[4-9]教室パニックと豆狸との再会
二人で教室に入ってからすぐ、わたしは
「ちょっとどういうことなの、
待ち構えていたかのように、クラスメイトたちがわたしと
どうして顔見知りのひかりちゃんだけじゃなくて、男子たちも寄ってくるの!?
こんなことだったら、幻術をかけた状態でもいいからアルバくんについて来てもらえばよかった。教室内にアルバくんがいるとわたしの動きが挙動不審になるからって、ふらっとどこかに行ってしまったのよね。
「ひかりちゃん、何のこと? どういうことって言われてもわからないよ」
「だって、昨日の今日で一緒にバス登校でしょう!? あたし、てっきり
「えっ、待って、ちょっと待って! なんでそこで
今、わたしはこの教室にアルバくんがいなくて、心の底からホッとしてる。さっきの言葉を聞いたら、きっとヤキモチ妬いちゃう。
そりゃあ、彼に嫉妬されるのはちょっと悪くはないけれど。それだけわたしのことを想ってくれているってことだし。
――って、わたしってば、なんてことを考えているの。
アルバくんからキスされる、あんな願望だらけの夢を見ちゃったせいかしら。
「とにかくっ、
この場では誤魔化したりせず、きっちりはっきり否定しておく。
わたしが好きなのはアルバくんだけだもん。
「……くだらない」
男子の肩をぐいっと押しのけ、
途端に教室内が静かになる。
気まずくなり始めた空気に知らん顔で、
その
「なあ、
屈託のない笑みを浮かべ、
鋭い印象の赤い瞳がまっすぐ彼を見返す。
一瞬にしてクラスの空気がピシッと凍る。
なんて勇気なの。
……うん、気付いていないんだろうな。今も悪気なくへらへら笑ってるもの。
心臓の鼓動が速くなる。わたしまでドキドキしてきちゃった。
思わず両手を握って見守っていたら、銀色の眉を寄せて
わたしは彼とは知り合ったばかりだから、京都で
けど、瞳の色の隠すカラーコンタクトを
半妖の証である深紅の瞳を人前にさらすのは、彼にとって勇気が必要だったと思うの。
「……昨日はカラコンをしていた。けど、ある人に本当の姿を隠すのはもったいないと言われたから」
最後まで言い終わらないうちに
考えなくてもわかる。彼の言う「ある人」って、きっと
もしかしたら、
気分よくそう思っていたら、事態は思わぬ方向へと加速してしまうことになった。
きっかけは、彼——
「へぇ、そっかー。
「わたし!? ち、ちが……」
「俺はいいと思うぜ。銀髪に赤い目、カッコいいじゃん」
白い歯を見せて、
きっと彼にとってはなんとなく口から出た言葉だったんだろう。
そのたった一言は明るい空気になって、クラスメイトたちに伝染していく。
「うんうん、あたしもいいと思う。やっぱりありのままの姿が一番だし、
「だよなー!
一人、また一人と
誤解がさらに誤解を生んだだけじゃなく、「SNSのID教えろよ。つながろうぜー」とか言って盛り上がり始めてしまった。もう話すら聞いてもらえない雰囲気だわ。
わたしだって
退魔師として、また半妖としてたくさんの経験を積んでいる彼は、わたしじゃ知り得ないことをたくさん知っている気がする。
けど、男子たちに囲まれた
普段表情の変化に乏しい彼が笑った、その変化がうれしくなってしまい、結局わたしは彼に何も言えなかったのだった。
☆ ★ ☆
授業が終わったあと、わたしは音楽室へと訪れた。
もちろんアルバくんも一緒だ。チャイムが鳴ったあと、少ししてから迎えに来てくれたの。
普段は授業の時しか開いていない音楽室。いつもは閉め切られた引き戸が全開になっていた。
「いらっしゃい、
「
授業のあとのホームルームが終わってすぐに向かったのに、中には
「わざわざ借りに行ってくれたんだね。よく考えれば、わたしが
授業終わりのホームルームには顔を合わせていたのに、どうして気付かなかったんだろう。
たぶん、
「大した手間じゃないよ。それに鍵を借りるにはどのみち職員室に行かなきゃいけないんだし。それより、千秋と三人で来てくれたんだね」
嫌な顔ひとつせず、
そう、実はわたしたちは二人きりではなく、三人で音楽室に来たのだ。
ホームルームが終わったあと、迎えにきてくれたアルバくんと一緒に教室を出ようとしたら、
アルバくんが幻術で姿を隠しているせいもあって、おかげで一緒に帰ると思われたわたしと
アルバくん、絶対怒ってるよね。クラスの子たちには誤解されたままだし。
うう、どうしよう。
「……ん?
「ううん、なんでもないっ」
こんな恥ずかしい事態になっているだなんて、とても
相談したら真剣に聞いてくれるんだろうけど、
そもそも誤解を解くためには、わたしがクラスのみんなに本当のことを話すしかない。
「
「うん、わかった」
見た感じだと、音楽室は机と椅子は整然と並んでいるし、大きなゴミは落ちていない。普段から先生がこまめに掃除している証拠だ。
「すみません、遅くなりました!」
最後に慌ただしく教室に入ってきたのは
走ってきたのか、いつもきっちり編んであるおさげは少しだけ緩くなっている。どこか必死そうな顔を見ると、彼女が
『ねえちゃん!』
九尾さんの足もとにいた茶色いかたまりが身軽く飛び跳ねて、器用に空中で一回転した。
ぽおん、と。
軽くなにかがはじけるような音のあと、九尾さんのそばにいたのは六歳くらいの小さな男の子だった。
まだ本調子じゃないのか、頭の上にはまあるい耳と、腰のあたりからはふんわりした太い尻尾が生えている。
けど、服装は九尾さんやアルバくんとは違って現代服だ。赤い半袖Tシャツに濃いグレーの半ズボン。耳と尻尾をのぞけば、そのへんにいる人間の男の子とあまり変わらない。
足もともスニーカーじゃなくてちゃんと上履きだ。ちゃんと土足じゃない。あやかしの子どもにしては幻術がとても上手いと思う。
男の子は目を潤ませている
「よかった、ほんとうに無事でよかった……! もうもうっ、心配したんだからぁ!」
「ねえちゃん、ごめんなさいっ」
頭上の耳がすこし下がりつつも、
大きな瞳からぽろぽろ涙をこぼす
こうして見ると、ほんとうの姉弟みたい。
むくりと男の子が顔を上げて、まっすぐな目を
「いっぱい心配かけてごめんなさい。あのね、ちょっとびっくりしちゃって、お家を出ちゃったの。でも
そういえば
耳はピンと立っているし、尻尾には変化がない。はきはきと笑顔で話す様子からしても、
理不尽に襲われかけたというのに、なんてメンタルが強いんだろう。
「そっか、よかった。
男の子から腕を放して、
ほっこりしていた気持ちが一気に落ち着かなくなる。
「ちょっ、
「そんなことないですよ。先輩、この子のために昨日は商店街の中を走り回ってくれたそうじゃないですか」
「……えっ。え? うそっ、昨日のこと、商店街の人たちみんな知ってるの!?」
「はい。みんな
あああっ、昨日商店街の中を縦横無尽に走り回ってたってやっぱり噂になってる!
どうしよう、ぶつぶつしゃべりながら走り回ってる女子高生だって不審に思われてないかな。商店街にお買い物しにくくなるのはいやだわ。八百屋さんのお野菜、すごく新鮮で好きなのにっ。
一人で頭を抱えていたら、くすくすと笑う
「僕も別に大したことはしてないよ、大塚さん。あちこち打撲してたから簡単な手当てをしただけ。大きな外傷がなくて本当によかった」
「……打撲?」
聞き返したら、
彼は妖刀で執拗に
それとも
きっと、考えていることがそのまま顔に出ていたんだと思う。
「始める前に一度誤解を解いておこうか」
幼なじみはゆっくりと男の子に近づくと、その小さな肩にぽんと手を置いた。男の子は
屈託のない
「
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