[4-6]退魔師の謝罪

 冷たくなっていた手のひらがあたたかくなっていく。いつの間にか震えまで止まっていた。

 さっきまで早鐘のようだった心臓も今は穏やかに動いている。

 アルバくんって不思議。ただ一緒にいるだけでホッとするんだもん。


 バス停に着く頃にはだいぶ落ち着いて自分のことを見ることができるようになっていた。


 いつものようにバス停には先客がいた。でも今日は制服姿の男の子が二人いる。

 黒髪の子が雪火せっかで、銀髪の子がたぶん雨潮うしおくんだろう。二人の目がわたしを見た瞬間、丸くなった。

 あわわ、すっかり忘れてた。わたし今、アルバくんにお姫様抱っこされてたんだった!


「アルバくん、おろして!」


 顔が一気に熱くなっていく。アルバくんにはともかく、幼なじみとクラスメイトの目の前で抱き上げられてるのは恥ずかしすぎる。


「もう大丈夫なのか?」

「大丈夫っ! 歩けるもん」


 アルバくんはすぐにおろしてくれた。

 大丈夫、もう足は震えてない。自分の足で立ったあと、リュックをアルバくんから受け取る。

 その間ずっと顔が熱くて仕方なかった。なのに、なぜかアルバくんの顔までトマトみたいに赤くなっている。

 なんでアルバくんまで恥ずかしそうにしてるの!?


「なにかあったの、アルバさん」


 心配そうな顔をして雪火せっかが尋ねてきた。


 わたしとアルバくんの意味ありげな視線や動作には絶対に気付いているだろうに、雪火せっかは見事にスルーした。わたしの幼なじみは野暮なことは聞かないし、必要以上に他人のプライベートなことには踏み込まない。

 この距離感が友達として付き合いやすかったりする。


「ああ。ちょっと、色々とな。でももう大丈夫みたいだ」

「そうみたいだね」


 ほうとため息をついて、雪火せっかは微笑む。いつも彼には心配ばかりかけて申し訳ない。

 わたしも雪火せっかに何か返せたらいいのだけど。


「そういや九尾きゅうびは?」

「九尾には豆狸まめだぬきの子のそばにいてもらっているよ。夕方頃に学校まで連れてきてもらうつもり」

「ああっ、そういえばたぬきさん! よかった、無事だったのね」


 豆狸まめだぬきのこと、すっかり忘れてた!

 あれから雪火せっかが手当てしてくれたのかな。よかった。九尾さんが今はそばにいるなら、もう大丈夫なのかな。


 でもどうして二人に学校まで来てもらう必要があるんだろう。


「昨日、夕方に豆狸まめだぬきを連れてくるから合流しようって、大塚さんに連絡したんだよ」

「そうだったんだ。胡桃くるみちゃんに連絡するのも忘れてた……。ありがとう、雪火せっか


 わたしってば、なんでもかんでも忘れすぎ。


 そういえば胡桃くるみちゃんとは昨日の夕方あのまま別れたっきりだ。きっと不安な思いで待ってただろうに、なにも連絡してなかった。

 雪火せっかが連絡しなかったら泣かせていたのかもしれない。

 学校で会ったら謝らなくちゃ。


「ふふ、どういたしまして。あと音楽室も先生に言って貸してもらうことになってるから、ピアノも弾けるよ。アルバさんの浄化はもちろん、豆狸まめだぬきの子ももしかしたら千秋の邪気に当てられてるかもしれないから」


 ピアノの手配までしてくれてる。本来ならわたしが先生に頼まなくちゃいけないのに。


 アルバくんの身体のこともあったし、今日にでもピアノは弾きたいと思っていた。

 わたしの家にもピアノはあるけど、豆狸まめだぬきの浄化が必要なら学校で弾く方がいいかもしれない。胡桃くるみちゃんには豆狸まめだぬきと会わせてあげたいもんね。


「じゃあ、今日の放課後に音楽室で集合でいいのかな」


「うん、それでいいよ。あとね、紫苑しおん、アルバさん。千秋からきみたちに話があるんだって」


 黒い瞳を雨潮うしおくんに向け、雪火せっかは目配せをした。途端に雨潮うしおくんの肩が跳ねる。


雪火せっか、俺は……っ」

「いつまでも悪役のままでいたら、同じクラスの紫苑しおんが可哀想だろ? きみは間違ったことをしたし、それをきみは昨夜ちゃんと認めた。それなら謝らなくちゃ」


 あれ。ちょっと待って。

 さっきから気になってたんだけど、雪火せっか雨潮うしおくんを名前で呼び捨てにしてない? 雨潮うしおくんも雪火せっかを呼び捨てにしてるし。

 昨夜はお互いに苗字で呼んでたし、雪火せっかはともかく雨潮うしおくんの態度はもっとぎこちなかったはずだ。


 たった一夜で名前を呼び合う仲になるなんて、何があったの?


「三重野、ばく――いや、アルバか。悪かった」


 瞳をさまよわせたあと、雨潮うしおくんはまっすぐな目を向けて頭を下げてくれた。


「どんな事情があるとはいえ、狸やアルバを傷つけるべきではなかった。俺にはできることといえば力を振るうことくらいであまりないが、償いのためなら何でもする。……許してくれとは言わないが、もう二度と無害なあやかしを傷つけたりはしないと誓う」

「あ……うん。もうあんなことしないなら、いいんだけど」


 獰猛な獣みたいな目で迫ってきた人とは思えないくらい、殊勝で真剣な謝罪だった。


 見た目が派手だけど動作はとても丁寧で、話しかければ普通に言葉を返して会話ができる。

 初めてクラスで会った時の雨潮うしおくんに戻っている。


 アルバくんや豆狸まめだぬきの子を殺そうと刀を振るっていた姿はまだ頭の中に焼き付いている。

 もうわかり合えない、普通のクラスメイトの仲には戻れない。そう覚悟した時もあったのに。


 一夜のうちに何があったの。


 早すぎる展開に頭が追いつかなかった。

 ゆっくりと頭を動かして雪火せっかに視線を送る。どういうことなの。


 無言のサインに目ざとく気付いてくれたけど、雪火せっかはいつものにこやかな微笑みを浮かべただけだった。


 うん、全然わかんない。もう直接聞こう。


雪火せっか、昨日の夜あれから何があったの?」

「夜通し二人で語り明かしただけだよ」

雨潮うしおくんと二人で……?」

「そう、男二人で」


 なに、その意味深な発言。怪しすぎるよ!?

 何を話したの!? ううん、何があったの?

 めちゃくちゃ気になるんだけど!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る