[4-2]甘い夢とオムライス
真夜中色の空に、宝石を砕いて撒いたような星が散りばめられていた。
いくつかの星が白い糸を引きながら流れていく。
銀色に浮かんだ満月。数え切れないくらいの星が美しく瞬くさまは、まるで夢みたいだった。
その月明かりの下で、アルバくんが佇んでいた。
右手には白薔薇が大きく描かれた提灯を持っている。わたしの手首をつかんで、彼は顔を近づけてこう言った。
「
とくんと胸が高鳴る。
つかまれた手首からアルバくんの体温が伝わってくる。
ことん、と。提灯が彼の手から離れて、地面に落ちた。
明かりがなければ互いの顔さえ見ることはできないはずなのに、どうしてだろう。
アルバくんの顔がはっきりと見える。
大きな手のひらがわたしの頬を滑る。
精悍な顔がぐっと近づいてきた。少し伏せられた
すぐに意図を理解したわたしはうるさくなる鼓動を押さえながら、そっと目を閉じた。
☆ ★ ☆
スマートフォンからけたたましいアラーム音が鳴っている。
身体を起こしてから、わたしは画面に映る停止ボタンをタップした。
わたしってば、なんて夢を見ちゃってるんだろう。
昨日は頭がパンクするくらい色んなことがあった。
こわいことや悲しいこともたくさんあったけど、一日の最後にはアルバくんがわたしに好きだって告白してくれたんだわ。そして大胆にもわたしは、自分から彼にキスまで――。
「ど、どどどどうしよう! アルバくんにどんな顔で会えばいいの!?」
ほっぺたに顔を当ててみるけど、心臓はドキドキして落ち着かないまま。
落ち着くのよ、
昨日はどうやってベッドに入ったんだっけ。
あのキスのあと。
アルバくんは落とした提灯を拾って、二人で歩いて家に帰ってきた。
羊羹を二人で食べて、わたしはお風呂に入ったんだっけ。
それからパジャマに着替えて寝て――、ってあれ?
そういえば、アルバくんはどこにいるんだろう。
差し迫る時間を気にしながら、台所でごはんを作っていたらアルバくんがやってきた。
いつもならリビングルームでわたしが支度を終えるのを待っているのに、今日は違っていたみたい。
「お、おはよう、アルバくんっ」
「……お、おぅ」
普段と変わりないように挨拶したのに、アルバくんはどこかぎこちない動きで手を上げた。
悪夢を食べる時は大抵アルバくんがわたしの夢に介入していた。だとしたら、やっぱり夢の中にアルバくんがいたわけだし、やっぱり昨夜の夢も彼が食べちゃったんだろうか。
うう、改めて考えると、夢をのぞかれるってすごく恥ずかしいわ。
だって現実ではまだ叶っていない、アルバくんからキスしてもらう夢だもん。わたしの願望ってあからさますぎる。
でも、昨夜はすっごく久しぶりに悪夢を見なかった。つまり、いい夢だ。
今は前よりもいっぱい邪気がたまってる状態だし、アルバくんに悪夢を食べさせずにすんだことを喜ばなくちゃ。
「……
頭の中がお花畑のまま、フライ返しを片手にぶんぶん振り回してたら、アルバくんに不審な目で見られちゃった。
ますます恥ずかしくなる。顔が風邪を引いた時みたいに熱い。
「ちょっ、大丈夫かよ! すげえ顔真っ赤だぞ。熱あるんじゃねえのか!?」
あわわわわ。そんな急に距離詰めないで。
心の準備が……!
目の前に迫ってくる大きな手のひら。思わずぎゅっと目をつむって構えていると、おでこにひんやりとアルバくんの手が触れるのを感じた。
「熱はないみたいだけどな……」
「あるわけないよ。昨日は悪い夢だって見なかったんだし」
「そういえばそうだったな」
やっぱりアルバくんは昨夜、わたしが悪夢を見なかったことを知っている。
知っているはず、なんだけど……。
拍子抜けするくらい今朝の彼はいつも通りだった。
アルバくんはあっさりわたしから離れて、テーブルの上に新聞を広げてしまった。真面目な顔で読んでるけど、内容はあやかしにもわかるものなのかしら。
わたしは夢の中をのぞかれてこんなに恥ずかしいのに、アルバくんはなんとも思わないのかな。
それとも照れ隠し?
それにしては尻尾に変化はないみたいだし。
「アルバくん、朝ごはん食べる?」
今までだって顔を合わせば普通に話してたのに、どうして今朝に限ってはこんなに照れるんだろう。
ちら、とアルバくんに視線を向ければ、彼はわたしの顔を見ずに素っ気なく返した。
「ああ、食べる」
ただ、その瞬間に勢いよく尻尾が上に上がったのを、わたしは見逃さなかった。
鶏肉と玉ねぎ、グリンピースが入ったチキンライスの上を覆うふわふわ卵のオムライス。グリーンリーフのサラダを添えて、コンソメスープも作っちゃった。
朝食にしては豪勢だったかもしれない。うん、絶対に作り過ぎちゃった。
「いただきます」
形式だけの挨拶だけ済ませて、オムライスの上にスプーンを入れてすくってみる。均等に赤く色がついたごはんの上にふわふわの卵が乗っかっている。うん、見た目は悪くない感じ。
口の中に入れた瞬間、卵がとろとろと舌の上でほぐれていった。噛むたびにケチャップライスと卵が絡み合っていく。
そう、このふわとろの食感がたまらないの。すっごくおいしいんだよね。
毎回うまくはいくというわけじゃないんだけど、今回は自信作。
「……うまい」
ぽつりとアルバくんが言った。昨日の
顔を上げてみると、アルバくんの尻尾は上がったまま。頭の上の墨色の耳はピンと上に上がっている。
すごくわかりやすい。
「アルバくん、おいしい?」
期待を込めて尋ねたら、アルバくんはふいっと顔をそらしてしまった。
「……まあ、悪くないんじゃねえの」
「ええっ、なんでそんなこと言うの? さっきおいしいって言ったじゃない」
「まずいとは言ってないだろ。つーか、聞こえてんじゃねえか」
「だって、そこはやっぱり、面と向かっておいしいって言ってもらいたいもん」
「
わたしたちってば、スプーンを片手に何やってるんだろう。
直接おいしいって言って欲しいなんて、欲張りなのかな。アルバくんにはちょっと重いのかもしれない。
「……うまかった」
「――え?」
落としていた視線を上げれば、アルバくんの顔は真っ赤だった。
「だから、うまかったって……言ってるだろ」
躍り上がるように喜ぶってまさにこのことなのかなと思った。ぴょんぴょん跳ねたくなるくらい、すごくうれしい。
「今日の夜も一緒にごはん食べようね、アルバくんっ」
「ああ、一緒に食べようぜ。約束な」
「うんっ」
今度はやわらかく笑ってくれた。自然と頬が緩んでいく。
向かい合わせになって、二人で楽しく笑いながら食べるごはんってすごくいいな。我が家ではすごく久しぶりだ。
「あっ、そういえばアルバくん。昨夜はわたし悪夢じゃなくていい夢見たから、よかったよね。邪気をためずに済んだでしょう?」
「……あ、ああ。まあ、そうだな」
またアルバくんが顔をそらした。
ただ、今回は照れ隠しじゃない。耳や尻尾に何の変化もない。
「アルバくん……?」
なんだろう、これ。
もやもやするとは違う、いやな感じ。違和感っていうのかな。
「アルバくん、昨夜はわたしの夢を食べたんだよね?」
確かめる意味も込めて、アルバくんの目を見てそう聞いてみた。
アルバくんが夢の中にいたから今回も食べたんだというのは、わたしが勝手に思ったことであって、思い込みだったのかもしれない。
先端が墨色になった長い尻尾がふいに下がる。
頭の上の耳まで少し下げて、アルバくんは気まずそうに視線をさまよわせてこう言った。
「昨日は食べてない」
やっぱりわたしの完全な思い込みだった。
勘違いだったんだ。
「どうして?」
「
質問には答えてくれなかったけど、アルバくんは真剣な顔でわたしをまっすぐに見た。
とくんと胸が高鳴る。身体に緊張が走った。
「おれは悪夢は食べられるけどいい夢は食べない。いや、食べられなくなったんだ」
この時、彼は初めて自分のことについて話してくれた。
浮かれて熱くなった心を一瞬で冷ますには十分すぎるくらい、衝撃的な告白だった。
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