◇それは夜明けの光のような


 中等部三年も後半に差しかかった頃に転入した私は、ほどなくして高等部に進学した。と言っても中高一貫校である望が丘ではメンツがほとんど変わることなく、通う校舎も真隣になっただけだった。それでも、大きく変わることと言えば、


「……私と一緒に〈死妖狩り〉を?」

「そ、アリシアとなら絶対うまくやれるし」


 高等部に入って大きく変わること。

 それは〈死妖狩り〉への所属および入隊が可能になること。

 そしてザラは中等部の頃から『高等部になったら〈死妖狩り〉に入っててっぺんを取る』と言い続けていた。


「昨日からメンバーどうしよ〜ってずっと悩んでたんだけど、『あ、アリシアならいけんじゃん』って気づいちゃってさ。もうアリシア以外ナシ寄りのナシになっちゃった♪」


 た、のタイミングでザラは見事なウィンクをした。マスカラを塗ったまつ毛がしばたき、化粧メイクのされた肌が夜の薄暗さでも眩しく映える。元から華やかさのあったザラだけれど、高等部に上がって化粧をし始めた彼女はことさら華やかになった。

 いわゆる高校デビューというものだ。メンツはほとんど変わらないのにも関わらず、明るく変わり続けるその姿勢に私は尊敬の念すら抱いていた。

 だから尚更なおさら、わからなかった。


「な、なんで私なの? もっと良い人いると思うんだけど」

「いやいや、運動神経良いじゃん!

 今日の身体測定だってクラストップだったの知ってるんだから!」

「い、いくら運動神経が良いって言っても〈死妖狩り〉に入るのにはワケが違う!

 私一人じゃきっと力になれないよ……」

「そりゃ一人じゃ無理っしょ! でも実はもう他のメンバーは集めてあるんだよね」

「え」

「はい、それぞれ自己紹介して!」


 そこで私は初めて後ろに控えていた彼女たちを認識した。

 ザラに促された彼女たちはそれぞれ更科さらしなフウリと縒葦よりあしツカサと名乗った。

 小さくて元気いっぱい、可愛らしいアホ毛がトレードマークのフーリ。

 落ち着いた雰囲気で、中等部の頃から成績優秀者で有名だったツカサ。


「どう? 我ながらいい人選でしょ。二人とも中等部の頃からキープしてたんだから!」

「……うん、ザラらしいと思う。バランスが取れてる」

「だしょ⁉︎ 辛いこともあるだろうけど、アタシらならなんとかなるっしょ! んね!」


 ザラが振り向いて言えば、フーリとツカサは仲良く「「ねー‼︎」」と唱和した。

 この時の私の心情を正直に述べると、私は羨ましかったのだと思う。

 彼女たちの輪に自分も入りたいと、願ってしまった。

 もう一つ“羨ましい”より強い理由があったのだけれど、何はともあれ、私は頷いた。


「……わかった。私でいいなら、力になれるよう頑張ってみる」


 後ろで二人が「「やったー‼︎」」とハイタッチしている中、ザラは私を見やって言った。


「アリシア、やっと笑ったし」

「え……やっと、って?」

「ここ最近ずっと塞ぎ込んでるみたいだったから。

 元気が少しでも出たなら良かったなって」

「あ……」


 それこそ、私がザラの誘いを承諾した最も大きな理由。

 つい先日、サヨさんがいなくなったばかりだった。

『ちょっとコンビニ行ってくる』とでもいうような調子で出て行ったくせに、次の日学長からは『もう戻ってこないと思った方がいい』などと言われたら半の人は衝撃を受けるだろう。というか受けない方がおかしい。

 もちろん私も“大半の人”に含まれ、ショックから立ち直れずにいた。

 朝起きても、家に帰っても、嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても、一人。

 ぽっかりと心に穴が空いたようで、何をしても、しなくても虚しかった。


 一言で言えば、私は寂しかったのだ。


 だから、その誘いは当時の私にとってこれ以上ない救いだった。


 ◇ ◇ ◇


 迫り来る鉄塊を認識し、その対処を脳内で下すより先に首を傾ければ、耳元で火がつけられたような身の毛もよだつ音を立てながら鉄塊が通り過ぎていった。

 戦場はとっくに校舎裏から飛び出し、私たちは並走するようにして河川へ向かっていた。

 私は走りながら、声を張ってザラに問う。


「ねぇ、ザラ。一つだけ過去をやり直せるとしたら、あなたは何をするかしら?」

「はぁ? 何いきなり。こっちの集中力でも削ぐつもり?」

「いいから答えて!」


 私が叫ぶように問えば、


「そんなの決まってるし――」


 ザラは吠えるように答えた。



「アンタなんかを誘った! 世界で一番、バカな自分アタシを! ぶっ殺すッッッ!」



 両腕をすくい上げるようにして胸の前で思い切り交差させ、それを逆手にして再び開く。

 それがどういう攻撃か、私は知っていた。

 けれど、避けられなかった。

 ザラの攻撃は私が知っているよりもはやく、するどく、つよかった。

 この半年で、ザラはさらに高みへ昇っていたのだ。


「ぐぅ――っ!」


 すんでのところでかわしたつもりだった私の横腹を鉄片が容赦無く抉り、私は無様に吹き飛ばされた。うめき声をあげながらもなんとか体勢を立て直し、傷を確認する。

 ――右の肋骨が下から二本ほどられた。

 けれど、この程度でへこたれるようでは勝ち目なんてない。

 なにせ私はザラの攻撃を避けるばかりで、いまだにかすり傷一つ与えられていないのだ。


「アタシにばっか聞くんじゃなくてさ、アンタも教えてよ。

 過去に戻れるなら何すんの?」


 余裕のザラが逆に問うてくる。

 私はゆっくりと立ち上がり、正面からその顔を見据えた。


「私は――きっと、正直に全て話すわ。あなたに……いえ、あなたたちに」



「そうして全部話したら、友だちになってって、改めてお願いするの」



 拒絶されるだろうか。きっとされるだろう。

 それでも私は何度でもするつもりだ。

 だって、そうしてくれると先に示したのはザラだったから。


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