[2-9]待ち合わせ場所へ

「アルバくんがわたしのことをどう思っているのか、直接聞く……?」

「うん、そうだよ」


 あっさりと雪火せっかは笑顔で頷いた。

 聞くって、どうすればいいのだろう。簡単に言うけれど難易度がすごく高い。


「そんなの、無理だよ。だってどう聞けばいいかわかんないし……」

「大丈夫だよ。アルバさんは紫苑しおんのことを嫌っていないのは確実だと思うし。でも、代わりに僕がアルバさんに聞いてあげることはできない。あとは紫苑しおんの頑張り次第かな。紫苑しおんはアルバさんのことをどう思っているの?」

「それは……」


 そんなこと、あまり考えたことがなかった。わたしはアルバくんのことをどう思っているのだろう。

 嫌いじゃないことはたしかだ。わたしの心の傷を癒やしてくれた恩人だもん。大切に思ってる、けど。


「大事なことだからゆっくり考えて。とにかく、たぬきの子の件は僕も頑張ってなんとかするよ。道具を家まで取りに行かなきゃいけないから、少し待たせてしまうかもしれないけど、必ず行くから」

「うん、わかった」


 にこりと笑って、雪火せっかは教室に戻るわたしを見送ってくれた。

 アルバくんの笑顔が太陽なら、雪火せっかの微笑みは泉や湖みたい。いつだって不安な心を静め、冷静な頭に切り替えられるように助けてくれる。


 唯一無二の「アルバ」という名前を贈ったのはわたしだ。生半可な気持ちで名前を考えたわけじゃない。

 アルバくんはわたしがもう一度立ち上がれるように助けてくれた。だからただのばくじゃなく、「アルバ」という名の彼と向き合いと思ったの。

 だからこそ、夏休み中も少しずつピアノの練習もかねて、アルバくんの浄化を続けてきた。その甲斐あって、彼の耳と尻尾は白に近いグレーにまで薄まってきた。


 わたしの中でアルバくんは大切なのはたしかだ。


 でもそれは友人や家族としてなのかしら。それとも――……。


 全然わからないわ。雪火せっかの言う通り、よく考えた方がいいのかもしれない。




 * * *




 帰りのホームルームが終わったと同時に、わたしは急いで登校用のリュックをつかんで教室を出た。

 というのも、雨潮うしおくんがずっと物言いたげな顔をしていたからだ。

 九尾さんとアルバくんが教室をのぞいてきた時は素っ頓狂な声を出しちゃったし、絶対変なやつだって思われてる。それにあやかしのことについて聞いてくるのがこわかった。


 後輩とは校門の前で待ち合わせしている。今日は部室には寄らずに、二人で後輩の家にお邪魔する予定だった。


紫苑しおん、行くならおれもついて行くぜ」


 靴を履き替えてから校舎を出たところで、アルバくんとばったり出くわした。

 ううん、違うかも。腕を組んだまま壁に寄りかかっていたところを見ると、わたしが出てくるのを待っていたのかもしれない。


「アルバくん、九尾さんは?」

「さあ? 雪火せっかのところにでも行ったんじゃね?」

「……えぇ、自由なんだから。もう」


 お昼休みの時は「私に任せて」とか言ってたくせに、なんで今はアルバくん一人なの!? 九尾さんってば、マイペースすぎる。言ったことは最後まで責任を持って欲しい。


「それより、さっきはびっくりしたよ! なんで教室まできたりしたの。何考えてるのアルバくんっ」


 アルバくんがわたしのことをどう思っているとか、わたしの気持ちとか。ちゃんと考えて聞かなきゃいけないのに、全部頭の中から吹っ飛んでしまった。

 ちゃんと考えて悩んでいるのに、どうしてアルバくんはいつも通り笑っているんだろう。


 つい気持ちが高揚して怒鳴ったのがいけなかったのかもしれない。

 アルバくんはばつの悪そうな顔をして、わたしから視線をそらした。いつもピンと張っている頭の上の三角耳がすこし下がる。


「悪かったよ。けど、九尾の野郎が見に行こうって言うから、仕方なかったんだ」


 いつになく覇気のない声だった。

 ちょっと、言い過ぎちゃったかな。背後のグレーがかった白い尻尾までうなだれてるみたい。


「見に行こうって、なにを?」

「それは……」


 藍色の目は右にそれたまま。アルバくんはわたしを見ようともせず、言葉を濁した。

 どうしてなにも言ってくれないのだろう。


 もしかして、わたしを見に来たわけじゃないってことなのかな。


 そうだ。そうに違いない。

 教室で授業を受けているわたしを見て、アルバくんは尻尾が太くなるくらいすごく驚いていた。よく考えればわたしが変な声をあげたからって、アルバくんがあんな反応をするはずがないんだわ。


 確信はないけど、胸の中で予感がした。

 口にしたら、もう二度ともとの関係には戻れなくなるかも。それでも、わたしはアルバくんを守るために聞かなくちゃいけない。


「アルバくん、もしかして……」

三重野みえの先輩!」


 またしても話を遮られてしまった。本当に今日はタイミングが悪い。


 振り返ると、二つの三つ編みを揺らして後輩が走り寄ってくるところだった。

 登校用のオレンジ色のリュックが、動きに合わせて大きく揺れている。


「すみません、お待たせしました」

「そんなに待ってないから大丈夫だよ、胡桃くるみちゃん」


 後輩――胡桃くるみちゃんはわたしを見つけてからいそいで走ってきたみたい。激しく息を切らしていた。なんだか申し訳ない。


紫苑しおん、こいつがさっき言ってた後輩か?」

「大塚胡桃くるみちゃん。こいつじゃないよ?」

「分かってるって」


 本当にわかってるのかな。見えてないし聞こえていないからいいものの、本人を目の前にして「こいつ」はないと思う。

 それにしてもわたし、今日はアルバくんに怒ってばっかりだ。嫌な思いをさせてしまっているかもしれない。


「わあっ、三重野みえの先輩。あやかしのこと信じてるって言ってましたけど、あやかしと知り合いだったんですね!」

「――え?」


 一瞬、なにを言っているのか分からなかった。

 でも胡桃くるみちゃんの大きな瞳がわたしではなくアルバくんに向いていると分かった時、はたと気付く。


胡桃くるみちゃん、もしかして見えるの?」

「はい、ばっちり見えますよ。あやかしって大人な姿のひともいるんですねぇ」


 やっぱり見えちゃってるみたい。しかもばっちりと。


「アルバくん、どういうこと? まさか、また妖力減ってるんじゃ……」

「大丈夫、そういうのじゃねえって。お前の後輩には見えるように幻術を解いてんだよ。豆狸まめだぬきのことで力になってやるつもりだったし」

「そうなんだ」


 びっくりした。またアルバくんの力が減っているのかと思ったわ。

 わたしの説明を時たま興味ないような感じで聞いていたのに、アルバくんは初めから一緒について行って一緒に後輩と豆狸まめだぬきの子のために力をかしてくれるつもりだったんだ。

 ほんと素直じゃないんだから。でもそういうところが人間っぽくて優しい。アルバくんのいいところだわ。


 だけど、どうしてかな。


 なんだか、少し寂しいかも。アルバくんの姿を見られるのは、わたしと雪火せっかだけじゃなくなったのね。

 あれ?

 どうしてわたし、寂しいって思っているんだろう。

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