5 妹の、本当。

『お金ないの♪』


 さて、現状をおさらいしようではないか。

 妹の友達が来るのは今週の日曜日。今日は金曜日。行動を起こすのは明日になるだろう。大事なのは、何をするか。どんな対策で妹の友達を欺くか。


 俺は食卓で唐揚げを頬張りながら、真剣な表情で思案していた。

 紗恵の顔もいつもより険しい。


 兄妹揃って全力で頭を働かせていたので、会話は弾まない。

 父、母、兄、妹。

 家族が集う食卓の上には、なんとも重い空気と静寂が漂っている。


 箸と皿がぶつかる音、コップを置く音。何気ない音がいつもより大きく感じられた。

 違和感を察知した母が、我慢の限界といった感じで口を開いた。


「さ、紗恵? 学校はどうだった?」


 恐る恐る聞いてきた。

 何も事情を知らない母からすれば、重大なことがあったと勘違いするだろう(いや割と重大な事件なのだが……)


 対して紗恵は……。


「普通」


 あっけなさすぎた……。

 こいつ面倒臭いからって一言で済ませやがった!! 余計に勘違いされるだろ!!


 紗恵にそっけなく返事をされた母は、かなり傷ついたのか、それ以上話しかけてくることはなかった。



「ご飯でこんなに疲れたの初めてだよ!」


「馬鹿! 大声出すな、そんなの母さんに聞かれたらもっと落ち込むぞ!」


 夕食後、俺は紗恵に部屋に来るように言われ、言われるがままに聖地へと足を踏み入れた。なんかもう、色々な意味で感動した。

 いつ入っても『妹の部屋』とは良いものである。ああ、いい匂い。


 ……とはいえ、なぜ部屋に招かれたのか。

 妹の友達への対策である。

 金が無い以上、他の方法を考えなくてはならない。俺もあれこれ考えていたが、そこで、ふと思った。それまでの前提を覆すことを。


「紗恵、ちょっと思ったんだけどさ」


「何、お兄ちゃん、いい案思いついた!?」


「いや、そもそもさ、紗恵は家では不良じゃないだろ?」


 優しく、問いかける。


「本当のお前はどっちなんだ?」


 不良は妹の本当の姿なのか。

 これは言ってみればコインの表裏のようなものだった。どちらが本当の沙恵か。

 紗恵は困ったように首を傾げる。


「うーん、家ではありのまま過ごしてるから、本当の私って家での私?」


「なら、不良ってのは作ってるってことだろ?」


 で、あれば……。

 ……言葉が出ない。言いたいことは明確にある。だけど、喉に栓が詰まったようにつっかえる。


「な……なら……」


「?」


 何度も言いかけては止まり、やがて、やっと声を紡いだ。


「ならさ、本当の自分を隠す必要は無いんじゃないか? お前のことを尊敬してくれてる友達なら、きっと理解してくれると思うぞ」


 ……沈黙があった。長いか短いかと言われれば、それは分からない。

 だけど、それは確実に俺を不安の底へと叩き落とす。


 紗恵は俯き、動かない。呼吸が荒いのか、息をする度に肩が上下している。

(やっぱり、俺がこんなこと言うべきじゃ……)


「…………てる、よ」


 ポツリ、と。


「私がみんなを騙していることだって分かってる!! でも、本当の私をさらけ出したら、みんなは、私の前から居なくなっちゃう。だから…………」


 だから、バレる訳にはいかない、か。


 確かに聞いた、妹の声。

 不安という心の隙間から漏れ出た本心。

 

 だから、俺は引き下がらない。

 だから、それを逃さない。

 だから……言ってやった。


 「






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