◇それは日没後の静寂のような
目を覚ますと、知らない真っ白な天井だった。
薬品の匂いが鼻を刺激して、意識がだんだん覚醒していく。
どこかでファンの回る音、遠くでパタパタと聞こえる無数の足音と電子音。
ああ、ここは病院か、と悟る。
そうして、かたわらに人がいることに気づいた。
「おはよう」
そこにいるのはイザヤだった。なんだか眠そうな顔をしている。
「よく眠れた?」
「うん……イザヤは?」
意識は覚醒したけれど、なんだかぼんやりとしていた。
「八時間は寝たよ。大丈夫」
「でも、眠そう」
「まぁ、三日で八時間だからね」
「……三日?」
どういうことなのと首を傾げれば、イザヤは言った。
「死んだんだよ、アリシア」
あっけなく、己の死亡が告げられた事実を、私は数秒ほど飲み込めなかった。
「あの後、全身の出血とアニムスの使用による失血死をして、病院に担ぎ込まれて蘇生処置をされてから昏睡。そのまま二日が経過。そして三日目の二十一時間とちょっとが経って今に至る、って感じかな」
「そう……」
布団の中から自分の腕を出し、かざしてみる。
包帯でぐるぐる巻きにされながらも、無くなったはずの左手はそこにあった。
そうか。私は死んだのか。
初めての死はあっけなかった。
もしかしたら、灰化する時も、こんなあっけないのかもしれない。
そんなことを思いながら時計に視線を向ければ、九時を回ったところだった。
そうして回る秒針を見た私は、脳に電撃が走ったような感覚とともに思い出した。
「ねっ……うぅぅぅぅ!」
思いっきり起き上が――ろうとして、全身に激痛が走り、
一瞬、体がバラバラになる錯覚が脳裏をよぎった。
「なんで急に飛びあがろうとした⁉︎ いくら死妖だからって流石にまだ――」
イザヤが心配の声をかけてくれるけれど、私はそれを
「ねえ、ザラは⁉︎ ザラはどこ⁉︎」
すっかり忘れていた。私はまだ伝えていないことがあるのに。
「ザラは……」
イザヤが言い淀み、ドアの方に視線を逸らす。まさか失踪したとでもいうのだろうか。
それならどこまででも追って探さなければならない――覚悟に近い思いを抱いたその時、ガラリとドアがスライドした。
「そんな呼ばれなくてもいるし」
果たしてそこに立っていたのは、すらりとして背が高く、厚めの化粧をしている少女。よく手入れされたブロンドヘアのポニーテール(シュシュ付き)を揺らし、こちらを見下ろすクルミ色の瞳に宿る光はどこか穏やかで。
間違いなく、私の求めているザラ・オーベルだった。
隊服姿のザラはこちらまで歩いてくると、片手で担ぐようにして持っていた花束を、まるで重いものでも落とすような素振りでイザヤへと渡した。それから私を見やって、
「お見舞いの言葉とか、なんだとか、そんなのアタシから求めてないだろうし、手っ取り早く本題だけ言う。あの時の続きをなんて言おうとしたのか、それを聞きに来た」
果たして、ザラの目的も同じだったらしい。
「パトロール前で時間がないから言うなら早く言って。忘れたっていうならもう行くし」
もっと時間をかけようと思っていたのに、有無を言わさぬ口調で告げられた言葉に私は自然と続きを述べていた。
「辛い時は同じ部隊の子を頼ってあげて」
言ってしまえばそれだけの話。でも、胸が張り裂けそうなほど辛かった。だって、
「私たちじゃ頼りにならなかったから」
笑ったはずなのに、自分の頬を温かいものが伝っていくのがわかった。
袖で拭ってから改めて顔を上げれば、ザラが頭を下げていた。
「これまでのことは謝る。ごめん」
私はなんと言えばいいかわからなくて、彼女の綺麗なつむじを惚けたように見つめ続けることしかできなかった。やがて、ザラが顔を上げて、
「それと、決闘はアタシの負け、だからもうアンタらには関わらない。それじゃ」
「ザラ!」
部屋を後にしようとする後ろ姿に声をかける。
「また明日」
返ってくる言葉はなくて、ただ静かにドアが閉められた。
けれど、閉まる直前、確かに聞こえた。
「明日は休みだっつーの」
◇ ◇ ◇
病室には再び静寂が訪れて、アリシアは脱力するように身体をベッドに投げた。
「終わったってことでいいのかな」
「わかんない」
僕の問いにアリシアはあいまいに返し、それから天井を見つめてぽつりと言った。
「ザラは私を殺さなかった」
「えっ?」
「私が戦闘の末に失血死しただけで、ザラが私を殺したわけじゃない」
ザラは、友だちを最後まで殺さなかったんだ」
アリシアは純粋に、透明に、友を想う言葉を口にする。
「あんなに優しくて強いのに、ううん、だからこそ一人で全部抱えてる」
「……ひとりぼっちなのは、ザラの方だったんだろうな」
これから救われるかどうかは、わからないけれど。
救いがあればいいなと、そう思う。
そんなことを思いながらアリシアを見やれば、いつの間にか起き上がって、僕を見つめて微笑んでいた。
「イザヤも、ありがとね」
「僕は見てただけだよ」
「見守っていて、ってお願いしたのは私だもん。
だから聞いてくれてありがとうってこと」
その微笑みは何より尊くて、僕は全身を突き動かされるような感覚を得ていた。
同時に、なかなかの気づきも。その答え合わせをするべく口を開く。
「アリシアってさ」
「うん、なに?」
「普段の喋り方、実は作ってるよね」
「は……え?」
なんのことかわかっていないらしく、それはもう目をまんまるにするアリシアに、僕はそう思ったワケを語り始める。
「今みたいな寝起きとか焦ってる時とか結構わかるけどさ、素の喋り方はすっごい幼いっていうか可愛いっていうか痛い! 叩かないで!」
全部を語り終えるまでに必死の形相になったアリシアが枕で僕をぶっ叩き始めたため、僕は語るのを中断して防御を
それでもめっちゃ痛い。死妖と
けれどアリシアはそんな余裕ないらしく、真っ赤な顔で枕をぎゅううと抱きしめる。
「作ってるのが何よ! 舐められないために武装することの何が悪いのかしら!」
「いやっ、素を知れたのが嬉しいというか、素で喋ってくれる相手になれたのが達成感というか、そういう感じで。意地悪するつもりはなかったんだから枕を構えないでそれ以上叩かれると僕が死ぬ!」
必死の訴えが通じたらしく、アリシアはまだ頬を赤く染めながらも枕を下ろしてくれた。
そうして赤い顔を背けながらも、弁明のようなことを口にする。
「別にこれが素ってわけじゃないわ。気を張ってたら、いつの間にか癖になってたのよ。
だから使い分けてるつもりもないし、話し方を変えろと言われてもできない」
「そっか」
「ええ」
僕たちは同時に沈黙し、
持ちかけるなら、今しかない。
もう一つの問題を終わらせるときだ。
「さっきさ、ザラが明日は休みだって言ってたじゃん」
「ええ、私が死んでから三日経っているのだとしたら、今日と明日は祝日のはずよ」
僕が窓の外を見やれば、アリシアも見やる。
「アリシア、提案があるんだけどさ」
「なに?」
僕は窓の外を指さして、笑いながら言う。
「お祭り、行ってみない?」
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