第32話 偽物?

 十中八九偽物の名前を名乗った二人のエルフは次のお前たちの番だと言わんばかりの目線を俺たちに向けていた。


 そちらが正直に名乗らないのであればこちらも同じく偽の素性を語らせてもらおう。偽名なんて知り合いの名前を借りればいいし、そうでなくともそれっぽい名前なんていくらでも沸いてくる。


「俺はロイド。リベラルタスという無名の家の生まれで君と同じ魔王候補だ。そして横にいる真っ白な彼女はフラウ。魔王候補という訳ではなく『ちょっといいところ』の生まれで、こうして王冠を被っている。馬車に乗っている全員は俺以外、フラウに仕えているんだ」


 名前以外はすべて本当。レリフが魔王であることは良い暮らしをしていることを強調することでほのめかす。真実と嘘の比率が9:1。それが嘘を混ぜてもあっさりと信じられる比率である。これは誰に習ったでもなく、嘘をついてあの事実を隠し通してきた経験で分かっていた。


 実際、二人はその嘘をすんなりと信じたようで、目の前の彼女の興味は俺だけに寄せられた。まるで魔王候補以外は眼中にないかのように俺の事を頭からつま先までじっと見つめてから口を開く。


「漆黒の髪とまなこ、さらには外套。まるで余の横におるカテラそっくりではないか。もしや、憧憬の念を抱いて真似ておるのか?」


 実際には逆だろうが。俺が本物でお前らが偽物。俺が似せてるんじゃなくてお前らが似せているに過ぎない。

 半ば苛立ちながらそう考えたのち、強引に話を逸らすことにした。


「あー、話したいのはやまやまだが、そろそろ中に入れてくれないか?馬車を止めて夕食にしたいところなんだが」

「なら、先ほどのお嬢様の質問に答えていただけますでしょうか?お嬢様に膝をつき忠誠を誓うか、それとも反抗しては魔王の血で成す術なく敗れるか。二つに一つですよ」


 小さく見られた物だ。執事めいた彼はどうやら自分のお嬢様が必ず勝つと思っているのだろう。


「第三の選択肢を忘れてないか?完膚なきまでにお前のお嬢様が叩きのめされるっていう一番現実的な選択肢をよ」


 俺は青筋を立ててそう言った。客観的に見れば相当キレていたに違いなかっただろう。


 ――――――――


 それから十分後。俺は馬車を宿に預け、ルウシアと名乗る魔王候補と対決するために剣を携えて村の北西にある広場へと一人で歩いていた。


 宿から広場までは少し歩くほどの距離があったが、その距離が冷静にさせてくれた。よくよく考えれば不自然な点を今になって思い返す。


 魔界と人間界はそれぞれ隔たれているはず。なのになぜ魔界にまで俺の名前が知れ渡っているのか。


 その問いを心の中で繰り返すが答えは出ない。ならばやはり彼女を負かしてどこで知ったのか、そしてなぜ俺の名前を騙るのかを聞くしかない。


 そうこうしているうちに広場についた。すでに全員が揃っており、最後の一人である俺が来ると全員が「やっと来たか」という態度で迎え入れてくれた。


 ただ一人、今から戦うことになる魔王候補だけは退屈そうな顔ではなく、とうに準備は出来ているという表情で俺の事を半ば睨むようにして広場の中央付近で立っていた。


「やっと来たか。余の力に恐れをして逃げ出したのかと思ったぞ」

「お嬢様。言葉を交わすのはもういいでしょう。あとは実力を以って彼に誤った選択をしたと実感させればいいのです」

「それもそうだな。さて、ロイドとやら。懇願する準備は良いか?」


 その言葉と共に、彼女から魔力の奔流が放たれる。だが、その量はたとえ彼女が50人いようが俺一人にかなわない程度の力量しかないことを示すだけだった。


「その言葉、そのまま返す。詠唱の一つくらいはさせてやるよ」

「……!その言葉、どこまで余を愚弄すれば……良かろう。わが最大の魔法で葬ってくれるわ!」


 二人の距離はそれほど空いているわけでもなく、五歩ほど大股で踏み込めば十分に懐に入れる距離であり、魔法よりも接近戦の間合いであることは確かだった。すなわち剣を持つ俺が絶対的に有利な状況であるにも関わらず詠唱を待つというのは明らかに彼女に対しての侮辱だった。


 それを受けてか彼女は右手で空を指し、高らかに宣言するように詠唱を開始した。


「天にひび 地には稲妻……」


 だが、その呪文を聞いた瞬間、全身から嫌な汗が瞬間的に噴き出した。


「雨煙る空に轟く天鼓てんこ つんざけ 吼えろ」


 俺はこの呪文を知っている。それを彼女に教えるために、最後の一文は俺も一緒に唱えてやることにした。


「「其の叫びでこの世を満たせ」」


 彼女はおそらくある本を拾ったのだろう。幼い俺が書いた、「黒歴史ノート大仰な言葉で綴られた呪文書」という名の禁書を。いつか魔法が使えるようになった時の為に思いついた呪文を書き貯めていたそれは、間違いなく俺の恥ずかしい過去であり、出来れば消し去りたい物だった。


 一方、ルウシアは「なぜこの呪文を知っている」と言わんばかりに困惑しており、赤い瞳は見開かれて俺の姿をただ映していた。上げていた右手を力なく下ろし魔法の発動をも忘れ、ただただ立ち尽くす。かと思えばやっと合点がいったのか、耳を疑う言葉を口にした。


「もしかして貴方がカテラ様ですか!?ずっとお会いしたかったです!わたくし貴方の大ファンで……ああ、興奮で何を言ったら分からないですわ!」

「本当かルウシア!?ようやくお前の夢が叶ったな!お兄ちゃん嬉しいぞ!あ、申し遅れました。私はルウシアの兄、クロト・クレントールと言います」


 高圧的な態度はどこへ行ったのやら、ルウシアはきゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げ、俺の名前を騙っていた男は本名を明かすとともに深々とお辞儀をした。話を聞く限り二人は兄妹なのだろう。


 黒髪黒目と、褐色肌に銀髪赤目。どう見ても似ていない二人だが、おそらく変身魔法で姿を変えているのだろうか。


 急展開過ぎてついていけないのか、ポカンと口を開けたギャラリーたちに俺と彼らの関係性を説明するとともに、兄妹から詳しい話を聞くことも兼ねて、ひとまず全員で夕食を取らないかと提案するのだった。

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