【第六章 連続失踪およびテロ事件と彼女の選択】

◇連続失踪事件


 連続失踪事件。

 それは昨年の十月ごろから今年の四月までにかけての約六ヶ月間で合計七回起こった謎多き事件であり、その被害者はいずれもが二十代前半から十代にかけての若い女性。それだけでなく、彼女たちにはある共通点があった。

 ・全員が数ある連続テロの現場に居合わせて、怪我を負った人であるということ。

 ・テロ事件の起きた直後ではなく、なぜかに突然失踪するということ。

 つまるところ、連続失踪事件と連続テロ事件は不可分のもので、本来はこう呼ぶべきだったのだろう。

 連続失踪およびテロ事件、通称〈血の遺文事件〉と。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アリシアには『待っていてもらう』と言われたけど、待っている場合じゃなくなってしまった僕たちはアリシアを追いかけるべく、色とりどりのガラスが散乱したデパートメント内の中央フロアを駆け抜けていた。

 今は照明がことごとく割られ、ありとあらゆる品々がぶちまけられているせいで普段の様子など見る影もないが、四階までぶち抜きの中央フロアから見上げる内部は唖然あぜんとするような広大さと内装の絢爛けんらんさで、終末期以前の世界の平和さが垣間見える。


「それで、アリシアが部隊を組んでた子が最初の被害者だったっていうのは本当なの?」

「はっ、はいぃ。それまではすごい勢いで事件を解決してたけど、それがきっかけで、アリシアさんのいる部隊は解散したって、クラスの子に教えてもらいました」

「そっか」


 どうやら本当らしい。アリシアが言っていた目的とはこのことだったのか。


「ただ、決定的な理由は、また別に、あるようでして……」


 伊丹いたみさんの続く言葉に僕は口を挟まず、エスカレーターの階段を駆け上がっていく。


「なんでもぉ、アリシアさんの血に関することが、ザラさんとの間に、亀裂を生じさせたらしいんです、よねぇ」

「ザラ? なんでザラが出てくるの?」


 思わぬ人物の登場に思わず首だけで振り返ってしまった。


「今は違いますけどぉ、ザラさんも、同じ部隊だったんですよぉ」


 なるほど、そういう因縁いんねんがあってあんなに突っかかってきのか。謎が一つ解けた。

 けれど、同時に新たな疑問がいくつも生じている。


「血って言うと、物理的な方? それとも血筋的な?」

「……そこまでは、わから、ないです……」


 荒く息をしながらそう言ったところで、ついに伊丹さんが立ち止まったのを見て反射的に僕も立ち止まる。


「伊丹さん、すごいキツそうだけど大丈夫?」

「だいじょばないかも、ですぅ……ひぃー」


 フロア中央に横たわる、四階までつながっている長い長いエスカレーターを駆け上がる途中、息も絶え絶えという様子で膝に手をついていた。


「ちょっと、呼吸がしにくくて……

 これ以上走るのは、ちょっとキツいです……」


 伊丹さん同様、僕もデパートメント内に入ってから呼吸のしにくさ=空気の変化を感じていた。明らかにのだ。


「なら戻ってていいよ。この場にいなくてもできることはあるし。

 そもそも伊丹さん後方員でしょ」

「いえっ、そういうわけにはいきませんよぉ! だってこれは恐らく例の……きゃっ⁉︎」


 勢いよく顔を上げた伊丹いたみさんが何事か口にしようとした瞬間、上階から暴風が吹き抜けてきた。エスカレーターを転がり落ちそうになる伊丹さんの手首と手すりを掴み、なんとかやり過ごす。


「なんだ今の……屋内だぞ、ここ」

「や、やっぱりそうみたいです」

「そうみたいって何が」

「決まってるじゃないですか……!

 アリシアさんのご友人がいるんですよ、ここに!」

「な――っ⁉︎」


 僕が言葉を返すより先に再び暴風が吹き抜けた。それも、先ほどよりはるかに強い勢いで。

 とっさに顔を腕でおおう寸前、上階から落ちてくるガラスやあらゆる物体と共に、人影が二つ飛び出してくるのが見えた。片方は明らかにアリシアのもので、上階から投げ出されたその身体はフロア中央の大きな噴水の水たまりに、水柱を立てて墜落した。


「あ、アリシアさん! あわわわ、わたしはどうすれびゃ……」


 慌てる様子を見せる伊丹さんが僕と墜落したアリシアを交互に見やる。

 僕はこの場における最適な行動と優先順位を取り決めるべく二秒ほどし、伊丹さんに指示を出す。


「伊丹さんは今すぐここから出て本部に警報アラートの引き上げ申請を!

 その後は安全な場所で隠れてて! 全滅だけは何があっても避けないと!」

「は、はいぃっ!」


 伊丹さんがエスカレーターを駆け降りていくのと同時に、僕はアリシアの名を叫びながらその行方を追って噴水に飛び込んだ。


「アリシア、大丈夫⁉︎」


 そのまま噴水に墜落したアリシアを水場から引き上げ、必死に声をかければ、アリシアは浅い呼吸ながらも無事に言葉を返してくれた。


「なんとか、ね……。でも、交渉の余地すら無かったわ。

 こんなことになるなら、最初からあなたたちにも来てもらえばよかったかも」

「僕たちが行ってもあの風で飛ばされておしまいだったよ。

 ……で、あれが今回の犯人で、アリシアの友人なんだな?」

「ええ……更科さらしなフウリ、私が初めて組んだ〈死妖狩り〉のメンバーだった子。

 そのはずなのだけれど……」

「何かあるのか」


 僕の問いに、アリシアはこくりと頷く。


「喋りかけてもまともに反応してくれないの。フーリが無視してるのか、私の声が聞こえていないのかすらわからない。〈守りヴェシター〉はどうやってあの子と会話をしたのか……」


 そう言ってアリシアが見つめる先を僕も見やる。

 長い長いエスカレーターの途中でそちらへ上がるのを阻むように立つ、白地に金糸で文字が編み込まれている外套ローブを身に纏った小さな人影。フードのせいで表情はよく見えず、ゆいいつ確かなのはフードの奥に覗く、緑色の光を放つ虚ろで妖しい瞳だけ。

 じっと彼女の瞳を見つめ続けていると、ふいに更科さらしなはローブごと腕を上げた。


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