[4-8]あやかしを憎む理由

「千秋、お前があやかしを憎んでいるのは、退魔師達から疎外される理由になったからなのか?」


 横目で雨潮うしおくんを見ながら、アルバくんはそう尋ねた。

 顔色ひとつ変えず、雨潮うしおくんは首を横に振る。


「いや、そうじゃない。俺が妖怪を憎んでいるのは家族を殺されたからだ」


 赤い瞳を細めて、雨潮うしおくんは小さく吐き捨てるように言った。彼の表情を見たら、雨潮うしおくんのその言葉が決して誇張したものではないとわかる。


 胸のあたりがきゅっと締め付けられるみたいに痛くなった。


「殺されたって、どういうことなの?」


 気がつくと、わたしはそう雨潮うしおくんに尋ねていた。


 大切な人を殺されただなんて、そんなの悲しすぎる。だって家族をなくすことだけでも辛いことだもの。

 お父さんは基本的には優しかった。今回のことで魔女だったことには驚いたけれど、その事実を差し引いてもいい父親だ。お医者様の仕事はとても忙しいのに、合間に時間を作ってよく一緒に時間を過ごしてくれた。怒ったところはあまり見たことない。

 お母さんはあやかしだからマイペースで融通がきかない。そのせいで何度も頭を悩ませたことはあるけれど、基本的にはいい母親だと思う。いつもそばにいてくれて、何度も「大好き」と言って頭をなでてくれた。


 二人とも今は仕事で海外にいるけれど、自慢の両親だ。とても大切なわたしの家族。

 もしも、お父さんとお母さんが殺されたりしたら、わたしは耐えられるだろうか。そう考えただけで、こんなにも胸が張り裂けそうなのに。


 雨潮うしおくんのご両親はどんな人だったのだろう。

 彼のお父さんは鬼だと言っていた。ということは。


「まさか、雨潮うしおくんのお母さんは……」

「何を想像しているのか分かるが、俺の母親はあやかしに殺されたわけじゃない。もともと身体が弱かったせいで俺を産んだと同時に死んだらしい」

「……そうなんだ」

 

 嫌な想像が当たってなくてホッとしたけど、その事実はとても悲しいものだった。


 こうして話している今も雨潮うしおくんの表情は変わらない。


「殺されたのは、俺を育ててくれた祖父だ」

「おじいさん……?」

「物心がついた時、父親はすでに消息を絶っていた。母方の家は退魔師を輩出する家系で、俺の祖父も退魔師だった。けど、じいさんは他の退魔師達と違って俺を大事にしてくれたし、生きていく上で大切なことをたくさん教えてくれた。だが――」


 ふいに雨潮うしおくんの言葉が途切れる。

 わたしは思わず目をみはった。


 さっきまでぴくりとも動かなかったのに、雨潮うしおくんの顔が険しくなっていた。

 細くなった深紅の瞳に宿るのは、ナイフのような鋭利な光だ。

 これはただの怒りじゃない。明確な殺意がこめられた激しい感情だった。


「じいさんは殺された。父親の手にかかって、な」

「……えっ」


 雨潮うしおくんは簡単にしか語らなかったけれど、その言葉はわたしにとって衝撃的なものだった。

 まるで見えないくらい深い穴に落とされたような感覚。


 遠のきかけた意識の隅で、アルバくんが「……なるほどな」と小さくつぶやくのが聞こえた。


 話を振ったのはわたしだ。

 なにか聞かなくちゃ。ううん、言葉をかけなくちゃいけない。


 彼をあやかしを根絶やしにしてやると口にしたのは。

 アルバくんを黒く染めるほどの怨念をその身に宿していたのは。


 絶望をっていたからなんだわ。


「俺が妖怪を憎むのはそれが理由だ」


 わたしが声に出すよりも早く、雨潮うしおくんはそう言って会話を終わらせた。

 タイミングよくバスが停止する。


「――月夜見つくよみ高校前です。車内事故防止のため、バスが止まってからお立ち上がりください。本日もご乗車ありがとうございました」


 いつのまにかバスは学校に着いてしまったらしい。話に夢中でアナウンスを聞き逃すところだった。

 雨潮うしおくんが椅子から立ち上がる。くるりと振り返り、深紅の瞳がわたしをとらえた。


三重野みえの、お前は何も知らないだろうから、ひとつ忠告しておく。生まれつき妖怪の血を受け継ぐ半妖の子どもは、妖怪達にとっては極上の餌だ。特に妖刀すら出せないお前のようなタイプは狙われやすい。せいぜい、気をつけることだな」


 ふいと目をそらし、雨潮うしおくんは背中を向けて歩いていく。わたしはすぐに立ち上がって停車した車内を降りていく彼を追いかける。


「あっ、待って。雨潮うしおくん」

「なんだ。まだ何か用なのか」


 雨潮うしおくんは初めて会った昨日と変わらずクールだ。

 変化に乏しい表情を見ただけじゃ、彼がなにを考えているのか察することはできない。


「……あ、うん。用というほどのことはないんだけどね」


 きちんと謝罪してくれた。忠告までしてくれた彼はわたしに対して基本的に親切だと思う。

 だからこそ、わたしは口にするのをためらった。今にもかっこ良く立ち去ろうとしている彼には。


 けれど、やっぱり言わずにはいられなかった。


「どうせ教室同じなんだし、一緒に行ってもいいんじゃないかな。さっきの話もくわしく聞きたいし」

「…………」


 沈黙が下り、車内が静まりかえる。

 少しの間のあと、雪火せっかが小さく吹き出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る