[4-7]魔女と退魔師
「アルバさんはどうする?」
心の中で激しいツッコミを繰り返す中、ふと
いつものようににこりと微笑んで、幼なじみは穏やかな声音で提案する。
「あなたは実際に千秋に傷つけられたわけだから、許せないならそのままでもいいと思う。だけど、もし謝罪を受けて水に流せるというのなら、彼を許してあげて欲しいな」
「おれは別に……。許すも許さないもねえっつーか、退魔師に付け狙われるのは珍しくねえわけだし。
照れ隠しなのか、こめかみのあたりを指でかきながらアルバくんはふいっと目をそらした。
うんうん、アルバくんはそういう人だよね。自分に悪意を向ける相手でも、ちゃんと謝ったなら許してくれるひとだ。
口は悪いけど、
今まで接してきた彼の言動を知っていただけにわたしはなにも疑ってはいなかった。
アルバくんが次の言葉を口にするまでは。
「ただし、条件がある」
あれ。もしかして許さない感じなの、かな。
かたわらに立つ彼を見れば、アルバくんは眉を寄せ、
「退魔師、いや千秋か。お前が何者なのか、なぜおれたちあやかしを目の敵にしてんのか。洗いざらい吐いてもらうぜ。おれだけじゃなく
「……いいだろう。どのみちお前たちには
黒いリュックを背負った
――って、あれ。
「
「何も問題はない。コンタクトを外しただけだ」
「もしかして、カラーコンタクトつけていたの!?」
「ここでは隠す必要はあまりないと
「異端って……」
わたしは
彼はたぶん聞かないと答えてくれないタイプだし、わたしも以前住んでいた町のことしか聞かなかった。
あやかしを根絶やしにするなんて口にして、邪気による浸食を進行させるほどの憎しみをもつ
何があって、彼はあやかしを嫌うようになったのだろう。
「ちょっと待て。鬼の血って言わなかったか?」
アルバくんの眉がぴくりと動いた。
そういえば言ってた。さらっと流しかけてたけど。
「俺の父親は、鬼だ」
もう一度、
「そうなんだよ。生きてて良かったねぇ、アルバさん。千秋の片親はあの伝説の鬼、酒呑童子の子孫らしいよ。あ、これは
「九尾の狐も有名すぎる妖怪だろ。というか、大昔に退治されたはずなのになんで生きてお前に取り憑いているんだよ」
「さあ、それは僕も知らないけど……」
そっか、早くから九尾さんは
ふと気になってアルバくんを見上げると、彼は藍の瞳を見開いて腕をわなわなと振るわせていた。
どうしちゃったのアルバくん。さっきまで元気だったのに、顔色が青ざめている。でも顔は怒ったような顔をしてるし。
思わず声をかけようとした矢先。よく晴れた空に、彼の鋭いツッコミが響き渡った。
「ただの
「落ち着いて、アルバくんっ」
身を乗り出す彼の腕を引っ張ってなだめていると、道路の向こうからバスがゆっくりと走ってくるのが見えた。
☆ ★ ☆
朝早くから乗るバスはいつでも人気は少ない。
今朝もいつものように乗客はわたしたちだけだった。
前も後ろも空いていたけど、わたしたちは一番後ろの席に座ることにした。
あやかしや退魔師の話をするんだもん。運転手のおじさんをびっくりさせたらいけないよね。
わたしの右隣にはアルバくん。そして、左隣には
「
バスが発車したあと、
「どこまでって、わたしはなにも知らないけど……」
「退魔師にしても魔女にしても、人間の集団だろ。おれが知っているはずがないだろ」
退魔師のこと自体は初耳だし、魔女についてはよくわからない。
というか、魔女って人間の集団だったの?
「退魔師はその名の通り妖怪退治屋だ。神力を使って妖怪を祓う。一方で魔女は薬草の知識を持ち、まじないや予言、魔法を操る集団だ。あやかしとの共生を目指して活動している。実際に九尾の狐が
「そうなんだ。
「まあ、僕はまだ魔法は使えないんだけどね」
ぽつりと言うと、なぜか
「アルバはともかく、なんで
「仕方ないよ。
普段
あとは薬草茶やハーブ石けんみたいな雑貨を手作りするくらいで。たまにお薬を作って、お腹をこわしたあやかしに処方している。だからわたしはあやかし専門の薬屋さんみたいだなと思っていたんだけど……。
あれ。ちょっと待って。
「
「
「そうだったの!?」
十七年生きてきて、そんなこと初めて知ったよ。お父さんもお母さんもなにも教えてくれなかったもん。
「わたし、なにも知らなかった……」
「ここまで何も知らされてないところを見ると、
お父さんはわたしを守るためになにも教えなかった、ってことでいいのかしら。
わたしだけ蚊帳の外みたいで寂しいな。わたしのことをそれだけ大事にしてくれてたってことなんだろうけど。
「アカデミーって、何のことだ?」
黙って聞いていたアルバくんが口を挟んだ。
「アイボリータワーアカデミーという、大阪にある有名大学だ。通称、アカデミー。俺達退魔師の間では魔女養成学校として有名でもあるな。実力の高い魔女を多くそろえているが、その実体は混沌としている。アカデミー内で力を持つ魔女が権力を奪い合ったり、妖怪や薬の研究に熱を燃やしているらしい。中には実験体になっている妖怪もいるとか」
「うわ、怖っ! それであやかしとの共生を謳っているのかよっ」
「ええっ、そうなの? でもアイボリータワーアカデミーって、
夜通し語り合ったとは言っていたけど、
アルバくんだけじゃなく、
話題の中心であるはずの
「そうなのか、
「うん、そうらしいね。物心つかないうちにいなくなってからずっと帰ってきてないし、きっとなにかに巻き込まれてるんじゃないかな。でも
時たま大きく揺れる車内で、
わたしだけじゃなくて
「僕のことは置いとこうか。アカデミーのことを出すとややこしくなるからね」
「そうだな。ごめん、話を逸らしちまった」
「大丈夫だよ、アルバさん。つまり千秋が言いたいのは、魔女と退魔師は常に対立し続けているということだよ。あやかしを排そうとする退魔師、あやかしと共生を目指す魔女が相容れることはないから」
だから
退魔師なら対立している魔女の存在を知っているはずだもんね。
「千秋は異端とされたのは半妖だからだよ。最強格の鬼の血を継いだ彼を退魔師達が受け入れられなかったんだ。そうだろう、千秋」
眉を下げ、雪火が切なげに細めた瞳を
その問いかけに対し、沈黙で肯定を返していた。彼はぴくりとも表情を変えなかった。
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