[2-10 reverse side]夢喰いあやかしは秘密と夢を語る
昼に会った時は苦しそうな顔をしてたってのに、授業とやらが終わった途端、
悩みが多少落ち着いたのはよかったけど、なんで不機嫌になるんだ?
人間ってわからねえ。
いや、怒りの発端は九尾と連れだって
「何ていうあやかしなんですか?」
「
「バク、ですか?」
「うーん、でも見た感じだと獏っていうより猫って感じですよね」
あー、なるほどな。獏のイメージと今のおれの姿が結びつかなかったのか。
不思議そうに首を傾げて
「猫だとおかしいの?」
「だって、獏ってネットで検索したら、ずんぐりむっくりで四つ足の動物の画像が出てくるんですもん。鼻先が象みたいに少し長いかんじの。ほら、動物園にマレーバクがいるじゃないですか! あれに似てるイラストが出てくるんですよ。ほら」
リュックの外ポケットからオレンジ色のスマートフォンを取り出し、
今の人間たちが持つカラクリは面白いものが多い。
スマートフォンという手のひらサイズの機械もその一つで、たくさんの絵が所狭しと並んでいた。
細かく描き込まれた
そのどれも短い四つ足で小さな丸い耳をもった動物が描かれている。体色は白と紫の縞模様。
なるほど、これが人間たちの思い描く獏というあやかしのイメージってわけだ。
「そりゃお前たち人間が獏はそういうもんだと思い込んでいるからだろ」
おれにとっては当たり前すぎる事実だったのだが、
薄紫色の目を丸くしておれに問いかける。
「どういうことなの、アルバくん」
そういえば。出会ってから今までの約半月間、おれは一度も自分のことを
「おれが猫なのは、おまえがおれを拾った時に猫のイメージを思い描いていたからだ。最初に見た時、猫かなんかだと思ったんだろうな」
「そういえばそうかも!」
心当たりがあるようで、
そもそも
「おれは獏――夢喰いのあやかしだから、実体はあっても決まった形を保てるわけじゃねえんだよ。お前ら人間が思い描いたイメージの姿になっちまうんだ。で、今のおれは
「そうだったの!?」
面白いくらいに目を大きく見開いて
どうせ、あの時猫だなんて思わなければとか、しょうもないことを頭の中でぐるぐる考えるんだろう。
実は自分でも意外なくらい、今の姿は気に入っている。
人間にとって身近な動物の姿だと、まず怖がられることはない。実際、
耳と尻尾の動きで考えていることが色々バレやすいのが欠点だが。
「ごめんね、アルバくん」
「別に。こっちの方がおれにとっても好都合だから不便はねえよ。だから気にすんな」
「うん」
うなだれて視線を落とす
その明るい栗色の頭に手を伸ばし、おれはぽんぽんと軽く叩いてやった。
顔を上げると沈んでいた薄紫色の瞳がみるみる明るくなっていく。花が咲いたように笑顔を見せてくれて、幾分か胸のあたりが軽くなった。
これでいい。いつだって、こいつには笑ってもらわなくちゃな。
「なんか、獏さんって
ぽつりと
「はあっ!?」
「ええっ!?」
おい。なんで
顔を真っ赤にして、魚みたいにぱくぱく口を開けたりしめたりしている。なんてわかりやすいヤツだ。
「あははっ、獏さんめちゃくちゃ分かりやすいですね!」
――って、おれかよ!
「耳と尻尾あるから仕方ないと思いますけど。それで獏さんと先輩は付き合っているんですか?」
見た目は三つ編みをさげた清楚って感じの女だっていうのに、やけにぐいぐいくるな。
いや、
先輩と後輩としていい関係を築いている証拠でもあるのかもしれない。
「そんなことどうだっていいだろ。それにおれはあやかしだぜ? お前ら人間と生きる時間軸そのものが違うだろ」
「それは、そうですけど……」
あ、やべ。おれ、もしかしたらやらかしたかもしれない。
明るかった
顔を俯かせ、視線を落として。おれの顔も見ずに尋ねる。
「やっぱり、あやかしと人間は仲良くなれませんか? 友達に、なれませんか?」
ふいに袖をくいっと引っ張られる。
「なれるさ。お前がそう望むなら、友達になってやればいいじゃん」
「でも、あのたぬきさんはすぐに逃げてしまいました。頼ってきてくれたのは嬉しいけれど、また逃げられたりしたら、やっぱり悲しいです」
「それなら、お前が改めて言ってやればいい。友達になろうぜってさ」
ようやく
傍らにいる
まあ、そんなことは脇に置いといて。言うべきことは言わなくちゃいけない。
「おれたちあやかしと違ってお前たち人間は夢を持てるだろ。あやかしと友達になりたい。いい夢じゃねえか。でも望むだけじゃ何も変わらない。お前が一歩踏み込んで行動しねえといけないんだぜ」
「……行動、ですか」
「そうだ。どうするかは
勢いよく頷いて「はい!」と元気よく返事をした。
「そうですね。私、頑張ってみます!」
「頑張れよ。さて、お前の家に行くとするか」
小走りで先に行く
「アルバくん」
「どうした、
振り返ってぎょっとした。
やばい。おれ、なにかしたか。――と思ったが、どうやら違ったらしい。さっきと変わらず縋るような目で、おれに問いかけてきた。
「わたしも望めば、〝夢〟を叶えられるかな?」
話はまだ続いていた。
ということは、
「叶えられるさ。
それならおれは、その一歩が踏み出せるように背中を優しく押してやればいい。
「本当に? わたし意気地なしだし、怖がりだよ?」
「
一歩近づいて小さな手を取る。
指先は震えていた。力を込めて握ってやる。
「こわいなら、そばにいてやる。あらゆるものから守ってやる。だから
震えが止まった。
涙で潤んだ
小さくこくんと頷いた後。再び上げた
「ありがとう、アルバくん。わたし、たぬきさんのためにピアノを弾いてみようと思う」
止まっていた時間が少しずつ動き出した。
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