【第五章 アニムスと〈死妖狩り〉のメンバー】
◇アニムス
「アニムス」
学長室を後にして、二人並んで風鳴りのする廊下を歩いている時、アリシアは唐突にそう言った。
「それがザラの見せた超能力の正体よ」
いわく、それは人と死妖の決定的な違い。
死妖を死妖たらしめ、破壊されない限り永遠の不死性を担保する、未知の器官にして全能の機関である
「死妖がこの世界を征服するに至った最大の要因かつ、【畜人派】が
それは血を、生命の源を取り込むことによって発動する死者の異能。
能力内容は当人のパーソナリティに大きく左右されると言われており、千差万別。TVウイルス感染症――【Thousand Variation Virus Disease】(和訳すると“千の症状の病”)という名の由来はそこから来ていたりする。どんな能力がもたらされるかは使ってみないことには一切わからず、人によっては使ってもわからないことすらあるらしい。
アリシアが話してくれたのはアニムス判別テストを受けてから十時間後に能力が判明した人の話で、判明した理由は未明に〈
〈終局都市〉ではアニムスは大きく分けて五つに大別され、希少性、継続出力、展開規模、精密性、操作範囲……などなどありとあらゆる方向から多角的に評価され、(主には)有用度に応じてS〜Eのランク付けがなされると共に判別名が付けられる。
ランクが高ければ高いほどいいというわけでもなく、能力自体の危険性や本人の性格、好相性のアニムスを有する死妖との関係性なども含めて判断されるため、A以上の人間は問答無用で危険人物と偏見視されてしまうこともあるのだという。
もっとも、Aランク以上のアニムス所有者は〈終局都市〉全体で二千人弱しかいないらしく、Sランクに至っては数十名しかいないらしい。
「ちなみにザラの能力は判別名を《
当然ながらAランクね、と付け足される。危険人物であるということを言いたいらしい。
「無能力者っていないの? フリーランクみたいな」
そう尋ねるとアリシアに鼻で一笑される。
「ずいぶん後ろ向きな質問ね」
「悪いか」
「いいえ別に。自分が少数派であることを自覚しているなら同じ境遇の人を探そうとするのは当然の帰結でしょう。見つかるかはさておき、ね」
小馬鹿にした表情のまま、アリシアは廊下の角を曲がっていく。一瞬、強く風が吹いて窓枠がガタガタと音を立てた。
「その言いぶりだといなさそうだな」
「判別した能力がほぼ現実に影響を及ぼさない内容だったり、満足に能力を発動できないという意味で無能力に等しい状態の人はいるけれど、完全に無能力の死妖はいないわ」
話しながら僕たちはすっかりもぬけの空になったアリシアのクラスの教室に入った。
ここで僕たちの部隊に入ってくれることになっている人を待つのだという。
今日は風が強いな、なんて思いながら適当な席に座れば、自分の机(椅子じゃない、机だ)に腰かけたアリシアが「強いて言えば」と口を開く。
「イザヤは無能力者と言えるかもね」
「無能力も何も、そもそも僕は死妖じゃないよ」
これは決して強がりじゃない。本当だ。
「でも死妖として活動してるじゃない。
偽装用に何かしら判別名と能力内容を考えておいた方がいいかもしれないわ」
「む。なるほど、それは確かに……」
言われて僕はわずかに考え込んで、顔を上げる。
「特異体質とかってアニムスにはない?」
「もちろんあるわ。特異体質は“
噂だけれどSランクには予知夢の特異体質を持つ人がいるとかいないとかっていう話」
「じゃあ特異体質って言えるかもしれないな」
「へえ、どんな内容なのかしら?」
「血が特別なんだよね。ヒ素とか水銀みたいな純物質は一切効かないし合成物質にもある程度は耐性があるっぽくて。故郷では
自分の努力で得たものではないので自慢できるわけじゃないけれど、偽装するのに必要というならむしろ示していかなきゃいけないだろう。持っててよかった。
けれど、アリシアは「残念ながら……」と言って首を振る。
「
「え」
「確かにパンデミックが起こるまでは死妖に対する特攻として銀の弾丸が用いられていたらしいけれど、それも第二世代以降の私たちには効かないし。
もちろん撃たれれば痛みは感じるけど、それだけよ」
「そっかぁ……」
「今が五十年前か、イザヤが
流石にそれは無理だ。サバを読むにも限界がある。
僕は他に何かないかと必死に考えてみる。
「ぐぬぬ……あっ。鼻がいいよ! すっごい鼻がいい!」
「それはただの特技でしょう。能力になるくらいのものじゃないと」
「人の変装とか一発で分かるよ」
「それは確かにすごいかも。
でも、そんなに鼻がいいなら自分の匂いをきつく感じたりしないの?」
「え、なんで? 僕そんなに匂う?」
「そういうわけじゃないわ。
ただ、匂いがかなり独特というか、野山を駆け回ってきた獣の匂いというか……」
「それ匂うってことじゃん⁉︎ どう考えても運動後の汗の匂いだよ⁉︎」
なんでだ今朝だってシャワー浴びたはずなのに、と必死に自分のシャツを嗅いでいたら、アリシアがくすくすと笑い出した。その笑みに、僕はなぜだか羞恥心を覚える。
「っていうか、そういうアリシアのアニムスはなんなのさ」
意趣返しのつもりで問いを投げると途端にアリシアの表情は曇り、視線をそらす。
「……笑わないと約束するなら言ってあげてもいいわ」
「じゃあいいや」
「なんでよっ!」
「さっき笑われたし」
「あ、あれはちが……うぅ……悪かったわよ」
「え、なに? “悪かったわよ”? ちょっと謝り方が違うんじゃないですか?」
「ぐっ……ごめんなさい私が悪かったです!」
「分かればよろしい」
よし、これで一勝一敗だ。なんの勝ち負けかは知らない。
「というか笑うも笑わないも聞かなくちゃわからないんだし、とりあえず言ってみてよ」
「うぅ……」
僕にいじめられたせいで若干涙目になっていたアリシアは細い人差し指で涙を拭いながら口を開いた。
「……使えないの」
「使えない?」
「アニムスの制御が上手くできなくて、まともに使えないの」
なんだそれ。僕が名乗った時、アリシアは確かに超常現象を起こしていたはずだ。
首をかしげると、アリシアは「……見てて」と言い、目をつむる。
すると空間の歪むような感覚がして、次の瞬間には教室内の空気がみるみるうちに冷えていき、窓の内側には霜が降り、僕たちの吐く息は白くなった。
そうして再び目を開けた時、アリシアの瞳は冴えるような青色に光っていた。
「……これが私のアニムス。 “
「もし、これ以上やったらどうなるんだ?」
僕の問いに、アリシアは自虐的な笑みを浮かべて視線を斜め下に流す。
「私の周囲十数メートルにある物体が全部その場で静止して、もれなく氷の彫像と化すわ。
そして三ヶ月以上、その氷が解けることはないでしょうね」
「……それは確かに無闇には使えなさそうだね」
アリシアは肩をすくめ、自分の手のひらを見下ろす。
「だから、本当に無能力者なのは私の方なのよ。そのせいで〈死妖狩り〉の部隊を組んでくれる人は誰もいなかったし、みんな私を避けてたの。笑えるでしょう?」
「いや、全然笑えないよ」
「そう」
苦笑する僕に、アリシアも微苦笑した。
僕としては、むしろなんで最初に『笑わないなら』なんていう約束を取り付けようとしたのか聞きたいくらいだった。
とはいえ、誰だって触れられたくないことの一つやふたつはある。僕にだって、ある。
それはそれとして、ひとまずこの凍った空気を溶かすべく、僕はアリシアにもう一つの問いを投げることにした。
「話を変えるんだけどさ、死妖姫っていうのは――」
けれど、その言葉は最後まで続かなかった。
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