[4-10 reverse side]夢喰いあやかしはピアノの音色を聴きながら、復讐を誓う
千秋が
こいつの怪我の治療のため、おれと
結局、
千秋のすまし顔を見ただけでイライラするのは、決してさっき教室の騒ぎのせいじゃない。
つーか、告白したのはおれだぞ!?
「えっと、話が見えないんですけど。
小さく手をあげて尋ねたのは
そういや、退魔師のことを
「彼は
「そうだったんですか……」
やっぱり、当たり障りのない内容だった。
そうだよな。まさか、公園で刀を振り回し、狸のちびを殺そうとしていたなんて言えるわけがない。
「でも千秋は何もしていない。当事者たちに聞いたから間違いはない。だから、ここは
「あっ、はい。それは気になりますっ! ……一体、なにがあったの?」
狸のちびのそばにしゃがみ込み、目線を合わせて
きょとんとした狸は怯えた様子もなく、はきはきと喋り始める。
「あのね、ボクは悪くないんだよ。ごはんを探してたらあいつが勝手にぶつかってきたんだ!」
「あ、あいつ……?」
本人はちゃんと説明しているつもりだろうが、説明になっていない。
あいつとは誰だと言わんばかりに
なんだ、この違和感。意味をつかめそうでつかめない。首をひねっても頭になにも浮かんでこなかった。
――だが。
「あいつはあいつだよ! 最近、道をびゅんびゅんと走ってる鉄のかたまり!!」
この言葉で確信した。
同時になるほどと納得もする。
「もしかして、車のことなんじゃねえか?」
長距離を移動する時に人間たちが使う乗り物だ。
どういう絡繰りになってんのか分からねえけど、馬よりも早く移動できるらしい。
「えっ、ということは怪我の原因って、交通事故ってこと!?」
誰もが分かる言葉ではっきりと言い当てたのは
そりゃ道のど真ん中で車にぶつかれば打撲の一つもできるだろ。つーか、よく打撲で済んだな。いくらあやかしでも当たり所が悪ければ死んでもおかしくはないはずだ。
事の重大さを感じたのはおれだけじゃなかった。
「うそっ! きみ、車にはねられてたの!?」
「ちがうよー。あいつらが勝手にぶつかってきて、ボクのからだがポーンってボールみたいに飛んでったんだ」
「ええええっ、ちょっと大変な怪我じゃない! 本当にこの子はもう大丈夫なんですか、
狸の両肩に手を添えながら、
よく骨折しなかったもんだ。あのちび、見かけによらず運がいいタイプなんだろうか。
まあ、でも。怪我の原因が交通事故だっていうのなら、納得もする。
最近多いんだよな、動物が被害に遭う交通事故。鹿とか猪とか、イタチとか。あやかしのケースは初めて聞いたけど。
「大丈夫だよ。あやかしは普通の動物とはからだのつくりが違うから、骨折とか内臓の破裂の心配はないんだ。それでも、やっぱり打ち身だけはひどくってね。傷口を塞がないと治らなかった。彼が家に転がり込んできた時、すぐに大塚さんが応急手当をしてくれたおかげで、この子は早く元気になれたんだよ」
相手の不安をあおらないよう柔らかく微笑みながら、
傷口から妖力は流れてしまうって言ってたのは
「そっか。私の手当ては、ちゃんとこの子の役に立ってたんだ」
「そういうこと。大塚さんもこの子には色々言いたいことはあるだろうけど、まずはやるべきことを済ませてしまおうか」
「やるべきことって何ですか……?」
だいぶそれてしまった本題を
目を丸くしてきょとんとする
おれの隣にいる
少し考えてから、おれはそっと
指を絡め少しだけ力をこめて。おれがそばにいる、そんな願いをこめて。
ふと
薄紫色の瞳を目があった。白い頬が赤く色づいたあと、
よかった、いくらかは緊張がほぐれたようだ。
自然を視線を絡ませていると、
「大塚さん、
簡単な紹介の言葉をきっかけに、小さなピアノリサイタルが始まったのだった。
☆ ★ ☆
ピアノの音色に合わせて、狸のちびがふんふんと歌っている。軽快なリズムに合わせてからだを揺らして楽しそうだ。
歌うといっても正確な歌詞までは分からないらしい。音程はまあまあとれているから、ハミングでもちゃんと歌えているのは素直にすごいと思えた。
夢の中でも現実世界でも、いつも
そもそもの事の発端は、狸本人の口から出た発言だった。
「ともだちひゃくにんつくるお歌がいいっ」
最初聞いた時、おれを含め誰もがあっけにとられ、固まっていた。
いち早く現実に帰ってきたのは
「友達百人って?」
「お山の上でね、みんなでおにぎり食べるの。そしたら友達になれるんだよ。前にお歌聞いたことあるんだ~」
まったく分からねえ。
後で分かったことだが、この狸はよく商店街を出入りしていたらしく、人間たちをつぶさに観察していたらしい。
音楽や絵、物語など、人間たちが好む芸術にも少しだけくわしかったりするから、この
だから
頬を緩め、互いに「なつかしいねぇ」と笑い合っていた。
「その曲はきみくらいの子たちが学校で歌う曲なんだよ」
そう言って、
おにぎり屋に入り浸り、人間の役に立とうとした狸のちび。
ほんとうはこいつも人間の友達になりたかったのかもしれない。
だとしたら、狸のちびと仲良くなりたいと言った
歌っているのは狸のちびだけだが、
そばで一人と一匹が楽しそうにしていれば、自然と楽しくなる。
曲を弾いている
今までであいつにとって一番楽しい演奏会になったんじゃないだろうか。
「……なるほど、たしかに
――ほんっとに、コイツは。
ヒトがせっかく楽しい気分になってんのに、なぜこうもムカつくことばかり言ってくるのか。
無言でおれは千秋を睨みつけた。
大体、誤解を正そうとしないこいつの態度が一番ムカつくんだよ。まさか千秋のやつ、
千秋はにこりともせず、深紅の瞳を上げておれを見た。口で文句を言うならともかく、なんと不躾に指を差してきやがった。
「なんだよ、千秋」
何だって言うんだよ。こいつは人に指さしちゃだめだって教わらなかったのか!?
「髪を見てみろ」
「――あっ」
言われた通り、高く結い上げた自分の髪の一房を手で引き寄せる。そこで初めて、異変に気付いた。
墨汁を吸わせた筆のように先端が黒く染まっていた髪が白くなっている。灰色ですらない。
さすがに頭上にある耳がどうなっているかまでは分からねえけど、尻尾の先端も白に戻っていた。
「本当だ。よかったね、アルバさん。さすがに耳は完全に真っ白ってわけじゃないけど、ほとんど白くなってる。だいぶ改善されてるよ」
「マジで?」
気を利かせてくれたのか、
「前よりも浄化の力が強くなってるね。どういうことなんだろう。曲自体はそんなに難しくないって
そう言って、
でも気持ちは分かる。俺だって驚きを隠せないでいるのだ。
最初の演奏では、せいぜい色を薄める程度の力だったのに。
おれも
どういうことだ?
「それはね、
「――は?」
九尾の野郎がするりと
機嫌良さそうに尻尾を揺らし、きんいろの目がおれに向いた途端、楽しげに細くなる。
「どうやら
「し、してねーよ!!」
……まだ、今のところは。
つーか、こいつはなんてこと聞いてくるんだ。プライバシーってもんがねえのか。
そもそも、あやかしでも高校生の子どもに手ぇ出したら犯罪だろ。
「僕もアルバさんには賛成かな。まだ高校生にそういうことは早いよ。良かった、アルバさんが常識のある人で」
「
「それはだめ。なんでそんなこと言うかな、九尾」
九尾のこういう獣みてえなところはあやかしらしいというか、なんというか……。
こいつは親切なあやかしを装っておきながら、価値観からしても雪火たち人間に合わせる気はない。
九尾の狐はどこまでも我が道を行くやつなのだ。
だが、宿主の
九尾はにっこりと、満面の笑みをたたえた。
「だって、愛の力は最強だって言うだろう?」
……よく臆面もなく、そんなクサい台詞が言えるな。もう突っ込む気も起きねえよ。
「そんな話聞いたことないから。……うん、でも一理あるかな。想いの強さが浄化の能力に作用しているのかもね」
口に出して突っ込もうと思ったけどやめた。演奏の邪魔をしたくなかった。
鍵盤に指をのせて、
やっぱり、
あいつの想いの強さが浄化の能力と関係があるのなら、それはそれで悪くないような気がした。
墨色だった耳や尻尾を
その事実だけ分かっていれば、今朝の騒動もかすんでくるってもんだ。
周りにどう誤解されようが構わねえ。おれと
――だなんて、思うわけがねえだろ。
悪いが、おれはそんな高説ぶるほど大人にはなれねえし、お人好しでもない。
こうなれば仕方ない。人間たちの誤解を解くために、おれ自身が行動するしかない。
ふと頭に浮かんだ計画を胸の中に秘めつつ、ひとまず今は心を落ち着かせて
覚えていろよ、人間ども。
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