◇なぜなら


 学長から緊急任務を与えられた僕たちは全員が隊服を着用していたこともあり、すぐさま出動した。

 指定の場所に向かうべく、緊急時のみ使用が許されている空中環状線を走る血動装甲車の中、アリシアの激しいと激しい風に運転に揺らされながら任務の説明を受けた僕は頭の中で整理した、そのはずの一文をゆっくりと口にする。


「えー、要するに『連続失踪事件の被害者が立てこもり犯で、アリシアとの面会を要求してる』……ってこと?」

「人に聞かされると何言ってるんだろうってなるけど、そうよ。その通り」

「僕も自分で言ってて何言ってるんだろってなったよ」


 突然に降って湧いた緊急任務、その内容を一文にまとめたら、というか事実だけを抜き出したらこうなるのだ。でもこれだと流石に背景や状況が分からないのでもう少しわかりやすくほどいてみようと思う。

 事の始まりはつい先ほど――正確な時間は分からないが、僕とアリシアが学長室に行っている間に――商業区の西側エリアの一際大きなデパートメントにて立てこもり犯が発生した。人数はたったの一人。にも関わらず、わずか五分足らずでデパートメント全体が掌握され、逃げ遅れた多数の客が人質となった。


「思うんだけどさ、人質って言ってもみんな死妖なんだよね?

 何されても死なないんだったら、無理やり突入するのはダメなの?」


 僕の問いにアリシアが小さく首を振る。


「確かに死妖は物理的にも生理的にも尋常でない耐性を持ってるし、死んでも蘇生処置を取ることができる。けど、不死身なわけではないの」


 言って、アリシアは槍を抱えた胸の中心に白くて細い人差し指をとんと当てる。

 そこにあるのは心臓ではなく――


「……魔臓アニマ

「そう。未知にして全能の器官。魔臓これが無くなれば私たちの身体からだは灰化して、最終的には塵となって消える。逆に言えば、魔臓アニマさえ無事なら何度でも蘇ることができる。

 ……先日のミツキのように、ね」


 ぼんやりと話を聞いていた伊丹さんはアリシアがバックミラー越しに視線を向けたのに一拍遅れて気づき、びくりと肩を震わせた。


「ふぇ⁉︎ な、なんですか、わたしの話ですか?」

「あなたの魔臓アニマが傷ついていなかったから蘇生処置が取れたって話をしていたの」

「……はぇ?」


 伊丹さんが小首をかしげ、ぽくぽくちーんと頭の中で木魚の鳴った音がした。


「まさかとは思うけど、あなた自分が死んだことを忘れたんじゃないでしょうね」

「そっ、そんなまさかぁ! ちょっと覚えてなかっただけですよぉ!」

「どっちも同じよ!

 なんで自分が死んだことを忘れられるのかしら、普通忘れないでしょうに……」


 残念ながらその人は普通が通用しない相手なんですよ。とはまさか言うわけにもいかず、僕は反応せずに話を本筋に戻す。


「話を戻すけど、その立てこもり犯に〈守り人ヴェシター〉が接触したらなぜかアリシアとの面会を要求してきた、ってことでいいんだよね」

「ええ。人質の解放条件も私にのみ話すと言っているらしいわ」

「5000兆パーセントの確率で罠だと思うんだけど。絶対行かない方がいいでしょ」

「…………」


 僕の言葉に、アリシアは返事をしなかった。

 装甲車は環状線を下り、速度を下げず――どころかより上げて――車両侵入防止ポールが今は収納された歩道に乗り上げる。生身では体感しようのない速度に僕は顔を引きつらせ、伊丹さんは歓声を上げた。

 人払いのされた商業区の通り、空中で第四種警報イエローアラートの光を点滅させるドローンたちの下をくぐりぬけ、装甲車はデパートメントの前に横付けする形で止まる。結局、最後まで荒い運転のままだった。

 ドアを開け、軽い足取りで車から降りてアリシアが言う。


「さっきの質問の答えだけど、罠だって、私もそう思うわ」


 未だ早鐘を打つ心臓を落ち着けようとする僕と伊丹さんを差し置いてさっさと歩いていくアリシアに僕は震える声で呼びかける。


「じゃあなんで行くのさ!」


 槍を携えたまま、アリシアはゆっくりとこちらを振り向く。

 これから舞台にあがろうとする踊り子のように。

 最初からそう定められているとでも言うように。


 

「助けを求めてる人がいるから」


 

 自分の掌を見下ろして、独白のように言葉をこぼす。

「私には目的がある。その目的を達成するために〈死妖狩り〉になった。

 そして今、私に目的のある人が私を呼んでる。……けど、

 言い切って顔を上げるアリシアの瞳には毅然きぜんとした光が宿っていた。


「私の使命だとか打算だとか、誰かの目論見もくろみなんてどうだっていいの。もちろん、本当は良くないけれど……。私は私がされたように誰かを助けたい。結局、それが全て」

「……それは、なんで?」

「あの人に受けた恩をあの人に返すことはもう叶わない。

 なら、他の人に返していくしかないでしょう」


 ぼう然と見つめる僕に、アリシアがふっと微笑する。


「あなたは私のことが知りたいんでしょう?

 なら、ちゃんとついてきてよね。

 ま、それはそれとして今は少し待っていてもらうことになるけど」


 そんなことを言いながら身をひるがえし、デパートメントに入っていくアリシアの背を見て立ち尽くす僕に、ようやく車を降りた伊丹さんが声をかけてくる。


「すみませぇん! 装備の取り出しに手間取っちゃって……って、出雲さん?

 どうしたんですか? そんなところで呆けちゃって」


 けれど、僕はそんな伊丹さんの声も右から左へ素通りだった。

 ガラスの割れた入口を見つめたまま、口の中でアリシアの言葉を反芻する。


「助けを求めてる人がいるから……」


 ありえない、と思う。

 こんな終末世界に、そんな理由で動いたところでなんの得もないのに。

 でも、僕は知っている。知ってしまっている。そんな理由で動けることを。

 なぜなら、他ならぬ僕自身がアリシアに助けられたから。

 そして今、アリシアに助けられたというだけで僕はアリシアを追おうとしている。

 追ってみせろと、言われてしまった。

 それなら、行くしかないだろう。


「……なんでもないよ。行こう、伊丹さん」

「はいっ! 初任務、ちゃんと無事に帰りましょうね!」


 そうして二人で気合を入れ、いざ行かんと歩き出そうとしたところで、伊丹さんが聞き捨てならないことを言った。


「でも、もしもの時、アリシアさんは任務を遂行できるんでしょうか」

「? もしもの時っていうのは?」

「アリシアさんの前ではとても言えなかったんですけどぉ……連続失踪事件の被害者の中に、アリシアさんと部隊を組んでた子がいたはずなんですよ」

「…………え?」

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