[4-3]夢を食べられなくなった理由
今まで、どうしてわたしはアルバくんのことをよく知ろうとしなかったんだろう。
どうして力尽きるほど夢を食べていなかったのかと
言えるはずがなかったんだわ。
でもアルバくんは今日、初めて話してくれた。それはわたしがアルバくんに信頼されている証拠だと思う。
「だから力尽きて倒れていたの? 夢が食べられなかったから?」
「そうだ」
「どうして? だって、獏はいい夢を食べても人間には害にならないんでしょう?」
たしか
食べられるものが食べられなくなるだなんて、それは大変なことなんじゃないかしら。
やっぱり、アルバくんの体調は今まで良くなかったんだわ。
なのに、昨日は雨潮くんの刀を受けて大怪我したり、邪気の浸食がひどくなったりして散々な目に遭っている。
改めてアルバくんの藍色の瞳を見返す。するとなぜかアルバくんは「うっ……」と言って胸を押さえ始めた。
今度はどうしたというの!?
「アルバくん、どうしたの!?」
「いや、なんでもない……」
「なんでもなくないよ!」
わたしは自分のことばかり考えていたのに、アルバくんは今までわたしを第一に考えて気遣ってくれていた。
それなら、今度はわたしがアルバくんを助ける番だわ。
「いい夢が食べられないって、もしかしてそういう病気なの? 大丈夫だよ、アルバくん。病気ならいくらかでも
「待て。ちょっと待て。落ち着け
「わたしはすごく落ち着いているよ?」
今まで守られて、助けられてばかりで。そんなアルバくんに甘えてばかりだった。わたしは自分のことばかりしか考えてなくて、そのせいでアルバくんを知ろうとしなかったんだわ。
でもそんな自分も昨日で終わりにする。
これからはアルバくんのことをよく知っていく努力をしなくちゃいけない。
アルバくんが病気なら、なんとかしなくちゃ。
なのにアルバくんときたら魚みたいに口をぱくぱくさせて、驚いている。というよりもうろたえているような。
「だから、そういうのじゃねえんだよ!」
部屋に響くほどの大声で言って、勢いよくアルバくんが立ち上がった。
「じゃあ、どういう理由で食べられなくなっちゃったの?」
こんなに強く否定するってことは、病気だというのは間違いってことなのかな。
ストレートに聞いたら、なぜかアルバくんは半眼になる。
いつもと違う落ち着かない動きが珍しくて、わたしは不思議な気持ちになった。
「……
「う、うん。笑わないよ。だから教えて?」
深呼吸ひとつ。長い尻尾を緊張でふくらませて、墨色の三角耳を立てて、アルバくんはぽつりと打ち明けた。
「だって、もったいねえじゃん」
「――へ?」
ふいっと顔をそらすのは、たいてい照れている時なんだと最近はわかるようになってきた。なにを恥ずかしがってるのかわからなくて、ちょっと反応に困る。
「獏がいい夢を食べると、その夢は人間に忘れ去られてしまうんだよ」
「悪夢を食べるのとはまた違うの?」
「違う。悪夢はおれが夢の中に介入して喰うことで悪い夢じゃなくなるだろ? けど、いい夢は喰っちまうとおれの腹の中に入るから、夢を見た本人は忘れてしまうんだ」
そうなんだ。
「それで、どうしてそれがもったいないってことになっちゃうの?」
忘れてしまうのはたしかにさびしいと思う。けど、どうしてそれが食べられなくなった理由になるのかしら。
「だって、もったいねえだろ!? せっかくのいい夢なんだぜ? 今の時代は悪夢でうなされてるやつらが多いっていうのに、おれがいい夢まで取っちまったら可哀想だろ!」
「ええええっ、まさかそれが飢えていた理由なの!?」
「悪いかよ!?」
「悪くない! 悪くない、けどっ、アルバくん、自分の身体は大事にしなくちゃだめだよ! そうやって悪い夢ばっかり食べてたらそりゃ邪気たまっちゃうよー!」
なんてことなの。そんな単純な理由で今まで夢を食べずに行き倒れていたなんて。
前から優しいと思ってたけど、優しすぎるのもいい加減にして欲しい。
不器用すぎるでしょ。人の夢を食べるのがもったいないからって、そこまで身体張らなくていいのに。
「……仕方ねえだろ。いい加減腹くくって食わねえと思った時もあったけど、いざ目の前にするとどうしても食えねえんだから」
眉を寄せ、アルバくんは深いため息を吐いた。その表情は重々しい。かなり深刻のようだ。
でもアルバくんはそうじゃない。どこまでも優しすぎる。
だって、人間のいい夢がなくなったらもったいないって言って食べないなんて。そんなあやかし見たことないわ。
「がっかりしただろ」
「がっかりはしないけど、心配かな。でも邪気はわたしがピアノの腕を上げればいいし、きっと大丈夫」
変なの。
昨日の夜はあんなに泣くほど不安だったのに、今は自分でも驚くほど前向きな気持ちになってる。
がんばろうって思えるのは、やっぱり彼のおかげかな。
わたしはにこりと微笑みかける。アルバくんの動きが少しだけ止まった。
「それにそういうアルバくんの優しいところ、わたし好きだよ」
照れくさかったけど言ってみた。口にしたら、やっぱりすごく恥ずかしい。顔が熱くなってくる。
でもそんな自分が気にならないくらいに、向かいに立っているアルバくんの顔が真っ赤になっていた。まるでトマトみたい。
すごくしあわせな気持ちになった。
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