◇真夜中の対峙
「こんばんは」
「ん、どーも」
互いに挨拶を交わすと、ザラは軽い足取りでこちらに歩いてくる。
僕は努めて普段通りに、けれど油断なくザラと対峙する。
「隊服着てるけど、これから任務?」
「そんなトコ。汚れ仕事になるだろうから着替えてきたって感じ」
「その割には同じ隊の子が見当たらないみたいだけど」
僕の指摘に、ザラは軽く笑んでみせる。
「アタシひとりでやれるから置いてきた。
こんなことにいちいち全員で出向いてちゃ時間と労力の無駄だし」
「へえ、ずいぶん自信があるんだね」
「まーね。だって――」
ザラが笑みを深めて首を曲げたその瞬間、月が欠けた。
「人ひとり殺すならこれで十分だし」
その言葉の意味を考えるより先に、僕は懐から取り出した
刹那、金属同士の甲高い衝突音が広場に鳴り響き、遥か頭上から飛来した金属片が遥か後方へ飛んでいく。
「避けんなし。他の誰かに当たったらどーすんの」
「理不尽だな! 避けたんじゃなくて弾いただけだし、あっちには河川しかないよ」
そう。僕がこのまま
助けを求めるためには目の前に立ちはだかるザラを越えねばならず、そんなことができるならそもそも助けを呼ぶ必要などない。
……まあ、助けを求めるつもりなんて最初からないけど。
「別に隠すつもりもなかったけどさ、アタシがこうするつもりだってわかってたんだ。
なんか意外。人畜無害そうな顔してるのにやるじゃん」
「そりゃ『絶対後悔させてやる』なんて言われたら、嫌でも警戒するでしょ」
教室を去り際、ザラが向けてきたあの視線。思い出すだけで背筋に寒気が走る。
それほどに、あの時のザラは鬼気迫っていた。
そしていま目の前に立つザラからも、同様のモノが見え隠れしている。
――――本気でこちらを潰そうという意志。
けれど、口調だけは普段の調子でザラは唐突な提案をしてくる。
「ふぅん……そういうことならプランへんこー。サヨちん、アタシと取り引きしよーよ」
「取り引き?」
「そ。アタシさ、あの子――アリシアが〈死妖狩り〉してると困んだよね、色々と。
だから邪魔したり勧誘してたわけなんだけど」
「知ってるよ。家庭環境が複雑なんでしょ」
僕がオブラートに包んで言えば、ザラはぽかんと小さく口を開けた。次の瞬間、ザラの瞳に殺気が宿り、周囲のありとあらゆる金属がメリメリというイヤな音を立てた。
ザラがその気になれば、一秒後には全方位から鉄塊が殺到することだろう。
「誰から聞いたし、それ。……アリシア?」
「それは言えない。けど、アリシアではないとだけ言っておく。
あとで本人に確かめてもいい」
「うっざ……まぁいいや。そういうことなら話はわかってるっしょ。サヨちんがあの子との部隊を解散してくれたらアタシはもうアンタらに手を出さない。出す理由がないからね。
それにお礼、というかこれまでのおわびとして五百万出す。どう?」
「五百万、というと」
「金だよ。現金。マニー」
毎度ながら、出してくる提案だけは魅力的である。
五百万というのは学生がおいそれと稼げる金額ではないし、僕の故郷とは違い物価が10倍以上のハイパーインフレしている〈
やっぱり僕がなんの事情も知らないただの学生であれば一も二もなく提案を受け入れていただろう。けれど、残念ながらそうではない。
「……それ、断るって言ったら?」
「いいよ、別に。そしたらあんたが頷くまで痛めつけるだけだから」
「ハナから殺すつもりで来てたのによく言うよ」
「んなわけ。殺すと蘇生処置の諸々で金とか手続きとか発生してめんどいし、せーぜー腕一本飛ばして終わりのつもりだったよ」
こちとらその一本で終わりなんだよ、とは言えず押し黙る。
「んで、どーすんの」
「答える前に、一つだけ聞きたい」
ザラは言葉を発さずに、すんと鼻を鳴らした。
僕はそれを肯定の意と捉えて続きを述べる。
「更科フウリを灰化させたのはどうして?」
「どうしてって、何、逆にどうして? まさか殺して欲しくなかったの?
ウケる、あのままだとアンタらも吹き飛んでたんだけど」
「単純に気になったんだ。君たちは同じ部隊だったんだろ。
だからアリシアは殺せなくて、代わりの手段として僕を殺そうとしたんだ」
「は? 何でサヨちんを殺すの? 気でも狂ったわけ、あの子?」
「犯人が『オーバーロードを止めたければ代わりに今いる仲間を殺せ』って指示してきたんだ。だからアリシアは僕を殺すことを選んだ」
「は……きも。はは、何それ、ホントきもいんだけど。
なんだ、じゃあやっぱりアタシが殺すんで合ってたんじゃん」
「合ってた……?」
「あの子――アリシアはさ、誰も殺せないんだよ。『私には殺す権利がない』とか言ってさ。ウケるでしょ。だからアタシが代わりに全部トドメ刺してた。あの日にアニムスを使ったのだって、アタシがいなかったからだよ」
笑うように言って、ザラは瞳を閉じる。
「それでアタシの世界はめちゃくちゃになったっていうのに……!」
そうして開かれた瞳には、全てを焼き尽くしてもなお消えることのない憎悪の炎が燃え盛っていた。その温度に
「じゃあ直接本人に言えばいい。お前のせいでめちゃくちゃになったんだ、って。
責任取れよ、って」
「言ってるし。もう何度も」
「へえ。らしいよ、アリシア」
「アリシア? ――――っ!」
瞬時に現れた気配に即応し、ザラは後方へ飛んだ。
振り抜かれた刃が空を切り、半円状の軌跡が描かれる。
軌跡の描き手は背にした月光で
「嘘つきね、ザラ。私はあの時から、あなたの正直な言葉を一つも貰ったことないわ。
ただの一度としてね」
「アリシア……っ!」
真夜中。誰もいない校舎裏で
ここからは、彼女たちの時間だ。
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