【第九章 彼女たちの決着】

◇望む願いへ決闘を


 最悪な関係、と呼ぶべきものがあったとする。


 それが、アリシア彼女ザラに当てはまるとしよう。


 おまけに運命で定められた必然であったとして。

 

 それでも、最初の出会いは最悪なんかじゃなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ヘンな髪」


 望が丘学院の中等部に転入した日、それが私にかけられた最初の言葉だった。

 自己紹介の直後に放たれたその言葉は、私を端的に表していた。時勢的にも転入生というモノがほとんど存在しない上、世界中から移民が集まり多種多様な人種が入り乱れる空間においてさえ、なお目立つ白髪と赤目。

 私を異端たらしめる、決定的な言葉だった。

 ……ううん、本当はわかってた。

 それは私を異端たらしめようとして放たれた言葉じゃない。

 ただの感想だ。

 それも、クラスメイトたちに向けた感想。

 まだ来たばかり異分子である私をクラスメイトと認識していないがゆえの、率直な感想。

 それでも、クラスメイトたちは固まっていた。

 先生も固まっていた。

 無論、私も。

 それでも、唯一ひとりだけ立ち上がった子がいた。

 それはちょうど自己紹介をする私の前の席だった。


「エリアス! 女子になんてこと言うの!」


 矛盾するようだけど、それは滑らかなハスキーボイスだった。覇気があり、一声聞いただけで好きになれる、歌うような声音。その声音の持ち主は続けて言った。


「謝って! 今すぐに!」

「えぇ〜……」

「えぇじゃない! またぶっ叩かれたいの⁉︎」

「ご、ごめんよぉ」

「アタシじゃなくてあの子に謝って! ほら!」

「ご、ごめんなさい!」


 私に「ヘンな髪」と言った男子がよろよろと立ち上がって、情けなく頭を下げる。けれど、私はあいまいに頷くことしかできなかった。

 ハスキーボイスの持ち主は私の方に向き直って、どころか私の前までやってきて手を握った。


「ごめんね、アイツも悪気は無いの。ただアホなだけだから許してやって」

「誰がアホだよ!」

「アンタよアホンダラ!」


 そのやりとりに、クラス中から笑いが起きる。

 先ほどの固まった空気はどこにもなかった。


「アタシ、ザラ・オーベル! ザラって呼んで!」


 収まらない笑いの中、その子は私の頭をでて、笑って言った。


「アリシアの髪、すっごい綺麗ね!」

「……あなたの髪も、とても綺麗」

「そーお? ありがとっ!」


 それが、私とザラの最初の出会いだった。


 ◇ ◇ ◇


 沈黙する私たちの間を夜風が吹き抜けていき、お互いの髪を揺らす。

 最初に口を開いたのはザラだった。


「こんな真夜中にごきげんうるわしゅう、死妖姫。今日もお綺麗ですことねぇ?」


 口元だけを皮肉に歪め、アニムスの光を宿す瞳は少しも笑っていなかった。

 対して私は余裕を口元に含み、平然と言葉を返す。


「丁寧なご挨拶をどうも。あなたの髪もあいかわらず綺麗ね」


 出会った頃から唯一変わっていないそれを褒めれば、ザラの表情が一瞬強張った。けれどすぐに元の歪んだ笑みに戻って、


「隊員のピンチに駆けつける素晴らしい隊長ぶりには感心するけど、はっきり言ってお呼びじゃないんだよね。今すぐ帰ってくれない?」

「ウチの隊員を勝手に脱隊させようとするのを見過ごすわけにはいかないでしょう。

 これまでにも似たようなことを散々されて、私も我慢の限界なの。だから――」


 私はポケットから取り出したをザラに向かって放る。

 受け取ったザラがつまむようにして広げたのは、白い手袋だった。


「あなたに決闘を申し込むわ。ザラ」

「決闘……って、バカなの? そうじゃなきゃガキか」


 ザラは鼻で笑った。当然の反応だ。私だって逆の立場なら同じことを言っている。


「バカで結構、ガキでも結構。私は本気よ」


 それでも私が言い切れば、ザラは手袋から視線をあげてこちらを睨んだ。


「本気で何を賭けるつもりなの?」

「もちろん、あなたの望むことを。

 私が負けたら私は二度と〈死妖狩り〉には入らないし、学校も変えるわ」


 その言葉に真っ先に反応したのはイザヤだった。


「ちょっ、アリシアそれはまずいって! 考え直そう⁉︎」

「いいからサヨは黙ってて! というかなんでそんな弱気なのよ!」

「だってそしたら僕も学校変えなきゃいけないし……」

「人が負ける前提で話すなっ!」


 信じられない。私が勝つことを信じて黙って後ろで腕組みでもしてればいいものを。

 あとでしっかり文句を言ってやると心に決めつつ、私はザラの方へと向き直る。


「ごめんなさい。邪魔が入ったわ」

「別に。っていうか、ホントに仲いいんだね」

「まぁ……そうね」



「――――殺そうとしたくせに」



 酷薄な笑みを浮かべたザラの発言を私はあえて無視した。あの時の私の選択について、私とイザヤ以外に何かを言う資格はないし、言われる筋合いもない。


「私からの要求は『私が勝ったら二度と私の邪魔をしないこと』よ」

「アタシがヤだって言ったらどーすんの?」

「そしたらこの話はおしまい。これからもこれまでと同じような日々が続いていくだけよ。

 あなたは私を目の敵にして、私はサヨとミツキと共に〈死妖狩り〉を続けていく」

「…………」


 ザラは押し黙り、決闘を受けるかどうか考え込む素振りを見せる。

 それでも私には乗ってくるという確信があった。だって、ザラの望みは『私が〈死妖狩り〉などせず、黙って生きていくこと』――究極的には『私が何もしないこと』だ。

 果たして、ザラは決闘を受けた。


「……いいよ。わかった。で、具体的には何すんの?」

「シンプルな殺し合いよ。先に相手を戦闘不能にするか降参と言わせたら勝ち。第三者を巻き込むのはなし。人質とかに使うのも含めて、ね。巻き込んだ時点で負けとします」

「第三者が乱入してきた場合はどーすんの?」


 言いながら、ザラがイザヤを見やる。第三者、ではなく特定の人だった。


「もちろん私の負けでいいわ」


 何もしないでと言ってあるから、流石に乱入してこないだろうけど。


「わかりやすくていーじゃん。いつやるの?」

「当然、今からよ」


 そう言いながら私が思い切り後ろへ飛び退った瞬間、私のいた場所にいくつもの鉄塊が殺到さっとうした。

 無数の鉄塊に抉り砕かれたアスファルトが土埃つちぼこりとなって舞い上がる中、回収した鉄塊群を自らの周囲に浮遊/展開させたザラが面白くなさそうな顔をする。


「なに、アンタらアタシの初撃は避けられるようにできてんの?

 それともアタシがヘタなだけ?」

「どちらでもないわ。『何かあった時のために上空60メートル付近に鉄塊を用意して浮かせてある』って教えてくれたのはあなた自身でしょう」


 ザラは驚いたように目を見開き、それからき込むように苦笑した。


「覚えてたんだ、そんなこと」

「忘れないわ、いつまでも」


 忘れるわけがない。

 あなたと――あなた達と過ごした時間は、私がただの少女として過ごした最初にして最後の、唯一の時間なのだから。


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