プロローグ4 悪足掻き

 強盗さながらに窓から飛び込んでみると、内部は少女の期待通りに人気ひとけ皆無の暗闇状態だった。

 放置されている事務デスク、散乱している書類なんかがぼんやりと見えるだけで、ほこりっぽさが鼻につく。


 少女はそんな室内の廊下を駆け抜ける。身を隠すのに適していそうな場所と、そして優位に迎え撃つことのできそうな場所を探す。

 一階から二階、そしてさらに上階へと。

 既に追っ手の視界からはフェードアウトできている。背後を振り向いてみてもその姿はない。


 が、階下ではひそひそと動く気配が無数にあり、既にこのビルを包囲する網が敷かれつつあることは容易に想像できた。


 やがて大きく開けた空間に出る。

 どうやらこのビルが使われていた頃はいくつかの事務所が入っていたようで、ここも一階と似たり寄ったりの様相を呈した元オフィスのようだった。

 ただ一つの相違点は、パーティションがあること。この分だと隠れる場所には事欠きそうになかった。


 屋内に身を潜めたことで遠距離支援に徹していた敵は仕事を失った形になる。

 そして一先ひとまずは始終背後を追ってきていた連中を片付けることに注力できる。


 少女はパーティションの陰に身を隠した。

 息と気配を殺し、物音に最大限の注意を払い、時が訪れるのを待つ。

 ここで状況をひっくり返すことができなければ、二度と逆転の目はない。自分の身体の動きが徐々に鈍くなってきていることはとうに自覚していた。


 入り口に限らず、窓を含めたすべての出入り口に意識を張り巡らせる。まずは廊下に面した入り口から侵入してくるだろうが、ここが三階だということを考えても万が一のこともある。


 だが少女の予想をたがわず、複数人の男たちが廊下側の出入り口から姿を現した。暗がりであることもあって少女を見失っている彼らは、リーダーと思われる男のハンドサインで広いオフィスの各所へと散っていく。


 窓のほうはどうせライフルが見張っている。残りの体力を考えてもまだ避けられるとは思うが、発砲されたら室内の敵に自分の居場所を教えることになりかねない。


 それでもこれはチャンスだった。リーダーらしき男は出入り口に残り、他の男たちも容易にサポートし合えないほどに距離を取っている。


 少女はデスクの陰に身を隠しつつ床を這うように移動、そして仲間たちから一番距離を空けていた男へと背後から近づき――。

 暗殺者のごとく右手で相手の口を押さえ、そして左手に顕現させた氷の刃でその左胸を貫いた。

「んっ!」と、息が詰まるような微かな呻き声を最後に絶命し、その場で力を失う男。

 少女は床に崩れ行く男の身体を中空で受け止め、物音がしないようにその場に静かに下ろした。


(あと何人……?)


 優位な状況とはいえ、一歩選択を誤り、ほんの少し集中力を削いでしまえばそれで終わりというこの状況。否応なしに鼓動が高鳴る。

 オフィス内の敵の現在地を確認し、次に始末しやすそうな男の下へと移動する。


 その戦法で上手く事が運んだのは三人までだった。

 三人を始末し四人目に狙いを定めていたところ――あと二人でオフィス内の敵を全滅できるというところで、増援が現れた。

 それも一人や二人じゃない。

 七人や八人でもない。

 明らかに十人以上の男が、このオフィス内を占拠し始めた。


 部屋の出口まで移動するのも難しく、窓の向こう、離れたビルからはライフルのスコープ越しの視線。

 歯噛みする――終わり、か。

 どう見ても逆転劇なんて期待できそうにないこの状況で、少女は力ない笑みをこぼした。

 それは紛れもない諦めの色が宿った、しかし辛苦から解放されることから生じるどこか穏やかとも取れる笑みだった。


 見つかるのも時間の問題だろう。

 いずれにせよ逃げ場はないのだ。

 この状況でいつまでも隠れていたってしょうがない。

 遅いか早いかの違いだ。

 結果は変わらない。


 少女はその場で力なく立ち上がった。その場にいたすべての敵の視線が少女に集まる。

 ほぼ同時に銃口もそれに続いた。

 諦めてしまった少女にはもう、能力を使う気力さえない。限界はとっくに来ていた。それを気力で誤魔化していただけ。

 この局面を打開する力なんてもう残っていない。

 悪足掻きは終わり。


(ごめん……)


 巻き込んでしまった少年に心中でびる。

 彼のことももう、助けられそうにない。

 そう、唯一の心残りを噛み締めていたときだった。

 オフィスの片隅で突然、何の前触れもなく爆発音が轟いた。

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