◇彼女の苛立ち


 ザラ・オーベルは非常に不愉快な気分だった。


「あの出雲サヨとかいうの、なんなん。ウザすぎ……」


 教室でのやりとりが終わり次第、ザラは学院内にある対死妖戦闘科(SVC)専用訓練施設に直行していた。

 統一感を持たせるためか施設は学院の近未来的なデザインを踏襲しており、外部の流線的な形状フォルムも内部の金属と硝子ガラスを多用した設備も、無機質かつ瀟洒しょうしゃな機能美とデザイン美を兼ね備えたものになっている。

 ザラはこの施設を構成する要素全てが嫌いだった。

 眩しい白も、十全的な美しさも、どこかアリシアのようで。


「アタシのこれまでの努力全部ムダになったし。ホンットに無理なんだけど」


 更衣室で長い髪をほどきながら、ザラは呪詛じゅそのように愚痴ぐちを吐き続ける。

 先に施設へ来てとうに隊服へと換装を済ませているザラ麾下きかの隊員三名はいつもの比でない不機嫌さのザラについて口々に喋っている。


「今日は隊長がお怒りみたいですよ皆さん」

「んー、なんで怒ってんの?」

「転入生勧誘したら断られたんだとさ。んで、よりにもよってあのお姫様と組むらしい」

「えーっ! ザラがよく許したね⁉︎」

「許してないからあんなに怒ってるんだと思いますよ」

「勇気あるよなぁ転入生。無知なだけだろーけど」

「ていうか転入生誘ったんだー。

 どんなアニムスかとか、そもそもアニムス使えるかもわかんないのに」

「これまで孤高を貫いてきたアリシア彼女が組むと決めたほどの相手ですから、私たちの部隊に来ても不足はないと判断したのでしょう」

「孤高を貫かせてたのはザラだけどな」


 かしましく好き勝手に言い合う隊員たちをザラはジロリとにらみつける。


「アンタたちうっさい。それ以上無駄口叩いたら首ぶった切るから」


 瞳に光が宿り、ブリキのロッカーがギギギと不穏な音を立て始める。


「わーっ⁉︎ ストップストップ! もう喋んないから!」

「オレは切られてもいいけどなあ」

「そんな変態あなただけですよ」


 なおもかしましい隊員たちにザラは諦めたようにため息をつきながら更衣室を出る。

 不愉快な気分はなおもザラをさいなんでいるようで、地下への昇降機エレベーターに乗っている間も絶えずつま先を鳴らしていた。歩む足や前を見据みすえてぎらつく目はどこか焦燥しているようで、三人の隊員は彼女が次に取る行動を予感する。確定と言い換えてもいい。

 嫌なことがあった時、あるいは調子が出ない時、ザラ・オーベルは訓練場に入った際、必ず行うことがあった。

 広大な学院の地下に作られた広大な面積を誇る訓練場、その中でもザラの部隊はトップらしく個別の、それも最も広いスペースをあてがわれていた。

 様々な状況を想定した訓練場にはランダムな高さ、距離、位置に訓練用ボットが置かれており、ザラが近づくとサーモカメラに人体を検知した一体のボットが起動する。


『モード、ヲ、オ選ビ、クダサイ』


 音声ガイドによって次の行動命令を促すボットにザラは淡々と告げる。


一対多ワンフォーオール殲滅戦アナイアレーション。今すぐ全機起動して」

『レベル、ハ、幾ツ、ニ、設定シマス、カ?』

「最大。AI学習機能と火器も全種類解放。予備機の逐次投入はなしで」


 まるで呪文のような注文を淀みなく言いつけて、フィールド中央へ歩いていく。

 沈黙を保っていた数十のボットはザラを囲むように配置され、天井のスピーカーからカウントダウンが始まる。


 10、9、8……3、2、1、0。


殲滅戦アナイアレーション、開始』


 数字がゼロに達した瞬間、十数体のボットがバイザーを赤く発光させながらザラへと殺到する。そのいずれもがアーム部分に高周波ブレードやパイルバンカーなど高火力の近接武器を装備しており、まともに喰らえば即死からの蘇生処置送りにされることは確実だ。

 けれどザラは狼狽うろたえることなく、眼前に迫るボットの一体へ向かっておもむろに手を伸ばし、グッと拳を握りしめる。

 次の瞬間、ボットが激しい音を立てて圧壊した。ちなみにだが、壊れたボットはスクラップとなり自動工廠へ送られ、再び壊されるべくボットへと再生産される――。

 壊されるために生まれてきたボットが生まれる前スクラップへと戻り、構成部品を派手に辺りへ飛ばし散らかす。ザラがあげた手を振るとスクラップは追従し、ザラの周囲へと迫っていたボットたちを吹き飛ばした。そのまま両手を振れば、スクラップは幾百もの屑鉄を束ねた刃となって他のボットたちを同じ末路へいざなっていく。

 ザラが指揮者のように手を振るたび、火花と衝撃音が飛び交い、屑鉄の量は増えていく。殲滅戦開始から三十秒も経たないうちに半数以上のボットが屑鉄へと変えられた。

 残されたボット達はザラに近づくのは危険だと判断して距離を取り、マシンガンやフルオートライフル、ランチャーなどの広域火力で圧殺しようとするが、ザラが手をかざせば刃となっていた屑鉄は堅牢な盾となり彼女を守る。

 そのまま悠々と歩みを進めるザラからボット達はさらに距離を取ろうとするが、屑鉄は放たれる弾丸ごと怒涛のようにボットを呑み下していく。

 仕上げとばかりに胸の前で見えない球を作るように両手を掲げれば、スクラップは巨大な鉄球になってフィールド中央に浮遊した状態で静止した。

 結果、ザラは汗ひとつ流さず、顔色ひとつ変えず、まるで遊戯のようにわずか一分半でボットを殲滅せんめつしきった。

 終わったところを見計らってフィールド外に退避していた隊員たちが寄ってくる。


「おっし〜! ハイスコア更新はできなかったねー」

「んなもんどうでもいいし」


 事実、彼女にとって一連の行為はイラついた時のストレス発散でしかない、文字通りのお遊びだった。

 それでも、今回はザラの気が晴れることはなくて。


「毎度言ってるんですが、いきなり始めるのはよしてくれませんかね……」

「それなー」


 退避する前に殲滅戦が始まったせいで余波を喰らい、頭にスクラップを生やすことになった隊員が脳天から潮のように血を吹かせながらザラに声をかける。


「ところでお姫様の部隊はどうすんだ?

 様子見? それともちょっかいかけにいくか?」

「そんなの決まってるし」


 瞳を妖しく光らせたまま、ザラは胸の前に掲げた両手を組んで頭上へと持っていく。

 それは鉄球を御神体として祈祷きとうを捧げる巫女のように見えて。

 あるいは、己が拳で何かを叩き潰すための予備動作にも。

 鉄球はギリギリと耳障りな音を立てながらゆがみ、ねじれ、られていき――ついには限界を迎えて破裂した。


「――完膚かんぷなきまでにぶっ潰す」


 フィールドに降り注ぐ鉄片の中、ザラは確固たる声音で、まだ発足すらしていないアリシア部隊の殲滅を宣言した。

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