんだけどね」
関係のない雑談は一切せず、紗恵は本題へと切り込んだ。
「私が不良なのは、学校だけなの」
「......」
少しの間、沈黙が続いた。
由香ちゃんは、何を考えているのだろう。
友達からの思いがけない告白を受けて、どう返事をするのだろう。
固唾を飲み、見守る。
十秒ほどの空白が生じ、やがて由香は口を開いた。
ドア越しでも分かる。冷たく、棘のある声色で、冷酷に告げた。
「そんな人だとは思いませんでした」
その瞬間、部屋のドアが思い切り開かれる。勢いがありすぎて、耳を澄ましていた俺の顔にドアがぶつかり、俺は悶絶した。
そんな俺には目もくれず、由香ちゃんは全速力で廊下を駆ける。玄関までたどり着くと、素早く一礼だけして出ていった。
いきなりの出来事に困惑していると、紗恵は嗚咽を漏らし、その場に跪いた。
涙で床が濡れている。静かな家に、妹の微かな泣き声が響く。
俺は、声をかけてやろうとするが何も思い浮かばない。
こういった時、気の利いた言葉の一つも思いつけない自分に苛立ちを覚える。
代わりに、紗恵の肩に手を置いた。
「触らないで!!」
その手はすぐに払いのけられ、紗恵は部屋から出ていってしまった。
俺は呆然と突っ立ったまま、思考が止まった。
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