第33話 本名
宿屋「エルブンレスト」はサシャの村唯一の宿泊施設であり、規模は人間界のそれより少し小さい。一階は食事処を兼ねており、丸テーブルがいくつか並んでいた。
ルウシアとクロト、二人のエルフを加えて7人となった魔王一行は本来4人で座る想定の丸テーブルに詰めて座っていた。座順は時計回りにルウシア、ケルベロス、レリフ、カテラ、リィン、イグニス、そしてクロト。カテラは全員が着席したのを確認すると、正面に座っているエルフに事情を説明するように求めた。
「全員そろったことだし、改めて自己紹介と行こうか。二人は俺の事を『よく』知っているかもしれないが念のためな。カテラ・フェンドルだ。人間界で魔法使いをしていた……というよりも魔法の研究をしていたといった方が適切だな」
それを聞いて彼の右隣で黙っていたレリフが口を開く。彼自身が偽名ではなく本名を名乗った事で彼女も自身の素性を明かすことにした。
「レリフ・ダウィーネじゃ。知っての通り13代目魔王をしておる。といってもお主たちは知らないようじゃったが。まぁ我が前にここに来たのは50年前の事じゃし、もともと保守的で森から出ようとしないエルフの若者にはわかるはずが無いのも納得じゃ」
「「すみませんでしたぁ!!」」
二人のエルフは彼女が魔王だと知るや否や、勢い良く頭を下げる。勢いをつけすぎたのか、二人してゴンと鈍い音を立てて額を打ち付けた。そしてそのままの姿勢で弁明の言葉をクロトが恐る恐る喋り出す。
「まず、レリフ様の事をあろうことか魔王『候補』として扱ってしまった事について謝らせてください。申し訳ありませんでした!おっしゃる通り私たち兄妹は森から出たことが無く、年も20すら超えてない故、ご尊顔を拝見するのは今回が初めてになるのです」
謝罪の言葉から後は大慌てで言い切ると、レリフは隣のカテラの左に座るリィンに目くばせする。対して彼女は無言で頷いた。嘘はついていないということだろう。それを受けた魔王は優しく諭すように顔を上げるように言った。
「やはりな。であれば我がおぬしらを責めることはせん。
「で、ですが……事情があるとは言え陛下の事を蔑ろにしたことは事実でして…」
「よいと言っておるじゃろうが。それにそんなに畏まった話方はこちらが疲れる。普通に接してくれてかまわんよ」
その言葉を受け、二人のエルフは恐る恐る顔を上げる。額は赤くなっており、先ほどの強打の影響を物語る。
「さて、自己紹介の途中じゃったな。次はおぬしらの事を話してもらおうかの」
レリフのその言葉で口を開いたのは妹であるルウシアの方だった。どことなく申し訳なさそうに小さく手を上げてから話し始めた。
「ではまずわたくしから。まず最初に皆様に謝らせてください。先ほどわたくしと兄さまが名乗った名前は偽名です。本来の名前はルウシア・マギウス・クレントールと申します。兄さまはクロト。二人して7代目の魔王であるサシャルナ様の血を引いています」
「『氷の女王』サシャルナ・マギウス・クレントールか。彼女の髪と瞳は両方とも透き通る氷のような色じゃったはずじゃが?対してお主らは黒髪黒目と銀髪赤目。似ても似つかぬ。そこの説明はどうつけるのじゃ?」
「私……いや、僕たちは訳あって変身魔法で変装しているんです。今から解除しますね」
そういうと彼は目をつぶり集中した。それと同時に髪の色は黒から水色へと変色し、開いた目も同じく黒から淡い水色へと変化した。
「これが僕の正体です。もちろんルウシアも同じ髪色と瞳をしています。ほら、ルウシアも解除しなよ」
「わかりましたわ」
同じような光景が繰り返され、彼女の肌は褐色から透き通るような白へと変わり、髪色も隣のクロトと同じ水色へと変化した。その様子を見てレリフは納得したのか口を閉じたがその代わりにリィンが問う。
「ルウシアさん、クロトさん。お二人のお名前はわかりました。でも何でお兄さんの名前を名乗っていたんですか?」
「そ……それは、ちょっとこの場では話し辛いのですが……」
ルウシアはそういうとチラリとカテラの方へと視線をやる。先ほどまでの褐色肌とは違い、真っ白な肌ではほのかに頬が染まるのをよりはっきりと見ることが出来た。憧れの人の前では恥ずかしいのか話したくないのだろう。だが、リィンはそんなことをお構いなしに問いただす。
「先ほど、あなたたちはお兄さんのファンだって言ってましたよね?お兄さんもなんでそんなことをしたのか聞きたいはずですよ。勝手に自分の名前を使われるのは誰だって嫌でしょうし」
「ああ。もし悪意を持ってそうしているのならやめてもらいたい。事情を話してくれないか?」
憧れの人からの懇願もあってか、彼女は数秒考えこんでから観念したように話し始めた。
「先ほど私たちが変身魔法で姿を変えていたのには理由があると言っていましたよね?カテラ様の名前をお借りしていたのも同じ理由からなのです。それは……兄さまの事をカテラ様と見立てて……わたくしがその……は、伴侶として……」
彼女はそこまで言うと真っ赤になった顔を両手で覆って黙ってしまった。予想の斜め上の回答をもらったカテラは一瞬思考を停止するが、「どこで俺の事を知ったのか」とう疑問を解決するためにさらに質問をした。
「あー……うん。事情は分かった。一つだけ質問いいか?どこで俺の事を知った……というかどこであの呪文の事を知ったんだ?」
「それは……5年ほど前でしょうか。とある行商人からこの本を買ったのです」
ルウシアは懐から出した一冊の本をテーブルへ置き、正面に座るカテラへとその題名が読めるようにくるりと上下を逆さにした。それを向けられた彼はぶわりと全身から嫌な汗をかき始めた。
それは幼いころに書いたきり、どこにしまっていたのか分からなくなった
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