【第十章 名もなき戦い】

◇建都祭


「パトロールって、これのことだったのね」


 普段より賑やかで明るい通りを横目にアリシアが歩いていくのを後ろからついていく。

 その最中にも、祭祀服カソックを崩したような見知った服を着た人たちをそこかしこで見かける。


「ほとんどの隊員が建都祭けんとさいのパトロールに駆り出されてるみたいだね」

毎年羽目はめを外しすぎた数十人のが必ず出てくるんだもの。

 目を光らせておくに越したことはないわ」


 建都祭。

 年に一度、二日間かけて行われる〈終局都市ターミナル〉の祭り。

 一年間、無事に人類が存続できたことを皆で盛大に祝い、これまで犠牲になった人々をいたむ日――というのは建前で、みんな好き勝手に騒ぐ日としてそれぞれが楽しんでいる。

 都市をあげてのパレードやパフォーマンスのような派手な催しはないけれど、商業区ではで店が並んだり、建都祭のみの特別セールなどが行われており、大盛況になる。

 いまも大通りを見て回っているけれど、装飾の施された軒先や立て看板、スピーカーから流れてくる盛大な音楽にはテンションが上がる。けれど、アリシアはいまいちテンションが上がりきっていない様子だった。というのも、


「それにしても勢いで乗っちゃったけど、ほんとに出てきてよかったのかしら。私一応病み上がりってことになってるし、そもそも停学中で謹慎期間なのよね?」

「まあ、そうだね……」


 僕はアリシアが寝ている三日間を思い出して、やるせない気持ちになる。

 というのも、なぜだか僕が学長からお叱りを受けたのだ。それも怒られたわけではなく「青春するなら見えないところでと言ったはずだろう!」とのような小言を一時間ほど延々と聞かされ続けた挙句、必要な処分だからと反省文付きの停学及び謹慎期間を三日間ほど下すという判断の伝言を任された。また僕については『その場にいたのに止めなかった』という理由で同様の処分だった。つまり僕たちはまだ謹慎期間なのである。


「でも、学長は多分何も言わないよ。

 僕たちがバレないようにやってる限りは、って文言付きだけど」


 だからよっぽど目立つような行動をしなければ大丈夫、と言ったのだけれど、アリシアはなんだか不安そうな顔だった。


「バレた時が心配?」

「いえ、そうじゃないの。……私、こういうお祭りに参加した経験がないから、楽しめる自信がなくって。それでイザヤも楽しめなくなったら……って」


 アリシアの言葉に僕は思わず絶句してしまった。アリシアもすぐ気づいたようでどこか慌てた様子で「バカよね、こんなこと言うなんて私らしくもない」と自虐すらしてみせる。


「うん、確かにバカだ」


 だって、


 

「僕はアリシアが一緒ならどこでもなんでも楽しいのに」



 事実、まさに今この瞬間が楽しくてたまらない。

 そんなまごうことなき本心を告げたのだけど、アリシアはぽかんと口を開けたのち、ゆっくりと後ろを向いてしまった。僕が表情を見ようとしても、絶対に顔を見せてくれない。


「あの、アリシアさん?」

「……確かに、私とイザヤの知り合いなんて合わせても片手で数え切れるほどだし、この人混みじゃあ滅多めったに出会わないものね」

「それ完全にフラグになってるけど大丈夫?」


 なんだか心配になることを言い出したと思えば、アリシアは勢いよくこちらを振り返る。

 その頬はわずかに上気して、表情は自信に満ちあふれていた。


「ええ、問題ないわ。この際だもの、どうせなら楽しまなくっちゃね。

〈死妖狩り〉に属する以上、これを逃せばもう客としての参加はできないでしょうし」

「お、おお……何があったかわかんないけど、乗り気になってくれたならよかった」


 連れ出しておいてなんだけど、アリシアは何があろうと病院に戻ってお行儀よくベッドでねんねするつもりはないらしい。いさぎよれ方だった。


「乗り気になってくれたところで、どうする? まず軽く食べるのでもいいけど――」

「アレやりましょうよ」


 僕の返事を待ってましたとばかりにアリシアが指したのは階段上の棚にお菓子やおもちゃなどさまざまな物が置かれているのを大きな銃で撃ち抜く出店。いわゆる射的屋だった。


「え、射的? 一番最初に射的やるの……?」

「うん、一度でいいからやってみたかったの! ほら、行きましょう!」


 そう言って赤い瞳を宝石のように輝かせる様は、年相応の少女だった。

 これは止められない――そう思いながら、僕はアリシアと共に列に並んだ。


 


「つ、つかれた……」


 射的をした後もわたあめを食べたり、かたぬきを一発目で失敗したり、普通のりんご飴だと思って買ったのが血を練り込んだ飴で道端に吐き出す羽目になったり、様々あった。

 こうして自分たちのやったことを思い返すと、故郷の盆祭りを思い出す。

 なんで盆祭りでやるようなことを四月にやってるんだ?とは思わなくもなかったけれど、


「……たのしい」


 いまは甘血入りのりんご飴を舐めているアリシアが僕の見たことないくらい上機嫌で呟くので、それだけでアリシアと祭りに来たかいがあった。

 そんなこんなで次の屋台を探すべく練り歩いていると、人だかりに出くわした。

 人だかりからは時折おぉーという歓声が上がったり、喝采かっさいが聞こえてくる。


「あれ、なんの集まり?」

「私に聞かれても知らないわよ。見たらわかるんじゃないの」


 それもそうかと納得し、人だかりの隙間から中を見てみると、着飾った二人組がおよそ人の手では持てないような物を浮かせたり、取り出したハンカチを一瞬にして燃やした、かと思えば綺麗な状態に戻してみせたり、ただのマジックにしては手が込んでおり、こんな路上でさらりと行えるレベルじゃない。それでもやってのけているということは――


「アニムスで見世物みせものしてるのか」

「そうでしょうね。けど、特殊な場合を除いてアニムスの使用は原則禁止されてるから、もうすぐ〈死妖狩り〉か〈守り人〉が飛んでくるわよ。騒ぎになる前に離れましょう」


 人の波に巻き込まれるのはごめんなのでアリシアの言う通りさっさとその場を離れようとしたその時――


「あー! やっと見つけたぁ!」

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