第31話 第一村人発見
一局目の敗北から数時間経ち、昼食を挟んで日が陰り始めた頃。にわかに夕焼け色へと染まりつつある森の中を行く馬車にて俺は3度目の敗北を味わっていた。回数を重ねるにつれ、ゲームが終わった際にレリフの手元に置かれた歪んだ黒い駒は増えていった。
そんな惨状を見かねてか、昼食からはずっと起きていたケルベロスは俺に対して苦言を呈する。
「ご主人……ちょっと弱すぎじゃない?」
「変身魔法を同時に16箇所に掛けながら馬の制御をしつつボードゲームをしてみろ。まったくもって集中できないぞ」
ただでさえマルチタスクで集中力がゴリゴリと音を立てて削れている上、度重なる魔法の行使に魔力と気力を持ってかれているのだろうか、回数を重ねるごとに駒を形作れる時間は短くなっていき、それに伴い長考が出来なくなり考えなしに打ってはそこを突かれて負ける。
ほぼ同じ状況に置かれて、初めて目の前の魔王の凄さを痛感する。彼女が形作る駒は一切の乱れが無く、銀で出来ていることもあってまるで芸術性すら見いだせた。対して俺の駒は……。
「最後辺りは溶け出してましたし、飴細工みたいですね」
観戦を終えたリィンがまたもや俺の心を読んで言った。
「一昨日魔法が使えるようになったばかりの奴が作ったにしては上出来だろ?」
「今後に期待ですね。大丈夫ですよ、明日はもっとおいしそうにできますって」
「お前な……普通逆だろうが」
こほん、と咳ばらいをしてレリフは俺に評価を告げる。
「リィンのおふざけはおいておき、我の見込み以上ではあったの。てっきり一回きりで今日は出来なくなるかと思ったが、この分なら一週間ほどすれば次のステップに進めるじゃろ。まぁ、それまでに何十回も負け越すことは目に見えておるがの」
そう言ってからからと笑う彼女は思い出したかのようにペナルティについて言及した。
「そうじゃ、今回の命令はどうしようかの?」
「今日と明日の二日間、質問には正直に答えるっていうのはどうでしょう?」
「あ、ではあたしが嘘ついてるか確認しますね」
俺を差し置いて悪魔染みた――まあ、そのうちの一人は正真正銘の悪魔なのだが――話が繰り広げられる中、唯一会話に参加していないケルベロスが鼻をスンスンと鳴らして言った。
「スープのいい匂いがする……村が近いみたい」
「そろそろ着く頃合いじゃと思っておったが間違っていなかったようじゃの」
それから数分後、緩やかな左カーブを曲がりきると直線の遥か先に「ようこそサシャの村へ」と書かれたアーチが見えたが、距離がある為かそれも僅かに読み取れるくらいの大きさだった。
その背後には村の建物であろうログハウスが立ち並んでいるが、ここからでは両脇に立ち並ぶ木々のせいで正面のごく一部しか見えない。そしてアーチの真下には、二人の人影があったが豆粒のごとき大きさでは詳しい姿かたちは見ることが出来なかった。ある一人だけを除いて。
「一人はご主人みたいな男のエルフ。年はイグニス姉くらい。もう一人は褐色肌のエルフ。頭に王冠のっけてるし
いつもであれば眠そうな目しかしていないケルベロスは、二人の人影を読み取るべくその目を見開いて詳細を報告してくれた。先ほどの匂いといい、獣人ということで嗅覚や視覚が鋭敏なのだろう。感心している俺をよそに、それを受けてリィンはまたもからかうように俺に言ってきた。
「ですってお兄さん、第一の村人ですよ。恥ずかしい過去を語る準備は出来ていますか?」
「本当にやらせるんだな……あー、帰りたい……」
長い直線は幸いにも、心の準備を整えるのに役立った。数回深呼吸をしつつ、何をどう話そうかと迷っていると俺の視力でも彼らの姿がはっきりと見えるほどに近づいていた。
一人は黒髪黒目の男性で、見た目は報告通りでイグニスと同じくらい、つまり20台半ばといったところか。俺と同じように黒いローブを着込んでおり、いかにも魔法使いですと言わんばかりの恰好だった。
そしてその横に立っているのは褐色肌に銀の髪、切れ長の赤目をした女性のエルフだった。その頭には魔王候補であることを示す銀の王冠があった。以前レリフにエルフの特徴を聞いた通り、煌びやかな装飾が施されている。
中央には氷のように透き通る水晶がはめ込まれており、それを挟み込むように一回り小さい水晶が、それの外側にもう二回り小さい物が並んでいた。同様の意匠が衣類にもあるあたり、彼女はエルフ族の中でも名家の生まれなのだろう。
俺たちの馬車が二人の前で止まると、男の方が一回お辞儀をして自己紹介を始めた。
「おや、その王冠は……。貴方達もお嬢様と同じ『魔王候補』でしたか。紹介が遅れました。私はカテラ・クラントールと申します。以後お見知りおきを」
俺の名前を騙る男は、あろうことか現魔王であるレリフの事を俺と同じ「魔王候補」だと思い込み話を進めている。ちらりと彼女の反応を横目で伺うが、当の本人は怒りも笑いもしていなかった。
そんなレリフにリィンは耳打ちをする。彼女は俺が耳をそばだてれば聞こえるくらいの声量である種の警告をしてきた。
「気を付けてください。あの二人、何か嘘をついてます。名前は確定ですけど他にも隠していることがあるかもしれません……」
対してカテラと名乗る黒髪のエルフは恭しく頭を下げたまま、指を揃えた左手で横にいる彼女を指して俺たちに紹介した。
「そしてこの方はルウシア・マギウス・フェンドール。後に魔王となるお方でございます」
「余はかの7代目魔王の血を引く者。これを聞いて我に下る気は無いか?さすれば我が魔王に就任した暁には重役の地位を約束しようではないか」
俺の名前を名乗り、レリフが魔王であることを知らない男。そして俺の姓を名乗り、自分は歴代魔王の血を引くと主張する彼女。
村に入って最初に出会った二人は、この上なく恥ずかしい過去を語るにはうさん臭く、相応しくない相手だった。
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