◇それは暮れる夕日のような


「――


 私の言葉にザラの表情が凍りつく。


「あなたは私を殺そうとしてない。いえ、戦闘不能にすらしようとしてない」


 なぜなら、


「あなたが本気なら、私は校舎裏の時点で殺されていた」


 ザラの《鉄の処女アイアンメイデン》は初速250メートル/毎秒という亜音速で鉄塊を飛ばすことすら可能な人間兵器とも呼べるアニムス。その能力の危険性により、徹底的なコントロールは急務であるとして中等部の頃から血の滲むような訓練を義務付けられてきた。

 おかげで高等部に上がる頃にはほとんどの場合において完璧なコントロールが可能になっていた彼女が本気になれば、死妖と言えどほぼ生身の私が敵う道理はないのだ。

 また、川岸での戦闘が例外を引き起こす可能性を考慮していなかったはずもない。

 なのにザラは今回の戦闘に限り河川へ向かった。まるで、私を誘い込むかのように。


「こんな、今までやってきたことを無為むいすような真似はあなたらしくないわ。

 ……どうしてこんなことを?」


 ザラはしばらく答えなかった。十秒、二十秒と経って、ふいに口を開いた。



「もう疲れたんだよ」



 ザラの表情は、無ではなかった。

 そこにあるのは“諦め”だった。

 さまざまな感情が入り乱れて、それらに決着をつけるのを諦めた結果の。

 何に、とは問えなかった。

 私がそのどうしようもない“疲れ”の一端を担っているであろうことは事実だったから。


「だから殺してよ。殺してさっさとおしまいにしてよ」


 懇願こんがんするように殺してくれと口にするザラに、それでも私は首を振る。


「殺さない」

「は……?」

「私は絶対に殺さない。あなただけは、何があろうと絶対に殺さない!」


 ザラの瞳に混乱、困惑、怒りの順で感情が宿っていく。


「なに言って……また『私には殺す権利がない』とか言うつもり? ふっざけんのも大概にしろよ! こんだけ好き勝手やられた相手にお情けってか。いいから殺せよ!」


 こちらに掴みかかって吠えるザラに、私はなお叫ぶ。


「あなたが殺して欲しいのはこれまでの罪の意識であがないを求めてるだけ!」


 右手だけで逆に掴みかかって、


「死んで、逃げようとするな! ザラ・オーベル!」


 結局、それが私の言いたいことだった。

 ザラはこの半年間、ずっと終わりを望んでいた。

 終わらせたくて、死地を求めるようにして、戦場を彷徨い続けていた。

 日に日に濃くなっていく化粧の下に、睡眠不足のくまが隠されていることを知っていた。

 私はそれが苦しくてたまらなかった。

 きっとザラは私にだけは言われたくなかっただろうし、私だって自分だけはこれを口にする権利がないことを自覚している。それでも、誰かがザラに伝えなきゃいけなかった。

 全部が手遅れになる前に。

 ザラは瞳に涙を浮かべて言う。


「わかんないよ……じゃあどうすればいいんだよ! 教えてよ!」

「進むしかないわ。辛くても。だから――」


 その先を口にすることは叶わなかった。

 血が足りなくなり、私の意識に限界が来てしまった。


「――――、――――!」


 寝転んだ私にザラとイザヤが呼びかけているのがわかるけれど、眠くて何も返せない。

 それでも私は目の前の金色に手を伸ばして、言った。


「きれいなかみ」


 私は暗闇へ落ちていった。


 ◇ ◇ ◇


 気づけば私は見知った道を歩いていた。

 それも、一人じゃない。


「ザラってさー、すっごい頼りになるけど、あたしたちのことはぜんぜん頼ってくんないよねー。なんかさみしー」

「いやー、こんなに頼りがいのない子もいないでしょ」

「なんだとこの! 喧嘩か! 喧嘩するか⁉︎」


 前を歩くのはフーリとツカサ。

 懐かしい二人に、私は泣きそうな気持ちになりながら気づいた。

 これは記憶、あるいは夢。きっと、あの事故の直前の。

 だって、ザラの姿が見当たらない。

 確かこの時、ザラは委員会の役職会議に出ていたはず。

 重要な任務を任されることもあれど、〈死妖狩り〉は部活動などと同じ括りだから、学院内の活動が優先されるのは仕方のないことで。

 そして差し迫った急務もなかったから、ザラは後から合流するということになっていた。

 そんなことを思い出していると、ぷりぷりとかわいらしく怒るフーリが私の方へ勢いよく振り返ってきた。


「あーちゃんはどう思う⁉︎ あたしたち頼りがいなくないよね⁉︎」

「ちょっと、アリシアちゃんを困らせないの。

 アリシアちゃんもこんなの雑談だから、流していいからね?」

「いーや! これはあたしたちの部隊存続をかけた重要な議題!

 しっかり答えを出してもらわなきゃ! ということでどうぞ!」


 ビシッと手が向けられて、私は答えなくてはいけなくなった。

 この時、私はなんと答えたのだったか。ああ、確か――


「頼れないんじゃないかな」


 私の言葉に、二人は首をかしげる。言葉が足りなかったと反省しながら付け加える。


「頼り方がわからないんだと思う。ほら、ザラって不器用でしょう」


 強くて、優しいけれど、甘え方を知らない彼女。だから、


「頼ってもらえるようにしなくちゃね」


 辛い時もあるけれど、一緒ならなんとかなる。

 そう言ったのは他でもないザラ自身なのだから。

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