◇〈死妖狩り〉のメンバー

 

「あのぉー、ここで合ってますかぁ……って、良かったぁ。合ってましたぁ」


 ガラリと教室のドアが開き、聞き覚えのある声に視線を向ければ、ドア向こうからは伊丹さんが顔を覗かせていた。


「あれ、伊丹さん? なんで?」


 予想外の人物に目を丸くすると、アリシアが腰をあげた。


「私が呼んだのよ。

 私たちが部隊を組むことをサヨから聞いて、自分も入れて欲しいって志願しに来たの」

「え、いつの間に?」


 視線を向ければ、伊丹さんはえへへと照れくさそうにはにかむ。


「出雲さんが怖い人に絡まれてる時、助け舟を求めに行くついでにお願いしてましたぁ。メイドさんに追い出されて戻ってくるのに時間かかりましたけど」


 なるほど、あの時だったか。

 納得する僕とは正反対に、アリシアは腕を組んで伊丹さんと向かい合う。


「さっきは時間がなかったから、改めてここで軽く自己紹介をしてもらえるかしら」

「はぁい! 名前は伊丹ミツキ、年齢は今年で17歳。乙女座で、好きな食べ物は女の子の血! 処女だともっと嬉しいです! スリーサイズは上から――」

「ストップ、ストップ」

「はぁい? なんですか?」

「ちょっと待ってもらっていいかしら……サヨ、こっちに」


 アリシアが僕を教室の隅へと連れていき、窓際で顔を近づけられる。いい匂いがする。


「ねえ、なんなのあの子」

「ゆるふわウェーブ髪の丁寧口調元気っ子かな」


 ガッ。すねを蹴られる。とても痛い。


「見た目の話をしてるんじゃないのよ。あんな自己紹介されたの初めてなんですけど」

 アリシアは割と本気で怯えた目をしている。あいにくだけど僕も初めてだ。


「僕の第一印象は天然、第二印象は軽い、第三印象は悪い人じゃない、だったけど――」


 チラリと伊丹さんの方を見てみれば、にこにこと笑みを浮かべてこちらを見つめている。何を考えているのかわからないその笑みに、思わずゾッと鳥肌が立った。


「今はわからない。どんな人間かはアリシアが判断すればいいよ」

「……そう。わかったわ」


 そこで小話合いは終わり、僕とアリシアは伊丹さんの元へ戻る。


「私とサヨで話し合った結果、あなたの志願を受け入れることにしたわ」


 受け入れることになったらしい。今ので?


「でも、本当に良いのかしら。さっきも言ったけれど、情報技術科ITの生徒が〈死妖狩り〉に入っても成績にはほとんどメリットがない。二年からどこの科も忙しくなるのに、あなたにとっては一方的な献身にしかならないのよ?」


 アリシアが尋ねると、伊丹さんはぶんぶんと髪を上下に揺らす。


「メリットもデメリットもありませんよぉ! わたしは姫の近くに居れたらそれでいいんです! ああ、本当に美しい……いつも遠くから見つめるだけだった憧れの存在がこんな近くにいるなんて……その血を飲んでみたい。じゅるり」

「本音とよだれが漏れ出してるぞ」

「ああ、すいません。興奮が抑えられなくてつい……えへへ」

「気持ちはわからなくもないけど、もう少し抑えて。アリシアが怖がってるから」


 昨日の経緯を話したときに教えてもらったのだけど、やはりと言うべきかアリシアは校内ではちょっとした有名人で、伊丹さんいわく『明言する人はあまりいませんけど、わたしみたいな隠れファンはごまんといて、姫を褒めあったり、牽制しあってるんですよぉ』だそうだ。こんなのがごまんといるなんて想像したくもない。


「もしかしてヤバい人を呼んでしまったんじゃ……

 いえ、人の趣味嗜好は人それぞれ。そうよね、そうよ」


 アリシアはアリシアで自分の目が節穴だというのを認めたくないのか、自己暗示をかけている。その人はヤバい人であってますよ。


「私も選り好みができるわけじゃないし、協力してくれるというのなら歓迎するわ。

 勇気を持って志願してくれてありがとう」

「姫のためならいつでもこの身を投げ打つ覚悟はできてますよぉ!

 あ、でもザラさんに乱暴されそうになったら助けてください……」


 なぜザラの名前が? と思ったけれど、アリシアは素直に頷いてみせる。


「もちろん、呼んでくれたらいつでも駆けつけるわ。ただ、その姫っていうのはやめて。

 私の周囲で勝手に呼ぶだけなら構わないけど、私自身へ使うのは無し」

「え、じゃあなんとお呼びすれびゃ……」

「アリシアで構わないわ。その代わり、私もミツキと呼ばせてもらう」


 伊丹さんがバターン、と音を立ててぶっ倒れた。


「うおわぁ⁉︎ 大丈夫⁉︎」


 慌ててそばに寄れば、伊丹さんは鼻から血を流しながら天井を見つめていて、


「姫が、姫がわたしのことミツキって……

 それに私が姫のことをあ、ア、アリシアって呼ん――」


 ムクリと起き上がり、血の垂れる鼻を押さえながらアリシアに向かって頭を下げる。


「呼びしゅてにしゅるのはおしょれ多いのでしゃん付けでも良いでしゅか……」

「え、ええ……」


 アリシアはドン引きしていた。そりゃそうだろう。


「……まぁいいわ。とにかくメンバーも揃ったことだし」

 後ろ髪をぱっと払い、微笑すると机の下に置いてあった黒いボストンバッグを取り出した。どすんと重い音を立てて机の上にボストンバッグが置かれる。

「二人とも、今から着替えてきて」

「「……はい?」」

 

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